召喚されたのは聖女様
「異世界あるある短編集」シリーズに追加しました。
ヒューマンドラマ日間1位にちょっとなりました。ありがとうございます。
特別に作られた神殿。王が座る椅子も用意された、その大きな広間の中央には、それに見合う大きさの魔法陣が描かれていた。
これより行われるのは聖女召喚の儀式。
異世界より、聖女の力を持った者を呼び出し、人の世界を脅かす魔族達を打ち払って貰う。
この世界における『魔族』とは文字通り、人類と相容れぬ存在だった。
姿形が異なるだけの交渉が可能な異種族ではない。
人の世に紛れる事はあっても到底理解をし合える存在ではなかった。
故に滅ぼさなければ人類の未来は危うく、しかし魔族は強力な存在だった。
倫理観、社会、価値観すべてが人類とは異なる強力な敵……。
「準備が整いました、国王陛下」
「うむ……。ようやくか」
聖女召喚の儀式は初めてではない。およそ千年前の文献に残った儀式であり、残された文献では当時の魔王と呼ばれる個体を打ち倒したとされている。
千年前の聖女が魔王を倒した事によって、人類は繁栄する事ができた。
だが、ここに来て再び魔族の脅威が強まっている。
それはただ魔族が力を増したのか。或いは新たな魔王が生まれたのか。
……あらたな魔王が生まれ、人類の生存が危ぶまれるのなら、こちらも聖女を召喚するしかない。
聖女召喚に必要なモノはすべて調えた。
魔法使い達が幾人も集まり、王の前で召喚魔法陣を起動する。
古の伝承によれば召喚される聖女とは、異世界の只人……平民だったという。
あちらの世界では、その才能を開花させなかったのか。
はたまた、この召喚儀式によって力を手に入れたのかは分かっていない。
(平民ならば、操るのも容易かろう)
それなりに敬意は示すが、これは人類の為の戦力の召喚だ。
どのように人の為、国の為に働かせるか。
様々な策が用意されていた。
「……来ます!」
「おお……!」
そして召喚魔法陣が光り輝き、部屋を満たしていく。
誰もがその眩さに目を隠した。やがて光が収まっていく内に……たしかに魔法陣の中央に今まで居なかった筈の人影を見つける。
「成功です! 聖女様が……!?」
平民の女。これから聖女の力を自覚し、成長していく女。
だからこそ最初の『躾け』が肝心だ。
まず、どのような容姿か。伝承では地味な見た目で黒い髪に黒い瞳だったと残されている……が。
「え……」
「聖女……様……?」
魔法陣の中央に立っていた女性。それは……美しい女だった。
白銀の髪は腰まで伸びており、艶やかだ。
瞳の色は黄金に輝いていた。王国であっても金の瞳を持つ者などいない。
着ている衣服は……白を基調としてところどころ金の刺繍が施されている。
身に着けている衣服だけでも価値のある物だと理解できた。
清楚でありながらも華美。そんな見た目だ。
まるで王族が身に着けるような衣服。
そして手には黄金の杖を携えており、その黄金の杖の装飾もまた見事なものだった。
その姿は、まさしく『聖女』の名に相応しい出で立ち。
たしかに呼び出したのは聖女であったが、これ程までの『完成形』が呼び出されるとは誰も思っていなかった。
「──さて。誰ぞ、この状況を妾に説明できる者はおるか? 興が乗った故、応じてやったが……無礼には変わりない」
聖女の第一声はそんな言葉だった。
「な……」
「ふむ。直答を許す。この場で一番、位の高い者は貴様であろう。妾にこのような真似をした申し開きを、ここに来て跪き、するが良い」
と、聖女は黄金の杖を持って王を示した。
「な、き、貴様! 無礼であるぞ!」
と、聖女の態度と言葉に声を荒げたのは、その場に控えていた騎士だった。
「ほう? 無礼とはな。よくぞほざいた。……まぁ、こちらの力を示すが先か」
そして聖女は黄金の杖を振るいながら命令する。
「──跪け」
魔力の……それよりももっと大きな力が込められた言葉。
「……!?」
その言葉は、この場に集まった全員の身体を支配した。
誰もが意思に反して、その場に跪く。
「なっ……ん!?」
それは座っていた王ですらも席から離れて。
「これは……!?」
「妾の力である。貴様らの中には……うむ。抗う術を持つ者はおらぬようだ。……力の差を理解したか? 貴様らは妾と同等の存在ではない。貴様らは明白に妾より『下』である」
一国の王、その近衛達に対して無礼としか言えない言動。
しかし、事実として誰も彼女の言葉に抗う事が出来なかった。
「その椅子で良い。貴様、見るにどこぞの国の王であろう。疾く譲れ。それでこの者共に妾の立場を思い知らせよ。それが貴様に許された振る舞いである」
「……っ!」
怒りに顔を歪ませる国王など知らぬとばかりに聖女は優雅に歩き、そして王に用意された椅子に座った。
「──頭を垂れたまま、皆、妾の側に向き直り、再び跪け。王よ。貴様のみ、言葉を発する事を許す」
聖女は態度を変えず、王を見下しながらそう言った。
そしてその言葉に誰もが抗えなかった。
心だけが反抗心を抱くが身体が言う事を聞かない……。
「お、お前は……」
「お前? 貴様の国では上位の者に、それも狼藉を働いた者がそのように話すのか? ……これは我が国で奴隷として働く時に苦労するであろうな」
「は……?」
聞き捨てならない言葉を聞いた。
だが理解が及ばない。
「……先に聞くが良い。妾は、貴様らの儀式によってこの地に招かれた。それは間違いないであろう? 抗っても良かったのだがな。だが、あれ程の不敬を働かれたのでは逆に興味を抱くというもの。それ故、この呼び出しに応じてやった。……貴様らがしでかした事は、我が国の最高権威者である妾の誘拐未遂……という大罪である。実際にこちらに来たのは妾の意思もある故、慎ましい態度を取るならば情けを与えぬでもない」
「……!? ……!?」
怒りを通り越して、冷静な考えが国王の頭に浮かび上がってくる。
呼び出した聖女は……見るからに聖女と呼ぶに相応しい出で立ちだった。
どう見ても平民の女ではない。
それどころか今の言動は、一国の王のソレ。
何よりも王どころか、並みいる騎士や魔法使いさえ抗えない力……。
国王の背中に冷や汗が流れる。
「……が。貴様ら、まさか一国を統べる者を連れ去っておいて、よもや無事で済むとは思うておるまい?」
「え、あ……」
「この場に我が国と繋げる為の魔法陣が敷かれておる。呼び出すだけのもののようだが……ふむ。原理は承知した。これであれば妾が国へ帰るようにも作り変える事が出来るだろう。あちらから、この場に配下を送る事もな」
身動きが自由に出来ない中でも、魔法陣が輝いているのが分かった。
……王宮の技術を集めて描かれた召喚魔法陣が、聖女に乗っ取られている……。
「さて。王よ。貴様らが妾を拐い、我が国に戦争を仕掛けてきた理由を聞いてやる」
「う……ぁあ……」
足音が聞こえた。跪いている王国の者達ではない。
「聖女様。ここは……?」
「ふむ。よく来た。どこぞの国よ。妾が招かれた儀式を利用し、其方らの事も呼び寄せた。力を示さねば余計な考えを起こしそうな愚か者達でな」
聖女の国、異世界にある名前も知らない国からは聖女に仕える戦士達が召喚されていた。
そうして。
聖女を召喚した王国は、そのまま王宮ごと聖女が呼び出した軍勢に制圧された。
一晩も経たぬ内に王族は捕らえられ、王宮に勤める者達は全員が捕まえられた。
異世界という次元を跨いだ国同士であるが故に国際的な配慮は不要だったが……聖女はそこまで酷い統治は望まなかった。
魔族に侵略されつつある国にそれ程の旨みもない。
聖女の国も別に他国に奴隷が欲しい程の状況ではなかった。
「──魔王か。興が乗るではないか」
市井に知られる事もなく、異世界の軍勢に支配された王宮、その玉座で聖女は笑った。
異世界の事情をようやく耳にし、事態を把握したのだ。
「……聖女様」
「この宮殿は、異世界の別荘として使うも良しと考えていたが……面白いではないか」
「はぁ……。ですが、この国の者共はどうされますか? 聖女様への狼藉は到底許せたものではありませんが」
「ふむ。……属国とするには領地が離れているからの」
「領地が離れているって言うんですか、この場合……?」
命を奪わないまでも適度に懲らしめて国に帰ってしまえば良いと従者は思う。
「王宮にある財宝や、優秀な人材程度は持ち帰るが……まぁ、魔王とやらと楽しんだ後は、それぐらいで赦してやるか」
「……はぁ。油断なさらないでくださいよ」
「分かっておる。……しかし」
「はい」
聖女は玉座から呆れたような声をあげた。
「……魔王とやらを倒せぬから異世界から『倒せる者』を招く。その理屈は分かるが……。魔王を倒せぬような者達が、魔王を倒せる力を持つ妾のような者を、なぜ従えられると思うたのかの?
力の関係からして御せぬと分かろうものだが……?」
力のない者を狩り、奴隷にするのとは話が異なる。
強大な力を持つ者を呼び出す前提の儀式だった。
「そこは……その。交渉とかでどうにかする手筈だったのでは……?」
「交渉がしたいなら、まず先触れを出す事を考えて欲しいものだがな。いきなり拉致とは……いや、完成された魔法であったのなら、これほど恐ろしい事もないのだろうが」
「……召喚した相手が悪かったですね、としか申し上げられませんね……」
まぁよい、と聖女は頭を切り替えた。
異世界の技術や人材を新たに手に入れた。優秀な者は厚遇しても良いが、まだまだ先になるだろう。
あちらに運ぶには奴隷として扱い、反抗を封じる必要もある。
何より魔王とやらには興味があった。
聖女にとっては新しい玩具を手に入れたようなものだった。
こうして王国は聖女の国に支配され、聖女が魔王と戦う為の『別荘』として使われる事になった。
力の差を受け入れられなかった者は、あえて殺さずに奴隷として自由を奪い、聖女の国で使った。
奴隷になった者の中には、かつての王族もおり、国王は聖女の国で、聖女を誘拐した罪によって処刑される事になった。
しかし処刑された者はそう多くはない。
責任を取った王の他は、聖女に害を成そうとし、反抗した者だけに留めた。
2人居た国王の子供の、王子には奴隷印が刻まれ、聖女に魔法的な絶対服従を誓わされる事で王国の統治権を得た。
王女の方は、聖女の側近が気に入った事で聖女の国で娶る事になった。
反抗を防ぐ為に王女の身にも奴隷印が刻まれたが、奴隷の主は聖女ではなく、王女を娶った男になった。
そうして新しい玩具を手に入れた聖女だったが……、1年も経たない内に魔王の討伐を終えてしまった。
「……ふふ。存外楽しめたぞ、魔王とやら」
聖女が倒したソレが本当に魔族の王だったのかは知らない。
言葉が通じない者達だった。
散歩に出かけるような気軽さで転移魔法を使い、聖女は『別荘』に帰り、打ち取った魔王の首を剥製にして飾りつけた。
「妾の別荘の管理、任せたぞ」
そう言い残し、聖女は自らの力のみで異世界を繋ぐ門を生み出し、国へと帰って行くのだった。
めでたし、めでたし。