アイドル。
ちゅん、ちゅん ほーほーほっほー
なっ!あ、朝日だと?
うわわわわわ。おかしい、おかしいよ!一夜漬けでテスト勉強してたのに!
朱里のバカ!アホ!とんちんかーん!
な、なんで私は『恋☆どす』の低レベルクリアに挑戦してるのだ?
何故私はこんなに意志が弱いの?万が一でも留年なんてしてごらんなさいよ。
『恋☆どす』を山に芝刈りに行くお父さんに埋められて、川に洗濯に行くお母さんに流されてしまう。
これは鉄の掟なんだ。
あの二人は絶対に、やる。
時間は五時か。今からやるか?
え?やるの?諦めるって言葉は好きじゃないけど無理じゃね?
自慢じゃないが、私の通う高校は日本で一番偏差値が低い。今日のテストも数学という名の割り算のテストだ。
そもそも割り算てなにさ。林檎を割るなんて問題がおかしいよ。りんごって片手で潰すものでしょう?
なる程ね。問題自体がおかしいんだ。そこに気づくなんて、天才現るだね!彗星の如く現れたね!
だって林檎を割ったら普通粉々になるじゃんね。
は!もしや、りんごではなく好きな物に置き換えたら?今からこの『恋☆どす』を割れば良いんだ!あちゃー、閃いちゃったなコレ。
好きな物を例えに使えば良いんだよ!天才現れちゃったよね。彗星の如く。
せーの!どすこーい!
バキバキバキバキ!
……私は一体なにを?徹夜明けの不思議なテンションに任せて『恋☆どす』を粉々にしてしまった。
現れたと思った天才は大気圏で彗星の如く燃え尽きてしまった。
……ふっ、ふふ、ふふふふふ。
嘆いていてもしょうがない。まだ『恋☆どす』は七本ある。私はこの尊い犠牲を無駄にはしないよ。
ふむ、『恋☆どす』を砕いたら、細かい破片を入れて百八個か。
このテスト、もらった!
テストの結果は中腹黒に土下座して受けた二回目の追試で赤点ギリギリでした!
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「イカ串十本って三で割れる?」
「え? イカ串?」
(真面目な顔してると思ったらイカの事考えてたんかい)
「いや、イカ串をね、お裾分けしようかなって」
あの人、かなりの達人だ。やっぱり私なんてまだまだだよ。河童に偉そうな事なんて言ってられない。
「とりあえず会場の中でも覗いてみる? 関係者のIDを発行すれば入れるはずだよ」
「その前に朱里ちゃんは目を洗わないとだよ。バイ菌入っちゃう」
確かに目の泥が乾いてパリパリだ。パリパリは慣れてるけど洗ってくるか。
「ちょっと待っててね、顔洗ってくるよ」
「朱里ちゃんもあの人に気付いてたね」
「そうだね、流石は魔王オーディションだ。一筋縄じゃ行かないかも知れないね」
ふいー、やっと取れたよ。やっぱりもう少し粘度のある土で化粧しないとダメだね。
あ、ハンカチないや。まあいっか。
「使う? 服濡れちゃうよ」
「え? ありがとう。いいの?」
「どうぞ。凄い豪快に顔洗ってたのに、そのまま行こうとするから笑っちゃったよ」
この人いつのまに?気配を消すのが上手い。オーディション参加者かな?
「貴方もオーディション参加者だよね? 見てたよ。貴方がピンクの生き物をビーチで吹き飛ばしてたの」
ルシアを吹っ飛ばした時か。
「ハンカチありがと。洗って返すよ。どうせまた会うでしょ?」
「そ? じゃあその時に返して貰おうかな? じゃあ、またね」
うーん、曲者が多そうだな。
「朱里はやくー!」
「今行くよ」
「時間かかったね、何かあったの?」
「ん、ちょっとね。」
「朱里、リルちゃん。そろそろ行こう」
私達はID発行してもらう為に大会本部に向かった。改めて見ると会場はとても大きく、とても広い。ムポポペサの住人達の注目度の高さが窺える。
カメラ等の機材も沢山あったし、ドローンも飛んでた。マジでここって私がいた場所と変わらないな。
「凄いね。朱里ちゃんはここで世界デビューするんだね。わたしまで緊張してきちゃうよ」
「リルちゃん、何を言ってるんだい? 君も書類選考通ったじゃないか。ちなみに側近候補で応募したからリルちゃんの方が先に世界デビューだよ」
「うわあ、忘れてたよ。本当にわたしも出なきゃダメ? 嫌なんだけどな」
「ねえ、リルちゃん? 私はリルちゃんが側近として近くにいてくれるなら、とっても嬉しいよ。一緒に頑張ってみない?」
「うーん。朱里ちゃんがそう言ってくれるなら頑張ってみたい気持ちもあるけど。でも自信無いよ」
「側近はいわゆるマスコット的存在として扱われるからリルちゃんなら絶対イケると思うんだ」
「じゃあ、リルちゃん絶対に優勝じゃん」
「そうだ! 今からリルちゃんのお洋服を買いに行こう。とびきりのオシャレをして、圧倒的大勝利を収めようじゃないか!」
「たまにはいい事言うじゃん。私も戦闘服が欲しいし、今すぐ買い物に行こう!」
とびきりに可愛いリルちゃんが更に可愛く着飾ったら、それはもう大変だ。その姿が眼球に焼き付いて失明してしまう可能性すらある。
見つけてしまうんだね。世界がリルちゃんというダイヤモンドを。
へへ、有名になっていくリルちゃんを想像したら少し寂しくなっちゃった。
そして遂に幕を開けたんだ。
伝説のスタイリストとして名を馳せた私が、全身全霊をかけてリルちゃんをアイドルの頂点にする物語が。