決意。
なんて懐かしいんだろう。故郷に戻って来るのは一体何年振りなのだろうか。
豊かな自然、俺を育てた母なる川、石を投げて来る修学旅行生。
その全てが懐かしい。
イテッ!こ、この野郎!小石だって当たれば痛いんだからな!お前学校どこだ!先生に言うぞ!
おっと、取り乱してしまったね。君は今、幸せかい?
幸せの河童ことルシア・クリフォードだ。
最近思うんだ。俺が不幸な分、皆に幸せが舞い降りていると。
それで世の中はプラマイゼロなんだ。
まあ、いい。そんな事より軽く紹介するよ。まずはここだ。ああ、懐かしいな。
この草原で俺はお銀の前で渡鳥にパンツのゴムの所と四肢の皮を啄まされて大空へと羽ばたいたんだ。フライアウェイ。
羽ばたいて行く俺を眺めるしか無いお銀の絶望の顔が今でも目に焼き付いている。大丈夫、安心して。俺もしっかり絶望してたよ。
そしてヌーに襲われて、シャチに襲われて。
師匠に吹き飛ばされた後も鯨に飲み込まれそうになったりしたけど、まあ無事だ。なんとかここまで辿り着く事が出来た。
ん?あ、あれは!解呪の皿の社が破壊されている!?誰がこんなを!
酷い。この仕打ちは余りにも酷すぎる。
くそ!俺がこの場にいれば心無き観光客の愚行を諌める事も出来ただろう。
こういった惨劇を目の当たりにするとこの地を離れた事を後悔する。
ちょっと待て。お銀!お銀は無事なのか!?
俺は走った。そして家のドアをショルダータックルで勢い良く開けた。
「お銀! 無事なのか!?」
いない。一体どこに?お銀の身に何かあったら俺は!
改めて気づく。俺はお銀を愛しているのだと。
女々しい河童だよ、俺は。ぐすん、ん?なんだコレ?
【ルシアへ。朱里さんに伝言を聞いて戻って来ていたのならごめんなさい。魔王オーディションの仕事が入りました。この大会は全世界で放映される。貴方が私の姿を見てくれているかも知れない。そう思い、参加を決めました。もしも戻って来てくれたのなら、待っていて下さい。早く貴方に会いたいです。お銀】
選手権って一週間だよな?
こうして俺は「モルティプ」に蜻蛉返りする事を決めた。
これは不運なんかじゃないんだ。彼女に逢える幸運だ。
この世はプラマイゼロでバランスを取っている。皆、足元の不運につまづいて転ばないように気をつけるんだぜ。
グッドラック。
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掃除に洗濯、借り物競争、パン食い競争、カラオケ大会、椅子取りゲーム。
リルちゃんの戦いは熾烈を極めた。
そして激闘の末、リルちゃんが最後の4人に選ばれた。
すごい!リルちゃんおめでとう!
(おめでとう、リルちゃん。君ならやってくれると信じていたよ」
「いよいよ四人まで絞られたわね。最後は一体どんな試練が待ち構えているの? まさかここから血で血を洗う争いを!?」
「もう決まりだよ。 魔王の側近だよ? 一人だけの訳ないじゃん」
もう決まったの?やったー!おめでとう、リルちゃん!
でも、もう私だけのリルちゃんじゃないんだね。世界のリルちゃんなんだね。メディアが貴方の事は放っておかないのね。
私の手をギリギリしてた頃が懐かしいよ。
「今日はもう終わりだね。リルちゃんの祝賀会の準備をしなきゃ! だけど僕はエンディングトークをする為に、スタジオに戻らなきゃいけないから! 後は宜しくね」
あいつ芸能人気取りだな。ピンマイクなんて付けやがって。
あ、表彰式やってる。リールちゃーん!
「合格おめでとうございます! 圧勝で大人気でしたね」
「ありがとうございます。両親と、支えてくれた仲間には感謝しかありません」
「これから魔王の側近としてのご活躍に期待が寄せられますが、何か目標はありますか?」
「わたしの仲間が魔王候補として、この選手権に参加しています。とても強くて、カッコ良くて、わたしの大事な人です。わたしはその人以外の側近にはなりたくありません。だから信じてます。朱里ちゃんが最強で最高の魔王になるんだって!」
っ!!
リ、リルちゃん。
「ご自身の合格の喜びと共に、ここで大胆にも仲間の優勝宣言が出ました! 明日以降がますます楽しみですね! リル選手ありがとうございました、そしておめでとうございます!」
「ありがとうございました!」
「現場からは以上です。河村さーん」
「はーい。いやあ、リル選手。近年稀に見る大人気でしたね。田中さんはご覧になられていかがでしたか?」
「実はですね、あのリル選手は僕が応募した選手なんですよ。素晴らしい。この一言に尽きます」
「なんと田中さんが御推薦した方なんですね! これは嬉しい瞬間を、最高の場所で観る事が出来ましたね」
「ええ、素晴らしい結果に私も感服しております。しかし、明日からがこの選手権の本番と言っても過言ではありません。皆様の寝不足間違い無しの一週間はまだ始まったばかり。会社の上司の皆さんも部下の居眠りや、多少のお寝坊さんは許してあげて下さいね」
「国民を気遣うコメントまで頂きありがとうございました! さあ明日から始まるサバイバルレース! 栄光を掴むのは誰だ!? それでは皆さんご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
リルちゃんにあんな事言われるなんて。膝が崩れ落ちるのを耐えるのがギリギリだったよ。
私の膝を崩しかけるなんて、あの子やるじゃない。
これはもう言い訳できない。
私は魔王になる!
絶対!