琥珀。
魔王のじっちゃんに言われたんだ。次の魔王の力になってくらいかって。
だけど選ばれた魔王は三人だった。でも直ぐに仕える魔王は決まった。まるで最初から決まっていたように。
どうやらオイラは朱里という魔王の側近に選ばれたみたい。
朱里ってアイツだろう?大会で暴れてた悪魔みたいな人間のメス。
オイラも引退したじっちゃんと一緒に静かに暮らしたかったけど、最後の頼みと言われたらそれに頷くしかなかったんだ。
仕方なく側近候補として大会に出場し、なんとか権利は得たけど、本当は気乗りはしていない。
そんなオイラの初仕事は、新たな魔王を引き継ぎ式へと案内する役目。
引き継ぎ式は、今までじっちゃんが統括していたムポポペサ大陸を三分割する重要な会議。
与えられた土地によっては三人の魔王の中で『格』が決まる大事な会議だ。
じっちゃんを安心させる為にも頑張らなきゃ。
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「すいませーん! すいまっせーん!」
「え? 誰!? 気まぐれ穴が活動を失ってからお母さんが結界を張っているのに」
「え? そうなの? という事はここに来客が来る事自体あり得ないって事か」
「うん、その筈なんだけど」
「すいまっせーん!」
「うるさっ。すっごい呼ぶじゃん。リルちゃん出てみれば? 栗の押し売りとかかもよ? 私もついて行くから変な奴だったらぶっ飛ばしちゃうね」
「栗の押し売りにここは見つけられないと思うけど、朱里ちゃんがいれば安心だし出てみようか?」
「もう勝手に入っちゃいますよっと。あ、いるじゃん。居ないかと思ったよ」
あれ?この猫って。
「あっ! 私と一緒に側近の大会に出てた猫さん!」
「あのね、オイラは猫じゃないよ。猫の王様であるケットシーだ。そこん所は間違えないでね。中々出て来ないもんだから勝手に上がらせてもらったよ」
ケットシーって確か、私の新しい側近だよね?
可愛くない?シルクハット被った白猫が喋ってる。可愛い!
「よろしくね、新しいご主人様。オイラの名前は琥珀。目の色が琥珀色だろう? じっちゃんに名付けてもらったんだ」
「そう、素敵な名前ね。よろしくね、私は朱里だよ。この子は分かるよね?」
「うん、リルだよね? 大会ではすごい人気だったよね。これからよろしくね」
「う、うん。よろしくね、琥珀ちゃん」
「勝手に上がり込んでしまってごめんね。早速で申し訳ないけど、引き継ぎ式が決まったからお迎えに上がったよ」
引き継ぎ式?ああ、ミラがそんなこと言ってたなあ。委員会みたいなやつか。でもまだ時間あるって言ってなかったっけ?
「ご主人様が治める地域が決まる超大事な会議だよ」
「さっき少し聞いたよ。それ行かなきゃだめなの?」
(朱里ちゃん、そんなに行きたくないの?)
「な、何を言っているだい? ダメに決まってるじゃないか。この会議で魔王のとしての『格』が決まるんだよ? ご主人様の今後を左右するんだよ? 絶対に出てもらわなきゃ」
なんだよ『格』って。三人で仲良く魔王してるんだからくじ引きとかでもいいんじゃん。
「とりあえず絶対に会議には参加してもらうからね。もう準備して。ここから結構遠いから」
「今から? もう行くの!? 今、ご飯食べたばかりだからなぁ。動きたくないなぁ」
「我儘ぶりはすでに大魔王の貫禄だね。でも、そういうわけにはいかないんだ。急いでね、オイラは外で待ってるから」
あ、行っちゃったよ。少し昼寝しようと思ってたのに。
「琥珀ちゃん、すごいね。あんなに簡単に結界を通り抜けるなんて。側近って、ああいう事も出来ないとダメなのかぁ」
「別にいいでしょ、出来なくても。うーん、面倒だなあ。クリスとミラにも声かけるか。そういえばあの二人は何やってんだ?」
「言われてみれば確かにそうだね。もう一時間は外にいるよ」
「何やってんだか。仕方がないから一旦外に出ようか?」
「うん、そうだね。また旅立つんだよね? お父さんとお母さんに挨拶だけしてくる」
「あ、私も行くよ。ご飯のお礼したいし」
「そんなの気にしなくてもいいのに。じゃあ二人の所に案内するね」
———
「針鼠の居場所を? クリスさん、貴方は一体何を願うつもりなんですか?」
「この事は朱里やリルちゃんには黙って欲しいんだけど、僕の願いは人間に戻る事なんだよ。お金もだいぶ溜まってきたしね。あとは針鼠の情報だけだ」
「人間に?」
「あれ? ミラには黙ってても意味がないと思って言ったんだけど『女神通信』とやらには僕の情報はなかったのかい?」
「……クリスさんの情報は皆無でした。それと関係が?」
「なるほど、これは僕の早とちりだったね」
「針鼠に会う事は、ましてや願いを聞いてもらう事はお勧めしません。代償の方が大きすぎます」
「覚悟の上さ。それで、どこにいるんだい?」
「教えてもいいですが、見つける事は出来ないと思います」
「それでもいいんだ。今はどんな情報でも欲しい」
「……ムポポペサが七つの区域で分けられている事はご存知ですよね? 七つの地域にはそれぞれに神が、そして悪魔もいます。針鼠もその中の一人です」
「それはどこの地域なんだい?」
「毘沙門がいる区域です。ムポポペサの四番目の区域です」
「毘沙門ね、ありがとう。それだけ分かれば十分だよ」
「針鼠の話かい? やめといた方がいいよ。あんな業突張りに関わるのはね。ろくな目に合わないのが目に見えるよ」
「あら、琥珀さん。いらしてたんですね」
(あの見た目ケットシーかな?猫の王様にして、朱里の新たな側近か)
「話の途中にごめんね。違う出口からたまたま出てきたらここだったんだ。許してね」
「大丈夫だよ、えーと」
「琥珀だよ。よろしくクリス。大会ではケットシーの名で出場してたからね。君の実況、中々板についてたよ」
「よろしくね、琥珀。それはありがとう。ところで、君は針鼠に詳しいのかい?」
「詳しくはないよ、関わらない方がいい事を知っているだけ。だから、もし知ってても教えない。君はご主人様の大切な仲間だろう?」
「私もここまでの情報しか持ち合わせていません。諦めた方が身の為ですよ?」
「ご忠告ありがとう。朱里達には黙っておいてね」
「何かしら事情があるみたいだね。大丈夫、オイラは気まぐれだけど、口は固いよ。君が針鼠に関わらない事を祈るよ」
———
リルちゃんのご両親にも挨拶済んだし、そろそろ外に出るかあ。
「お父さんもお母さんも、朱里ちゃんにすっごいスリスリしてたね!」
「すごかったねー! 顔が毛まみれだよ」
「丁度、換毛器だからね! わたしも毎日ブラッシング大変なんだよ」
「今度私がやってあげるよ! そういえばリルちゃんのお父さんとお母さんは人型になれないんだね」
「うん、人型になれるのはわたしだけ」
「本当にリルちゃんって希少種なんだね。いつも一緒にいるから実感湧かないよ」
「相当珍しいらしいけどね。わたしも実感ないよ」
「ふふ、そうなんだ。あ、そろそろ出口だね」
あれれ?三人でなにやら話してるぞ。もう琥珀と会ったんだね。
ん?クリスの奴、珍しく真面目な顔してる。似合わないね。何かあったのかな?
「おーい! 二人ともご飯も食べずに何してたの?」
「クリスちゃとミラさんのご飯持ってきたから後で食べてね」
「わあ、ありがとう。リルさん」
「それは嬉しいね! 後で頂くよ!」
流されたよ。何してたかは答えてくれないんだ。ふーん、まぁ別にいいけどさ、でもなんか怪しい。
「ねえ、琥珀から聞いた? 会議ってやつの日取りが決まったらしくて、もう出発しなきゃいけないみたいよ」
「え? もう? 予定ではまだ時間があった筈なのですが。勇者の件があったから予定が早まったかもしれませんね」
「そう、それが理由だよ。用意は出来たかい? 早速出発しよう」
「琥珀ってば、さっきからすごい急かすじゃん。場所はどこなの? 日にちだってまだ教えてもらってないし」
「場所は七つの地域に囲まれた真ん中、先代の魔王の城だよ。日にちは明日。だから急いでって言ってるのに」
明日かよ!私一人ならどこでも着くけど、こんな人数で辿り着く距離なのかね?
「明日かい? それはまた急だね」
「そう、だから急かしてるんだよ」
「ところで琥珀。その会議には魔王と側近が参加するのかい?」
「側近は絶対。だけど他の連れを護衛で連れてくる魔王もいるんじゃないかな」
「ふーん。じゃあ僕も護衛として参加しようかな」
(そしてなんとか毘沙門の地域を朱里に!)
「護衛を連れて行くんだろ? お前が一番いらないよ。お前が一番弱いじゃん。ミラと一緒に終わるまで外で待ってな」
「そ、そんな!」
「何があるか分からないんだから。護衛を連れてくる奴がいるって事はそういう事でしょ? 琥珀」
「鋭いね、ご主人様。流石は新魔王だね。過去に魔王が複数人選ばれた時は血みどろの殺し合いがあった時もあるらしいよ」
「そうなんだ。それならリルちゃんも置いていきたいけど、側近は絶対参加だもんね」
「大丈夫だよ! 私が朱里ちゃんの事守るからね!」
「ふふふ、よろしくね。頼りにしてる」
(くそ!ゴリラめ、僕も絶対について行ってやる)
「お前、今ゴリラって思ったろ」
「な、な、な、なんの事かね!」
こいつめ。カマかけたら分かりやすく慌てやがって。絶対に連れて行かねえからな。
突如現れた私の新たな側近、ケットシーの琥珀。
その琥珀に急かされるままに、私達は急遽、魔王の会議に出向くことになった。
委員会みたいで本当に嫌だなあ。
私が行かなくてもいいんだったら、クリスを一人で代わり会議に行かせてもいいくらいだ。
でもそんな事したら何かメチャクチャな事になりそうだから諦めて大人しく出席しとくか。
めんどくさ。