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決戦前夜。

 私の名前は腹中黒黄衛門(はらなかぐろきえもん)(60)だ。


 定年間近のしがない高校教師だ。しがないし、毛もないし、生徒からの人気もない。あるのは下腹部についた贅肉だけだ。


 明日は待ちに待った日曜日。帰りに行きつけに寄って安酒を呑み、梅水晶をつまもう。


 今日は深酒をしない事にして「ムポポペサ2」を最後まで攻略しなければならない。


 噂に違わぬクソゲー、なんて素晴らしいんだ。私の人生で唯一の楽しみ。それはクソゲー攻略。


 おっと。「ムポ2」に想いを馳せていると長居し過ぎてしまったようだ。


 梅水晶は2回もおかわりした。高血圧で医者から散々注意を受けている私にとって、梅水晶のおかわりはトリカブトを摂取する事と何ら変わりはないだろう。


 血圧の上昇をほろ酔いの頭で感じながら、家に向かう途中でハイボールの缶をコンビニで買う。尿酸値の上昇はハイボールで防ぐ。


 俺が編み出した苦肉の策。


 フラフラの体でたどり着いた六畳一間のボロアパートは手すりが錆びついてグラグラだ。


 私の目の前もアルコールでクラクラだ。


 気がつくと私は全身の痛みを感じながら仰向けに倒れていた。


 どうやら錆びた柵が外れてしまい、地面に叩きつけられたようだ。


 薄れゆく意識の中で女性の声が聞こえてくる。まるで女神の様な声。女性に話しかけられるなんて何年ぶりだろう。


 死の際にこんなご褒美があるなんて。しがない人生の最後に、神様は少しだけサービスをしてくれたらしい。


「生まれ変わったら何がしたい?」


「生まれ変わりがあるのならば、次こそは人並みの人生を」


 そう女神に願いながら私の人生は幕を閉じた。



         —————————



「おめでとう。ねえ、一回でいいの。一回でいいからハグさせてぇ! ねえ、お願ーい!」


(怖っ。まるで変態だよ。話し方がネットリしてるし、朱里ちゃん興奮し過ぎ!……でも)


「でも今日だけは、えい! 朱里ちゃん、やったよー!」


 私はここで意識を失いかけた。まさかリルちゃんから抱きついてくるなんて。


 もう、私の人生に悔いはない。


 ありがとう、ムポポペサ。そしてさようなら。


「おめでとう。まさかこんな所で会うなんてね」


 なんだ?この色っぺえ河童は?


 あ、お銀さん!?


「お銀さん! ごめんなさい。ルシアの事、強引に故郷に帰しちゃった。まさかお銀さんがモルティプにいるなんて」


「ふふ、相変わらずタイミングが悪い男ね。それなら大丈夫よ。ちゃんと置き手紙して来たから」


 お銀さんは相変わらず色っぺえ素敵な女性だ。とっても綺麗。なんだかキラキラしてるよ。


 恋をするって事は河童も人間もきっとなにも違わないんだ。


 私も将来はこうなりたいものだ。


 河童にはなりたくないけど。


「おーい。こんな所でなにやってるだい? てっきりホテルに向かってると思ってたよ。あ、お銀さんお疲れ様」


「折角だからお銀さんも一緒行こうよ。今から祝勝会なんだ!」


「あら、嬉しい。ご一緒させてもらおうかしら」


「リルちゃんが無事に側近になれてホッとしたのかな? お腹が空いてきたよ!  朱里も馬鹿みたいにイカ食べてたけど、どうせまた馬鹿みたいに食べれるでしょ?」


「すごいお腹すいてるよ。あんなにイカ食べたのに。イカ食べたいね」


「朱里ちゃんイカ好きすぎだよ」


 馬鹿と言ってきたクリスを一度ひっぱたいた後、私達はホテルに戻った。


 調子に乗ってすいませんでした。とクリスはすごい豪華な夕食を注文してくれた。


「美味しい! リルちゃんおめでと! イカ美味しいね!」


「ありがとう。ねえ、絶対に魔王になってね。朱里ちゃんが魔王にならないなら側近なんてやらないから」


「なんだって? それは契約違反だよ、リルちゃん! 下手したら捕まるよ!」


「大丈夫だよ。だって朱里ちゃんは魔王になるもん。もしダメでも一緒に逃げるからいいよ。そうでしょ?」


(この覚悟! 貫禄が出てきたな。コレがムポポペサの猛者どもを退けて側近の資格を得た者の覚悟か)


「任せて。私は誰にも負けないから」


(そして朱里のこの自信。もらった、もらったよ!魔王の座は頂きだ!ははははははは)


「朱里ちゃん、決して無理はしちゃダメよ。何があるか分からないんだから。下克上制度だってあるんだから。もしも危険な目にあったら次を狙うのも手よ」


 心配してるお銀さんも色っぽいな。しかしそんな制度まであるんだ。でもその間リルちゃんと離れ離れになるんだよね?


 それだけはダメ!寂しいもん!


 ご飯を食べてお風呂に入ると、リルちゃんは直ぐにウトウトし始めた。


 お疲れ様でした。ゆっくり休んでね。


 いよいよ明日は私の出番だ。リルちゃん、お銀さん見ててね。ついでにクリスも。


「よし、行くぞー!」


「僕は解説席に向かうよ。ところでリルちゃんはどこで観戦するんだい?」


「実はね、さっき本部の人からゲスト参加を打診されたの。ちょっと迷ったんだけど、クリスちゃんの横で観れるし引き受けちゃったんだ」


「本当かい? じゃあ一緒に行こう」


「うん! 朱里ちゃん、勝ってね!」


「任せて!」




 

 ムポポペサに来てから私は未だ全力を出していない。


 スキルによって飛躍的に向上した能力を私自身まだ把握出来てはいないんだ。


 だけど、ついにお披露目出来そうね。


 私の全ての力を。

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