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階段から転げ落ちたら。

 なに、なに?すっごい眩しいんだけど。


 ちょっと、やめてよ。眩しいってば!まさか取り調べ室の照明が直撃してるの?私なんか悪い事したっけ!?


 ……あ、あれ?すっごい青空だ。こりゃ眩しいはずだよ。太陽光直撃してるもん。ところで、私はなんでこんな草むらに倒れてるんだろう。


 ん?思い出せないぞ?


 んんっ!?なんだここは!?


 あんなに綺麗な花壇見た事ないし、でっけえ人参が生えてる畑もある。誰があんなでっかい人参食うんだよ!?

  

 わあ、見て見て!あの川もすっごい透き通ってる。近所の川と大違い!だってうちの近くの川はヘドロまみれでもっと臭いし、生物が棲息しているかどうか怪しいぐらい濁ってるもん。


 あの山の向こうなんて、あり得ないぐらい虹が沢山かかってる。なんて素敵なの、うっとりしちゃう。


 じゃなくて!見渡しても周りに建物も無いし、車も走ってない。何より人が見当たらない。


 ちょっと待って、落ち着きなさい朱里(しゅり)。確か部活終わりにゲームを買って。そうだ、家に帰る途中だったよね?


 はっ、思い出した。私、階段から落ちたんだ!


 ……え、死んだの?そんな事ってある?でもここって、まるで天国みたいな場所。待て、待て。ちゃんと思い出そう。


 えっと、楽しみにしてた『恋☆どす』をやっと手に入れて、歌いながら歩道橋の階段をウキウキで小踊りして降りていたら、それを見かけたカップルに笑われて。


 いや、あれは失笑か。まあ今はどっちでもいいか。それで恥ずかしくなって焦って階段を踏み外して。


 ……階段の下に転げ落ちてしまったんだ。


 なんて事だ。小さい時から落ち着きがないって言われてよく注意はされていたけれど、まさか階段から転げ落ちて命を落とすなんて。


 もう高校生よ?いい加減学びなさいよ。でもこの場合は落ち着きがないというか、浮かれてただけか。


 折角、両親が落ち着きのない私を「精神を鍛える為に」と道場に通わせてくれたのに、腕っぷしばかりが強くなってしまって、負け無し無敵の女子高生になってしまっただけだったか。


 これからだったのに!最後の大会が終われば甘酸っぱい恋が私を待っていたのに!やっと失った青春を取り戻すはずだったのに!……はずだったのに、イベントを全部すっ飛ばして天国に来てしまうなんて。


 ああ、神様。あんたって人は無慈悲がすぎるよ。


 いや待て、待て、待て。んな馬鹿な事あってたまるかい!


 まずは情報整理よ。買ったゲームも手に待ってるでしょ。それに天国に来ちゃったのに、階段から落ちてぶつけた足がまだ痛いなんてあるの?


 青春を放棄し身体を鍛え上げ、私は戦いの螺旋に身を置いてきたんだ。師匠だって、あれくらいで死ぬような生ぬるい鍛え方はしていない!はず、だよね?


 これは夢なの。そう、気絶をして夢の中にいるの。


 あ、ほらね。やっぱりそうだよ。あんなにバカでかい蝶々見たこと無いもん。だってあれ、ゴライアストリバネアゲハに比べてもかなり大きいよ?


 昨日の夜に観たテレビ番組【世界の巨大蝶々に逢いたくて。気づいたらニューギニアまで来てました】で観たからまず間違いない。


 近所にあんな巨大な蝶々が出現したらモンスターと勘違いされて大騒ぎだよ。とりあえずこれは夢なの!そうと分かれば早く目覚めなきゃいけない!


 私は早く『恋☆どす』をやりたいんだ!


 だけど目覚めたら歩道橋の下で気絶してるのか。私の事を見ていたカップルがドン引きしながら救助してくれてるのかな?どんな顔で気絶してるんだろう?うわあ、想像したら少し目覚めるのが怖くなってきた。


 嫌だなぁ、確実に目半開きだよ、それか見開いてるよ!明日まで気絶してようかな。……ん、明日?


 はっ!?だあああ!しまった!明日、部活の大会じゃん!こんな怪我しちゃったら辞退させられちゃうじゃん!高校生活最後の大会なのに、こんなんじゃ皆に迷惑かけちゃうよ。


 練習だって皆であんなに頑張ったのに!はあ、周りに迷惑をかけるのが一番辛いよ。なんか足の痛みも引かないし、ついてないなぁ。


 ……あれ?


 なんか、マジで痛いぞ?


 あだっ!


 いたいいたい。


 あだだだだだだだだだ!マジでいってえ!


 なんで角の生えてるでかい兎が私の足かじってんだよ!


 絶対に夢だ!ねえ、私?早く目覚めましょうね?寝てても良い事なんて無いのよ?


 がじがじがじがじがじがじがじがじ


「痛いって言ってんだろ、馬鹿ウサギ! スイカみたいにスネ食うな!」


 あ、やばい!思わず蹴飛ばしちゃった!……あれ?兎が消えて、コインに変わった?


『レベルが上がりました。スキルポイントを付与します。ご自由に振り分けて下さい』


 レベル?スキルポイント?


「わあ、すごいや! 一角兎を一撃で屠るなんて」


 うわ、びっくりした!急に話しかけてくるなよ!……って、なんだこいつ。


 びっくりするのも無理ないよ。だって言葉を発する球体の青い生物なんて今まで見た事ないもん。そしてこの妙に鮮やかな青色。き、気持ち悪り。


「あの兎にはとっても迷惑していたんだ。助かったよ。君は村長が討伐を依頼した冒険者なのかい?」


 なんだよ、気持ち悪いのが懐いてきちゃったよ。すっげえ流暢に喋るし。言葉は通じるみたいだけど、話してかけてようかな?まさかコイツまで噛みついてこないだろうな?


 その時はさっきのウサギみたいにコインへと変えてやればいいか。


「えっとね、申し訳ないんだけど冒険者ではないよ。それよりも君みたいな気持ちわる、じゃなくて不思議な物体が喋っている事に驚いてるんだけど」


「はい、はい。なるほどね」


 なるほどね、じゃねえよ。なんだコイツ。


「私の名前は朱里、君の名前は?」


「……」


 な、なんで喋らねえんだよ。怖いわ。……それにしてもコイツの表情が読めない。果たして伝わっているのだろうか?


「へえ、それは珍妙な名前だね。よろしくね、朱里。僕の名前は軟体ゲル状機動生物の識別名『青』のクリスだよ! うーん。それにしても珍妙な名前だね。生きて行くのが辛そうな名前だね」


 いきなり早口だよ。しかもこいつ生意気な名前してんな。あと人の名前を珍妙で生きていくのが辛そうって表現すんなよ。


 お前の方が姿形含めて、全てが珍妙だけどね。芳香剤みたいな匂い発しやがって、トイレに吊るしたろうか?


「それにしても冒険者ではないのにその異常な強さ、どうかしてるよ。そして、その奇天烈な名前。もしかして、君は転移者なのかい?」


 こいつの喋り方はとりあえず置いておいて、転移者?何言ってんだ?ゲームや漫画じゃあるまいし。うーん、浮かれて転けたらそこの草むらに倒れてた、なんて話をしたらこのスライムは信じてくれるのかな?


「その転移者?ってのはよく分からないけど、気付いたらここにいたんだよ。私も困ってるんだよね」


「ほう、ほう。何かお悩みのようだね。そうだ、まずはお礼をさせてくれないかい? 理由はどうあれ、僕達の村の危機を救ってくれたのは間違いないんだ」


「村? アンタの?」


「そう。それに、骨が剥き出しになっている足の怪我の治療も必要でしょ?」


 足の怪我か。ん?骨?


「ぎゃー! なんだこれ、すっげえ血出てる!」


「そこまで凄惨な傷にも気が付かない程に痛みに鈍感なんて驚きだよ。痛覚どうかしてるんじゃないかい? やっぱり君は転移者なんだね!」


 ……球体の癖に言葉には棘がある奴だな。でもここは。


「と、とりあえずお言葉に甘える事にしようかな?」


「それがいいよ! じゃあついてきてね!」


 こうして私はスライムの村に案内された。


 ただ、たどり着いた場所は村と表現するのは少し違う気がした。そこには葉っぱと木の枝で作った小さな小屋が点在していて、奥の方に一軒だけ人が住めるような小屋が建っていた。


 この光景を果たして村と言って差し支え無いのだろうか?


「おーい、村長! あの憎きウサ公を怒りに任せてぶっ蹴り殺した恐らくメスの転移者を連れて来たよ!」


 やっぱ口悪いなコイツ!恐らくじゃねぇよ!立派なメスだわ、じゃなくて女子だわ!変な紹介するから出てきたスライム達がザワザワしてんじゃん。ん?あの髭生えてるのが村長かな。


 ほらぁ、恐怖で震えてるじゃんよ。ゲル状だから余計にブルブルしてるじゃん。


「なんと、あの兎を退治していただけるとは! しかし、この村には金銭的なお礼をする余裕が無いのです。どうか私の命一つ捧げる事でお礼と返させて頂けないでしょうか?」


「重いよ、命いらないから。足の治療してくれるって言うからここに来たんだよね。兎に噛まれた傷が思ったよりも酷くてさ。ほら、見てよ」


「なんと! 肉が抉れ、骨が露出し、凄まじい程の出血! こんなにも凄惨なダメージを受けて顔色一つ変えずに歩行をしているだと!? こ、こんな人類が存在するなんて。ごくり」


 ごくり、じゃねえよ。口で言ってんじゃねえか。


「僕、治癒師さんに声をかけて来るね! ここの村の治癒師は凄腕だよ! あそこに見える大きい小屋の中に住んでるんだ」


 治癒師さん?スライムじゃないのかな?もしかして人間?だとしたら丁度いいかも。聞きたい事が沢山あるし。


「ありがとう、助かるよ」


 クリスが村の治癒師を呼びに行っている間、村長が胡坐を用意してくれた。私はそこに寝っ転がって、この不思議な状況を改めて考えてみた。


 夢にしてはリアルすぎるよね。目に映る光景も、この手に触れる地面の感触も、スライム達から発せられるトイレの芳香剤みたいな匂いだって。


 夢じゃなくて現実なの?そんな事あり得るの?だけどこの鼻につく芳香剤の香り。夢じゃなかったらトイレで気絶してる事は間違いが無いってくらい鼻につく。


「治癒師さんに声をかけて来たよ」


 あ、来たみたいだね。……え?ちょっと待って。やだっ!なに!?あの窓からこっちを見てる超イケメン。まさかあの人が治癒師だっていうの!?


 イケメンが掘立て小屋から見てる!あんな憂いを帯びた澄んだ瞳で見つめられたら私、どうにかなっちゃう!


 ちょっと待って。あんなボロ小屋でさえ、まるでキラキラの宝石箱のように見えてきた。あの王子様が今から私の足の治療を!?


 だ、だめよ朱里。あの人と私は患者と医者の関係。ただそれだけなのよ!そこには他に入り込む感情なんてないの。あっ、出てくる!キャー!なんて素敵な人なの。うっとりしちゃう。


 綺麗な碧眼で、風になびくサラサラの金髪。背もすごく高くて、筋肉質で……あん?


「……すっごい毛深いね」


「治癒師のケンタウルス、ケンタさんだよ。下半身の毛深さが自慢のナイスガイさ」


 ケンタウルス、ね。


「どうしたんだい」


さてと、ほっぺたでもつねってみようかな。


「おわぁ、ビックリした! 腕に血管浮き上がる程に頬っぺたをつねらない方がいいよ! 千切れて落ちてしまいそうだよ!」


 いってえ!これって夢じゃないの?まじで?


「ねえ、一つだけ聞いてもいいかな?」


「もちろん! どうしたんだい?」


「ここ、どこ?」

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