稽古。
いよう!久しぶりだな、ルシアだぜ!
見てくれよ、この上腕二頭筋を。完璧に仕上がってるだろう?
そしてこの腹筋。キレてるだろう? ヌー達には感謝しないとな!
なんとか街に戻ると師匠達がリゾート地に向かったと聞き、俺はすぐに追いかける事にした。
泳ぎは俺の得意分野。必ず追いついてやると息巻いて俺は出航した。
自然は俺たちに大いなる恵みを与えてくれるが、時としてその残酷さが牙を剥く。
様々な困難を乗り越え、師匠達に追いつくまでは良かったのだが、あの鯱には流石に焦った。
いきなり夕陽に輝く海の上に弾き飛ばされ、何が何だか分からなかったけど鯱ってば容赦ねえのな。
やべえよマジで。甲羅と皿が噛み砕かれる寸前だった。
真・河童流『川流れ』を駆使しなければ今頃あの鯱の晩ごはんになっていただろう。
俺の事スッポンだと勘違いしてたんじゃないか?
でも本当に助かったよ。イルカさんの助けがなかったら今頃俺は海の藻屑となっていたに違いない。それくらいに限界だった。
まさかカッコつけてバタフライで客船に飛び移ろうと思ったら足が攣るとはね。
本当にありがとね。イルカさん。
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「お前帰れ」
「ルシアさん、お銀さん寂しそうだったよ」
「河童さん! やるじゃん! あんなセクシーダイナマイトが婚約者だって!? ひゅーひゅー」
「何故お銀の事を!?」
「あんた渡鳥に攫われて故郷からいなくなったんでしょ。何でそんなに野生動物に襲われてんだ。美味そうに見えるのかね?」
「渡鳥、ヌーに鯱か。陸空海に置いて安全な場所はないんだね。もう地中でミミズと暮らすしかないんじゃないのかな」
「すごい。天敵だらけで安心して暮らせる場所がないなんて指名手配されているみたい」
「確かに渡鳥に攫われてた時は絶望した。しかし大空を羽ばたいている間、考える時間も十分にあった。河童界の大スターお銀と、観光客の客寄せパンダとじゃ釣り合いが取れないと」
パンダに謝れ。お前とパンダ一緒にされたら生き物全部同じに見えるわ。
「なので立派な河童になるまで里には帰らないと決めていたのです。八十年でいいんです。お供させて下さい!」
「いや、お前の寿命で物事測るなよ。私がそこまで生きてたとしても動けねぇよ」
(朱里ならスクワットとかしてそう)
(朱里ちゃんなら走れそう)
「師匠、頼みます!」
「分かったから、一回帰れよ。私なんか帰れる場所ないんだぞ」
(しゅ、朱里!)
(……朱里ちゃん)
「……分かりました、一度だけ里へ戻ります。そしてお銀とよく話し合ってみます」
「そうした方がいいよ。お銀さん、あんたの部屋そのままにしてたよ」
「……師匠。帰る前に一番だけお願いしてもいいでしょうか」
(こ、懲りないね。どうかしてるよ。河童さん)
(朱里ちゃんにこんな事言う人いるんだ)
「分かった、ビーチに来なよ」
河童の気持ち少しわかる、私も師匠にべったりだった。ひたすらに強さを求めていた。
だけど違うんだよ、河童。そうじゃないんだ。
「さあ着いたよ。どうする? 前回と同じ腕相撲?」
「自分が師匠の一撃を受けきってみせます! 本気でお願いします!」
(河童さん、死んだな。冗談抜きで)
(こんなに観光客がいるのに朱里ちゃん本気出したらやばいんじゃないの?)
「河童、成長してるのは自分だけじゃないよ。私がイメトレ二回と、試し打ち一回を重ねて更に鋭さをましたこの一撃。お前には止められない!」
「ばっちこーい!」
どーーーーん!!
びゅん!!
ザババババババ!!
「音すごっ! 花火が隣で上がったみたいな音したよ! ……あれ? 河童さんは?」
「あれ? あれれ? 海が割れてる」
「アンタのおかげで技をひとつ昇華出来たよ、ありがとう。お銀さんの事は大切にしてあげるんだよ」
「どこまで海割れたんだこれ? 河童さんが見えなくなる程遠くに吹っ飛ばすなんて。すげえ破壊力」
「完璧な技を入れたからね」
「朱里ちゃん、河童さんはどこ行ったの?」
「私って目がいいから結構遠くまで見えるんだ。でも肉眼では確認出来ないから相当な飛距離が出たね」
(死んだって事か。河童さん、さようなら)
(ま、まさか死んじゃったの!?)
「だけど、あいつ反応してた。直撃を防いで、尚且つ、私に一撃を入れようとしてた」
(なんだか朱里ちゃん嬉しそう)
(弟子の成長が嬉しいんだね)
生意気な河童め。次は確実に仕留めてやる!