妄想。
リルちゃんが歳上!?もう、ちゃん付けなんかで呼べなくなっちゃったよ。
リルさん?リル先輩?
まさか私より二つも先輩だったなんて!
じゃあ、お酒も呑めるしタバコも吸えるの?深夜の外出だってお手の物じゃない。
て事は、もう初恋なんてとっくに済ませてるの!?もしかしてキ、キ、キスの味まで知ってるって事?
キスなんて天麩羅の味しか知らないよ!
二十歳って事はだよ?夜景の見える高層ホテルの最上階でカクテルとか飲むんじゃないの?
少し背伸びしてるリル先輩はいつものカジュアルな服装ではなく、大人の女性を感じさせる様な少し背伸びをした格好をしてるの。緊張しつつも彼に喜ばれたくて張り切ってるんだね。
お相手はIT企業の若手有望株。もちろん雄のフェンリルでリル先輩の二つ上。大学時代にサークルで出会った二人は、その愛という名の小さな蕾を大切に、大切に育てていたの。
今日は、そんな二人の大切な記念日。
そっか、リル先輩だからオシャレしてたんだね。
普通は長く付き合ってくと新鮮味なんて薄れてしまって、最初の頃のドキドキなんてどっか行っちゃう。
さようなら、ウブな私!こんにちは、小慣れた私!って感じでね。
でもリル先輩は手を繋ぐのも未だにドキドキしてる。
私もいつかそんな相手に出逢いたいものだ。
って、違う、違う!私の話は今は関係ないって!
そして日付が変わる直前に、雄のフェンリルがリル先輩に指輪を渡すの。
「リル、俺と結婚してくれ」
リル先輩はその指輪を見て、薄らと瞳に涙を浮かべながらこう言うの。
「え? 嘘じゃ、ないんだよね?」
「幸せにするよ。必ず」
「はい」
そうして蕾は花開く。愛という名の養分を吸い上げて。
しかし、愛とは綺麗事だけじゃないんだ。
この時まだリル先輩は知らなかったんだ。
愛憎入り混じる結婚生活という名の大海原を渡航する難しさを。
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「おーい、朱里ちゃーん」
「はっ! リル先輩じゃないですか! 旦那さんはお元気ですか?」
「酔っ払ってんの? しっかりしてよね。大切な話があるんだからさ」
「てめえ、クリス。その戯言は遺言と受け取っていいのか?」
「ひ、ひいい! お爺ちゃん、朱里があんな事口走ってるよ! 恐ろしやー!」
(……まだお酒残ってるなぁ。先代様の影に隠れるしたたかさは残してるのがクリスちゃんらしいよ)
「朱里、一旦落ち着きなさい。話が終わったら好きにしていいから」
「なんだって!? う、裏切り者!」
「まあ、クリスちゃんが悪いよ」
「僕には味方がいないのか!」
「いる訳ねえだろ」
「どうせ朱里だってリルちゃんが歳上という事実を突きつけられ放心状態からの妄想に耽っていたんだろう!? そんなのお見通しなんだからな!」
こいつ無駄に付き合い長いだけあって、私の癖を見抜いてやがる。めんどくせえ奴だな。
「まあ、痴話喧嘩はその辺にして。スライム君、君の口から話をしなさい」
「痴話喧嘩だって? 冗談は辞めておくれよ」
「冗談はこっちの台詞だわ。芳香剤風情と痴話喧嘩してたまるか」
(二人共仲良いなぁ)
「まあいいや、もう話すから耳の穴かっぽじいて良く聞いてよね」
「早く話せよ。こっちはこっちで大変なんだよ」
「く、いちいち突っかかってくるなあ。針鼠だよ、針鼠の話。僕の目的は針鼠に会うことなんだよ」
「針鼠って、朱里ちゃんのご両親が願い事をした?」
……やっぱりそうか。なんでまたクリスは針鼠に?
「そう、その針鼠。僕はね、人間に戻りたいんだよ。人間の頃に恐らく針鼠と接触してる。朱里と会ってから記憶が薄らと戻って来たんだ」
「針鼠の呪いは解けることのない呪い。しかしスライム君の話を聞いてみたら、どうやら随分と昔の話らしくてね」
「そんなに昔の話なの?」
「そう、お爺ちゃんが生まれる前の話。それぐらい昔」
「クリスちゃん長生きなんだね」
「多分スライムの人生を繰り返してるんだと思う」
「針鼠にとっても、願いを叶えた相手がここまで長く生きると思わなかったんだろうな。正確には繰り返している訳だが」
「クリスにかけられた呪いが長い時間をかけて薄れて来ているって事、なのかな?」
だとしたらお父さんとお母さんの記憶を戻す可能性もあるかも知れないじゃん。
わざわざ針鼠に会うのはリスクが高そうだし。その方法を探す事が出来れば。
「どうだろうね。こればかりは儂にも想像がつかないよ」
「だからお金を集めてたの。お布施が必要だからね」
「分かった。とりあえず私の大会の賞金とリルちゃんのCM契約料返せ」
「お、覚えてたの?」
「当たり前だろ。何を勝手に使い込もうとしてるんだよ」
「そんな! だから言いたくなかったんだよ」
クリスに預けてたお金はリルちゃんが管理する事になった。クリスは悔しそうにしてたけど、勝手に針鼠に接触されて何か起きても困るし。
とりあえず、今はこれでいいのかも知れない。今はね。
「結局、クリスの願いは人間に戻るだけ?」
「そうだけど、それだけじゃないんだ。僕自身も分からないけど、ただ戻らないとダメなんだ」
「そこら辺は曖昧な訳ね。まあ、勝手な行動はしない事だね」
「会議、邪魔して悪かったよ。もう領地分配決まったのかい?」
「いや、まだ。ていうかクリス達が来たから逆に良かったかもね」
「また何かあったのかい?」
「ロイドの奴が変なこだわり見せてさ、リルちゃんの事を殴ろうとしたんだ。それをミラが庇ってね」
「ミラさんがわたしの身代わりなって」
「そんな事が? それは災難だったね」
「魔王と言ってもまだ若いんだ、もちろん朱里も含め、三人共ね。これからだって色々な事が起こるよ」
私達が一通り話を終えると、琥珀が私達を呼びに来てくれた。
どうやらロイドのバカタレが戻って来たらしく、会議室で待機しているらしい。
頭も冷えた様で落ち着いている、って琥珀が安心した様子で話していた。
バカタレはミラに一言詫びたらしい。カルアの説得もあっただろうとの事だった。
それにしても領土分配かあ。まだ皆に言ってないけど、直ぐにでも勇者と天音を探したいんだよなあ。
領地分配って言ったって、直ぐに旅立っちゃったら何も出来ないしだろうし。
あ!いい事思いついた。いや、悪い事かな?
「ねえ、会議ってもう始められる?」
「ご主人様が良ければね。クリスも来るかい?」
「良くそんな何事もなかったかの様に振る舞えるね? 呑み仲間がいたから良かったものの、普通あんな所に取り残されたら気が狂うよ」
「はは、そんなタマじゃ無いのは知ってるよ。それで、来るの?」
「いや、遠慮しておくよ。少しのんびり行こうかと思ってね」
「そりゃあいい。考え直してくれたみたいで良かったよ」
(本当はお金無くなって何も出来なくなったからだけどね。でも朱里と一緒に行動してればいくらでもチャンスはある。焦ることも無いよね)
「今度は儂も同席しようか。仲裁役が必要そうだしな」
「その方がいいよ。ご主人様を始め、気が短いのしかしないから」
さっさと会議終わらせなきゃ。
私は領土なんていらないし『格』なんて本当にどうでもいい。勝手にやってくれって感じ。勇者を誘き寄せる為に魔王になったけど、今となっては意味も無さそうだし。
勇者を倒したって何を願うかも、今の私の中では曖昧になってる。
もちろんアイツは絶対倒すけど、どちらかと言うと今は天音に話が聞きたい。
あいつ、私の世界の女神って言ってたよね?
私の世界の女神様。黒翼の女神、天音。