会議。
琥珀め!なんだってんだ、全く!
こんな空間に閉じ込めるなんて酷いじゃないか!僕がメンタル弱々のスライムだったら今頃精神崩壊してるよ!
そしてブツブツ独り言を繰り返す悲しきモンスターへと変貌してしまい、段々と身体が溶けて人生の最後を暗闇で迎えるんだ。
ちくしょう!こうなったら、撮り溜めておいた海外ドラマを観てのんびり過ごすしか無いじゃないか!
あ、そうだ。ヌカーヅケもそろそろいい塩梅になっている筈。隠しておいたこのニュホンシュで一杯やるなんていいかもね!
ふふふ、限られた空間でここまで娯楽を楽しめるのは、広いムポポペサにおいて僕以外いないよ。
よーし、こうなったらアイテムボックスからソファーとテーブル出してと。あ、シシャーモも焼いておこうかな!
よし、目を瞑って集中、集中。僕は焼き魚機、焼き魚マシーンなんだ!
うりゃー!よし、焼けたぞ。ふふ、楽しみだなあ。
後はこれをテーブルに運んでと。
「悪いね、スライム君。ニュホンシュにシシャーモ。それにヌカーヅケか。中々分かってるじゃないか」
「でしょう? 一緒に旅してたのがお酒も飲めない小娘だけだったからね。たまにこうして一人晩酌を楽しんでたんだよ」
「呑み仲間がいる事は幸せな事だな」
「そうそう。閉じ込められたとはいえ、こんな機会は中々無いしね。ささ、どうぞどうぞ」
「お、悪いね。ほれ、スライム君も呑め」
「いやあ、先代のお爺ちゃんに注いでもらうスライムなんて、ムポポペサ広しといえ僕だけじゃない? 役得ですなあ」
「じゃあ、乾杯」
「乾杯!」
「お、これはいい酒だな。キリッとした飲み口に、ゆっくりと鼻腔に広がる香り。上物だろう?」
「流石、分かってるねえ。なんか嬉しくなって来ちゃったよ。実はもう一本秘蔵のお酒があるんだ。どう? 呑んでみたくない?」
「ははは、スライム君は呑ませ上手だな。折角だ、頂くとするか」
「いいね! そうこなくっちゃ。ちょっと待ってね。今、シラッコポンヌも出すから」
「久々に呑み屋に来た気分だよ」
「さしずめ、異世界スライム酒場って所かな?」
「いい名前だな」
「でしょう?って、うぇええぇええっ! ど、どっひゃあああ! なな、なんで、お爺ちゃんがここにいるのさ!? やめとくれよ! 心臓に悪い!」
「少しだけ君と話があってね」
「話!? 僕は無いよ! もうこの店から出てってよ!」
「ここはお店だったのかい?」
「はっ! 違うよ! お店じゃないけど、嫌な予感しかしないから一人にしておいておくれよ!」
「ダメだ。針鼠を探っているらしいな」
「ほ、ほらね! やっぱり!」
「琥珀にも止められただろう? 絶対にダメだ。もし何かあったとしたらどうするんだ? 奴等は儂でも制御出来んぞ」
「お、お爺ちゃんでも?」
「そうだ。ムポポペサは天界、地上、魔界で管理されている。わかりやすい所で言うとミラが天界で、儂が地上。そして、針鼠等の強欲の悪魔達が魔界だ」
「不可侵って事?」
「話が早くていいな。そう、不可侵。天界と地上はうまくやっているが、魔界とは上手くいった試しがない。根本的に奴等は違うんだ」
「うーん、まいったな。お爺ちゃんには隠し事は出来ないから正直に言うよ」
「言ってごらん」
「朱里に会うまで僕は只の一般のスライムだったんだ。そしてそれでも良かったんだ。でも朱里に会ってから段々と記憶が戻ってきて」
「ふむ。転移者を目の当たりにして、記憶が刺激されたかな?」
「恐らく、僕はムポポペサで人族だった。そして針鼠にも会った事ある筈だ」
「どれほど前の話なんだ?」
「多分、お爺ちゃんが魔王になるよりずっと昔。『女神通信』にさえ、僕の記録がないんだから」
「そうか、スライム君。転移者だったんだね。それもずっと昔に」
「誰の記憶にも残っていない程ずっと昔のね。針鼠に会いたいのは人間に戻りたいから。そうしないと大変な事になりそうだからなんだ」
「大変な事、ね」
「朱里にリルちゃん、もちろん他の皆だって大切な仲間さ。だけどそれより優先しなきゃいけない何かがあるんだ」
「それが何かは分かっていないと?」
「残念ながらまだね」
「分かった。では約束してくれ。まず朱里達には全て正直に言いなさい、いいね? そして全てを思い出したらまず儂に相談しなさい」
「朱里達に? 余計に目的を果たせなくなるよ」
「どのみちバレる話だ。早いか、遅いかだけの事」
「うーん、分かったよ。話してみるよ。わざわざ先代様が話をしてくれたんだ。呑み仲間の頼みでもあるしね」
「ありがとう、スライム君。そしてもう一つ、朱里をよろしく頼むよ。見たところ君達はいいコンビだろう? 彼女が無茶をしそうな時は止めてあげておくれ」
「いいコンビかどうかは知らないし、僕が止めた所で朱里は止まらないよ」
「そんな事はないよ、朱里はいい仲間を持った。よろしく頼むよ」
「それは呑み仲間としてのお願い?」
「そうだ、頼んだよ」
「ふう、なら仕方がないね。覚えておくよ」
「長くなってしまったね。さあ、戻ろうか」
「ちょっと待って。ねえ、僕からもお願いがあるんだ」
「ん? なんだい?」
「少し位、遅れたって平気だろう? 秘蔵のお酒をまだ呑んでないよ?」
「……そうだな、呑みの誘いを断るのは野暮ってもんだ」
「いいね!」
———
「遅くない? 何やってるの、クリスとおじいちゃんは」
「そこまでは分からないよ。でもそろそろ会議の時間だね」
「おじいちゃんから領地を引き継ぐのに、居なかったら会議なんて出来ないじゃん」
「そんな事は無いよ。じっちゃんは基本的に放任だしね。勝手にやってもいいんじゃない?」
なんか適当だなあ。だったら、それこそくじ引きでも良かったじゃん。
「朱里ちゃん、こんなに小さかったんだねえ。可愛いねえ」
「ねえ、可愛いですねえ」
あの二人ずっと写真見てるよ。私より見てるってなんなの?結局、針鼠の話もはぐらかされたままだし。
勇者の事も、天音の事も、クリスの事もあるし。はあ、もう考えても無駄か。
「ねえ、朱里ちゃんの妹さんは写ってないの?」
「え? 写ってるでしょ? 双子だもん」
「双子? 朱里さんって双子なんですね」
「うん、そうだよ。私の知能を全て持って行った妹。家で馬鹿なのは私だけだもん」
「別々で写ってるのかなあ?」
「どれどれ? あれ? 本当だ、いないねえ」
「流石、お姉ちゃんだね。一目見ただけで分かるんだ」
「目の色が少し違うんだよね。ほら、私って肌が無駄に白いでしょ? 色素薄いと目の色もちょっと違うらしくてさ」
「そうなんだあ。でも、なんで写ってないんだろうね?」
「ねえ? なんでかね?」
んー?私だけ写ってる事なんてある?家には沢山写真あったんだけどなあ。
「ご主人様、そろそろ時間だ。あっちの魔王達を呼んでくるよ。リルもお願いしていいかい?」
「うん! もちろんだよ!」
「ミラは一度ここに来た事あるから分かるね? ご主人様を会議室まで連れて行ってよ」
「はい。分かりました」
本当に始めちゃうんだ。大丈夫なのかな?
でも会議始めてればおじいちゃんもクリスも戻ってくるだろうし、とりあえず行っとくか。
「朱里さん、こっちですよ」
「はい、はーい」
おお、ここか。流石に豪華なお部屋なのね。真ん中の奥にある派手な椅子がおじいちゃんの椅子かな?
魔王の椅子というだけあるね。派手だし、座りの良さそうな椅子。
ジャンプして座ってみたーい!ボイーンってなってみたーい!
「えーい!」
わおっ。すっごいフカフカ。
「ええ!? 朱里さん!?」
この椅子、すっげえや!
「どうぞ霧丸様、こちらでございます。えっ? ご主人様!?」
「はーい、着きましたよー。どうぞ。わあ、朱里ちゃん凄い椅子に座ってるねえ」
「そうなのよ。フッカフカ」
あ、あれ?リルちゃん以外全員固まってる。なんで?
「朱里、そこは魔王の椅子だぜ?」
「だろうね、豪華だし。だめなの? 私、魔王じゃん」
「今回の魔王は三人。私も霧丸も含め、その椅子を使う事は無いはずですが? 先代が使うならまだしも、貴女がそこを?」
「ま、まずいよ! 魔王にとって『格』というのは、とても大事なものなんだよ。そこはじっちゃんが使う予定だったから、ご主人様は使っちゃダメなんだ!」
「ええ? そうなの?」
「琥珀さん、すいません! 私がついていながら」
「なんでミラが謝るの? 私が飛び乗ったんだからミラは関係ないでしょ」
「ピーマンゴリラは常識すら無いんだね。恥ずかしい奴だよ」
「おい! 烏、お前マジで一回戦うか!?」
「戦う? いいぜ? そこを退かないなら、それもアリだな」
殺気?霧丸はまだしも、ロンドまで?
そんなに『格』って大事なの?私にとってこんな会議は委員会と変わらないし、なんならめんどくさいまであるんだ。
その上で訳の分からないこだわり押し付けられてこの態度?
「なに? こんな事でやり合う気?」
「ちょっと待って。ご主人様、本当にこれはまずいよ」
「朱里ちゃん、落ち着いて! 椅子なんてどれでもいいもんね。 その椅子は使わないようにしよ」
「椅子なんて、だと?」
「リルさん! 危ない!」
……は?ミラを……殴った?
いや、ミラはリルちゃんを庇ってくれたんだ。リルちゃんを殴ろうとしたの?
「フェンリル如きが魔王の『格』への拘りを口にするな」
「ロンド! アンタ、何やったか分かってんのか!」
「朱里ちゃん!」
「ご主人様! だめだ!」
絶対許さない、あいつだけは私がぶん殴る!ミラの、女の子の顔を殴るなんて!
「ちょっと待たれーいー!!」
「……は? クリス?」
あれ?おじいちゃんも顔真っ赤じゃない?フラッフラじゃない?あ、倒れちゃったよ。
「ちょっと待たれいよ。チミ達は全く、そんなグニャグニャに歪んでからに。あ、あれ? なんれ皆さんは分身してるのれすか? 落ち着いてこのシラッコポンヌでもつまみなさいよ。ほらほら」
「え? クリスちゃん、酔っ払ってるの?」
「失礼な! 酔っ払ってなんかいませんよーだ! もう全くこの子は、は、は、う、おえ、おげえー」
遅れて現れた酔っ払い二人。
緊迫した会議室はクリスの口から出た何かの臭いで充満し、とてもじゃないけど部屋の中にいられるものでは無くなった。
こいつらは一体何をやってたんだろうか。
酒を飲んだら飲まれるな。
私は将来、絶対にお酒を飲む事はないだろうな。