無職。
まさか、まさかだよ。怒ってないだなんて。案内人さんがいい人で本当に良かった。
もし私だったら同じ事をやり返したって絶対に許さないと思う。
地の果てまで追い詰めて、私に攻撃を仕掛けた事を来世まで後悔させるね。
流石は女神様。懐の深さが違う。
見習いたいものだが、まあ無理だろう。
よーし。今日はめでたき良き日だね!こうなったらいつもより回転力を上げて、多めに回しちゃうぞ!
せーの、そうりゃっ!どっせい!
(ふふふ、朱里さんったら、はしゃいじゃって。可愛い所あるのね。……ん?な、なんか回転速くなってない?なってるよね!?うわ、わわわわ)
「まだまだー! よし、いいぞ! 私はコマだ、コマなのだ! コマになるのだ!」
「えええ!? ちょっと朱里ちゃん!? 女神様が遠心力で大変な事になってるから!」
「しゅ、朱里さん、そろそろ、振り回すのやめてー!」
「はっ! つい従兄弟の子と遊ぶ時の様に振り回してしまった! ごめんなさい!」
「従兄弟の子にも同じ事を!?」
「うん。しつこい位におねだりしてきたからね。でも最後の方は体育座りして、別人の様に無口になってたよ」
(従兄弟の子も災難だな。遠心力で背骨折れちゃうよ。迷惑極まりないゴリラだ)
「だ、大丈夫ですよ。あ、やっぱダメかも。ちょっと、あそこの木の影まで行って来ますね」
(全然大丈夫じゃなさそう。フラッフラだよ。あ、吐いた)
「め、女神様が吐いちゃったよ」
……やっちまった。なんでいつも私はこうなんだ。
「はあ、はあ、はあ。……では早速、案内人としての仕事をさせて頂きますね」
「何事もなかったかの様に説明を始めようとしてるね。プロ根性が凄いよ」
「それにしても、ダメだぞ朱里。女神のあんな醜態は前代未聞だよ! バチが当たっても知らないからね」
「はい、ごめんなさい。本当に反省してます。あれ? 案内人さんの頭の輪っか、どこいっちゃったの?」
「頭の輪っかですか? これは女神になった証明なんです。代々受け継がれてるアーティファクトなんですよ。命より大切な物。そんな事より、私の事ミラって呼んで下さいね。『案内人さん』って長いし、なんだか呼びにくいですもの」
……代々受け継がれてて、命より大事な物なんだ。
で?それはどこに行ってしまわれたの?
「へえ、アーティファクトなんだね! それは僕も知らなかったよ。ところでミラ、一つだけいいかい? 申し訳ないんだけど、そのアーティファクトが向こうの木の下で粉々になってるんだ。大丈夫なのかい?」
「粉々に? 何言ってるんですか? だって頭の上に……あれ? 無い?」
「遠心力で加速されて、凄い勢いで吹き飛んでいったよね? 私、アーティファクトって聞いた事ないんだけど、一体どういう物なの?」
「簡単に言うと、古代の神々が作ったとされるアイテムの事だね。歴史的価値は勿論、二つとして同じものは無いとされていて、とても貴重な品なんだ。それがあんな勢いで飛んでって更には粉々になるなんて、僕達は歴史の証人になれたんだよ! 光栄だね!」
「クリスちゃん、それって結構やばいんじゃない?」
「やばいね! さすが魔王筆頭株! やる事がえげつないね!」
やばい。ま、まじで?……やっちまった。私のせい、だよね?
(ミラさん、動かなくなっちゃった)
(あれ?顔色わっる。冗談抜きでやばいのかな)
「あの、その、ミラさん?」
「……はっ。だ、大丈夫ですよ! ただ、ちょっとお時間頂いても良いですか? 会社に一度、連絡入れますね! だだだ、大丈夫ですからね!」
ミラはそう言うと、急いで会社に電話をかけ始めた。私は本当に学習をしない馬鹿だ。二度ならず、三度までもとは。
代々受け継がれし、アーティファクト。
古代の神々が創造し、同じ物二つとないとさせる歴史的遺物を私は破壊してしまった。
今度は土下座じゃ済まされない。早急に勇者を倒し、アーティファクトを復元しなくてもらおう。
もう帰るのは諦めよう。私はムポポペサの草むらで霞を食べて生きていくんだ。誰にも気づかれず、ひっそりと、そして一人寂しく老後を迎え、孤独死をするんだ。
私にはそれがお似合いなんだ。
「おーい。大丈夫かい? 瞳孔開いてますよ? ライトを当てて対光反射を調べて見ようか」
「もう! クリスちゃんはちょっと意地悪過ぎない? 朱里ちゃんが今までにない位に落ち込んでるのに!」
「ごめん、ごめん! だってさ具現化で直せば良いじゃないか。確か、朱里の具現化レベルは最高まで到達しているはずだよ。それはもう神の領域。アーティファクトだって余裕で復元できるよ」
「そっか! だからクリスちゃんは余裕だったんだね。もう、本当に意地悪なんだから。わたしまで焦ったよ」
「ははは。リルちゃんまで焦ってるから面白くなっちゃったよ」
そうだった!私にはこんなに便利な能力があるんだ。便利だけど無くても困らないから忘れてた!
「本当に焦ったー! もう、クリスは本当に意地悪なんだから。分かってたんなら早く言ってよね」
「僕は最初から気付いてたよ。それにしても、朱里のあの焦った顔。珍しいものを見せてもらったよ」
「うるせえ、バカ。そうと分かれば早速元に戻しちゃおう! 見ててねー! えい!」
「すごい! あっという間に元通りになっちゃった。しかも輝きが増してない?」
「ありえないよ、驚きだ。朱里はもう神の領域を飛び越えてしまっている。アーティファクトを更に進化させるなんて。こんな芸当は他に誰も出来ないよ」
「へへっ。どんなもんだい! いやあ、良かった。一安心だね! 早くミラにも教えてあげないとだね」
「そうだね、早く教えてあげよう。きっとびっくりするよ! それにしても、電話長いね。まだ話をしてるよ」
「ミラさん、確か会社に電話するって言ってたよね?」
緊急の用事でも出来たのだろうか?
電話中に話しかけるのも悪いので、私達は具現化でアフタヌーンティーセットを出し、お銀さんからお裾分けしてもらった紅茶と焼き菓子を三人で楽しみながら待つ事にした。
「お、お待たせしましたー」
「あ、ミラさん帰ってきた! おかえりなさい!」
「随分と長かったね。心配したよ」
「いやあ、申し訳ないです」
「そんな謝らないでよ! ねえねえ、実は私のスキルに具現化って言うのがあってね、それで」
「クビになりました」
……はい?
「え? なんだって? ごめんね。最近、高音が聞き取りづらくてね。ミラ、もう一度言ってもらえるかい?」
「クビです、クビになりました。ははっ」




