知らない話。
「さあ、着いたよ」
「公園?」
「そう、君の両親と初めて会った公園。今でもまだはっきりと覚えてる。そして朱里、君を見ていると、より鮮明にあの頃を思い出すよ」
「ここで、朱里ちゃんの両親が」
「そう、ここで。転生した朱里の両親はここで目覚めたのだよ」
「転生という事は、その……一度、命を?」
「そうだね、フェンリル。君の考えている通り、朱里の両親は転移とは違い転生。一度、命を落としている。理不尽な死によってね」
私の知らない、私の話。
でも、きっとバカな私にも分かりやすいように説明してくれる。この人を見ていると、そんな気がしてくるんだ。
「ムポポペサはね、生きている者達と死んでしまった者達の狭間なんだ。人生を全うした者はムポポペサに訪れる事はない。さっきも言った通り、理不尽な死を与えられた者の魂を受け入れる器のような世界」
「なんで私の両親は死んでしまったんですか?」
「ふむ、朱里。君は強い子だね。両親の死の話を聞いても動じないか。その心の強さは父親に似ているね。ここにはね、色々な世界線の人間が来るんだ」
「色んな世界?」
「そう、色々だ。君の両親がどこの世界線でその命を落としてしまったのか、そこまでは分からない。しかし、酷い世界だったらしいよ。目も当てられない程にね」
「その酷い世界線で私の両親は生まれ育って、そして命を」
「初めは驚いたよ。丁度、今の君と同じ年くらいだったかな。ここで重なるように倒れていたんだ。二人は恋仲だったんだ。恐らく死の直前に二人で身を寄せていたんだろうね。目が覚めた時、一緒にここに来れた事をとても喜んでいたよ」
「朱里ちゃん、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「続けるよ? 儂は彼等を城に招き入れ、側近として雇い入れた。二人は子のいない儂にとって実の息子と娘の様なものだった。そして数年した時だったろうか。 儂の居城を式場代わりにしていたよ。そして朱里、君が産まれた。幸せ、だったのではないかな? あの時までは」
「あの時まで?」
「ムポポペサには七体の悪魔がいる。欲望の悪魔達。どこで話を聞いたのか、ある日を境に君の父親は人が変わったように金を集め出したよ」
「それって、強欲の」
「そう、針鼠だ。願ってしまったんだ。自分達が生まれた世界の平和を、そして望んだのだろう、幸せな故郷での生活を」
「それで創り出した。新しい世界を」
「針鼠はね、対象者の欲望を満たす悪魔。しかし、それは完璧な形では無く、歪な形となって叶う願い」
「じゃあ、両親が創った世界は」
「そうだね、本当の故郷じゃない。あくまで創った世界。そして願いの代償は恐らく、記憶。喪失では無く、書き換えだろうね」
「朱里ちゃんのご両親は、黙っていたわけじゃないんだね」
「……うん」
「君が生まれて半年もしない内に二人は行ってしまったよ。その後の事は、君の方がよく知るところなのではないか?」
「やっと少しだけ、納得出来ました」
「最後に一つ。君の両親が、君に与えていた愛は偽物なんかではないよ。あくまで書き換えられたのはムポポペサ以前の記憶。初めからそこで生まれ、育ったとされる記憶に書き換えられたんだ。極端な話、変わったのは住む世界と、その部分の記憶だけ。その他は何も変わっていない筈だよ」
「……針鼠か」
「間違っても針鼠に会うなんて考えるのは辞めなさい。そんな事の為にこの話をした訳じゃない」
「分かってます」
「針鼠の代償は周りにも及ぶ。なんせ儂から二人の子供を奪い、あまつさえその記憶までをも奪ったのだから」
(……先代様、会いたいんだ。朱里ちゃんの両親に)
「二人はあっちで幸せに暮らしているのかい?」
「はい。すごい元気だし、とても幸せそうです」
「そうか、それは何よりの知らせだよ。……朱里、君にとっては辛い話になってしまったね」
「いえ、先代様こそ話すには辛いお話でしたよね」
「儂は大丈夫、無駄に長く生きてるんだ。気持ちの整理をする時間は嫌っていう程にあったよ。ところで朱里、君は自らの名前の由来を?」
「え? 名前、ですか」
「そう、君の両親と私で考えた君の名前だ」
「先代様も?」
「朱の色は光輝く太陽の色。里は寛容で朗らかに、そして長い道のりも諦めず進むようにと願いを込めた名前だよ」
「そうなんだ……初めて聞いた。聞いてもはぐらかされて、結局分からなかったから。そっか、ムポポペサでの記憶がないから忘れちゃってたのか」
「朱里ちゃんにピッタリの名前だね!」
「ありがとう、リルちゃん。先代様もありがとうございました。ううん! ありがとう、おじいちゃん!」
「朱里ちゃん?」
「だって私の両親のお父さんでしょ? じゃあ私のおじいちゃんだよ! 名前も付けてくれたし、そうでしょ?」
「……うん、そうだね! 先代様は朱里ちゃんのおじいちゃんだね!」
「ははは、それはいいな! 私にも孫が出来たか。長生きもしてみるものだな」
「まだまだ長生きしてもらわなきゃ困るよ」
「そうだね、こんなに可愛い孫が出来たんだ。まだまだ死ねないね。さあ、居城に戻ろうか」
「うん。行こう、リルちゃん!」
「フェンリルよ。儂の孫娘をこれからもよろしく頼む」
「そ、そんな頭を下げないで下さい! 先代様、朱里ちゃんは私の魔王様で、お姉ちゃんで、でもたまに妹みたいで、それで最高の友達なんです。私の方こそよろしくお願いしますです!」
リ、リルちゃん!アナタって子は!
……泣かせないでよ、もう。
「朱里、この子は最高の側近だな。こういう側近に出会う事は人生でも中々ないぞ?」
「二度とないよ。リルちゃんは最高の側近だよ」
「よし、フェンリルよ。手を出してもらえるかい?」
「手、ですか?」
「これを君に授ける」
な、なに!?私でも分かる!この魔力は!
「ええっ!? ちょ、ちょっと先代様!?」
「ふう、儂の魔力を君に授けた。もう全盛期の十分の一以下だが、上手に使うといい」
(こ、これで十分の一?嘘でしょ!?)
「その魔力はあくまでストックだ。一度使えば無くなってしまう。よく考えて、来るべき時に使うんだよ」
「わ、分かりました。確かに先代様の魔力、お預かりしました」
「さあ、戻ろう。朱里にも見せたい物があるんだ」
「見せたい物?」
「君の両親の部屋をそのまま残しているんだ。写真もたくさんある。もちろん、産まれたばかりの君の写真もね」
「え、わたしも見たい! 朱里ちゃん、早く行こうよ!」
「うん、おじいちゃんも早く! ええい、しゃらくせい! もう私が抱えるわ!」
「お、おい! ま、まさか孫に抱えられるとは夢にも思わなかったよ」
「朱里ちゃん!? わ、私まで!?」
「いっくぞー!」
なんか色々あったけど、おじいちゃんが出来て私は嬉しいよ!
出来る事なら三人を又、再開させてあげたいな。
———
「この、偏屈トカゲが! ここで決着つけてやるぞ!」
「馬鹿の一つ覚えは変わらないな、霧丸。お前がそんなんだと鬼族はいつまで経っても馬鹿に見られるぞ」
「この野郎! 悠長に構えていられるのもここまでだ!」
(うわわわわ、始まっちゃったよ!)
「だ、大丈夫なの? これ?」
「ダメですね。まだ会議前なのに、こんな争い始めたら話し合いどころじゃないですよ」
「朱里じゃなきゃ、こんなの止められないよ! 無理矢理にでも僕もあっちに着いていけば良かったよ!」
「うーん。ご主人が巻き込まれてるならともかく、他の魔王が潰し合うなら勝手にやってくれても良いんだけど、ここはオイラの実家でもあるしなあ。もう少し離れた所でやってくれないと実家が消滅してしちゃうよ」
「琥珀さん、何か余裕ですね!?」
「まあ、想定の範囲内と言うか、考えられた可能性の一つではあるよね。魔王が複数いる事自体がイレギュラーだし、過去の文献漁っても、複数人魔王がいる時は諍いが絶えてなかったしね」
「ちょっと、琥珀! ミラ! なんとか出来ないの!?」
「無理。オイラのスキルは『反射』と『精神汚染』だから、『反射』で巻き添え食らってないだけでもありがたく思ってね」
「私は『治癒』と『召喚』です。あの二人には意味ないですね」
「クリスこそ、なんか無いの? ご主人様か、じっちゃんを呼ぶのが一番早いよ」
「そうですよー。通信系スキル保有してないんですか?」
「二人共何を言ってるんだい!? 僕はスライムだよ!? 天使とケットシーがスライム如きに何を期待するって言うんだ、情けない!」
「逆ギレしちゃったよ。じっちゃんとご主人様が帰って来るまで気長に待つしか無いね」
「霧丸様! 邪魔立てが入る前にケリをつけてしまいましょう!」
「おう! はああぁぁっ!」
(や、やばい。バカでかい魔力を練り始めた)
【ロンド様、鬼は止まりそうにありません。助太刀致しますか?】
「いいよ、下がってなさい。はぁっ!!」
(あ、あれぇ!?竜の魔王も!?)
「ちょっとやばいね、あんな魔力を解き放ったら居城が吹き飛んじゃうよ。仕方ないな」
「こ、琥珀!? なんとかしろって言ったけど割って入るのは流石に危ないよ!」
「お二人共、失礼しますよ! 少しだけ大人しくしてもらいます!」
「邪魔だ? ケットシー如きが! 出来るもんならしてみろ!」
「それでは、遠慮なく。発動、箱庭乃封緘印!」
「琥珀さん!? それって! ……あ、三人とも消えちゃった。クリスさん急いで朱里さんをって、あれ!? クリスさん!?」
「き、霧丸様!? あの化猫め! 何をした!」
「な、なんでクリスさんまで消えてるの!?」
———
「ちっ!やってくれたなあ、ケットシー」
「……多重結界での拘束か。やるね」
「出来るものなら、との事でしたので遠慮なくやらせて頂きました。ご主人と先代が戻るまでは大人しくしていて下さいね」
「その余裕から見て取るに、君に危害を加えたら」
「二度と出れません。大人しく頭を冷やす事を推奨致します」
「ちっ! 小細工を仕掛けやがって」
「ところで、そこのスライムが唖然、呆然としているが平気なのかい?」
「あ、ごめーん。巻き込んじゃったー。わざとじゃ無いよー。まさかクリスが巻き添えを食らうなんてー」
「ななな、何すんだ! なんで僕まで封印するのさ!?」
「だって、この二人と一緒にいるなんて息が詰まっちゃうでしょ?」
……わ、わざとじゃないか。
白毛で白々しいなんて初めてだ。
息が詰まる?知らないよ!そんなの!




