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9話 宣言/対峙

 一年前。

 鬱ノ宮夏姫は、友人である鷺森憂妃からストーカー被害を受けていると相談された。


 憂妃自身、最初はただの嫌がらせだと感じていたものの、次第にそれが悪意ではなく、尋常な好意による執念から行われているものだと確信していった。


 そんな最中、夏姫にネット上で親しくしている男がいると知った憂妃は、自身の体験とそれを結びつけてしまう。

 夏姫に対して執拗に迫る男―――それもまたストーカーであると決めつけたのである。


『もう、ナツキに近づかないで』


 憂妃は夏姫のスマホを隠れて操作し、SNS上の『リョウ』を名乗る男へ連絡を入れた。


 相手がどんな人物かなんて知らないが、憂妃にとって夏姫は大切な親友だった。

 そんな夏姫に近寄ろうとする男などろくでもない―――ストーカー行為に悩まされていた憂妃からすれば、そういった思考回路に至ってしまうのも無理はなかったのだろう。


 そして、その日の夜。

 憂妃を追い詰めていた()()()()()()()()によって引き起こされた事件。


 夏姫は憂妃を救出しようと動くも巻き込まれ、投与された薬物に加え、あまりにも衝撃的な出来事によるトラウマから記憶を喪失。


 憂妃は襲われ辱めを受けるも、精一杯の力で反撃し男達を追い払うことに成功。

 意識を失った夏姫を介抱し、自分もまた力尽きて倒れてしまうのであった。


  ◆◆◆


「―――と、まあ、俺が調べた一年前の事件についてはざっくりこんなところだ。ナツキは記憶喪失だから実感はないかもしれないけど、少しは思い当たるフシはあるんじゃないか?」


 リョウ―――九十九涼介が簡潔に話したその内容は、夏姫にとってすれば驚きを隠せない事実であった。

 本来であれば信じるに値しないかもしれないが、このタイミングでこれだけ辻褄の合う話を聞かされてしまっては、夏姫自身、納得する他ないだろう。


「……じゃあ、憂妃はやっぱり一年前のことを覚えてる?」


「だろうな。そうじゃないと、リョウだなんて偽名使ってわざわざネット上でナツキと接触なんてしないだろうし」


「えっ、リョウは本当に憂妃だったの……!?」


 夏姫は自分が一度疑ったこと、そして憂妃から語られた告白が真実であったことに驚愕し、目を丸くする。


 ネット上、顔も声もわからないSNSでメッセージによる間柄な以上は有り得る話ではあるものの、夏姫にとってリョウは共通の趣味などで話題の尽きない親しみを持てる相手だった。


 異性として意識したことがあったわけでもないが、男性だと思っていたそれが友人の女の子―――鷺森憂妃だったなんて。


 嫌悪でもなく、憎悪でもなく。

 夏姫の心に飛来した感情は、ただ単純に『困惑』のみだった。


 涼介はそんな彼女の反応を見て複雑な心境になりながらも、平然とした表情を取り繕って話を続ける。


「さっきも言ったけど、一年前にストーカー被害を受けていたのはその鷺森さんだ。俺はまさかナツキの友達だったなんて知らなかったし、こんな偶然があるのかよって驚いたけど……」


「その……みつみね、って人が憂妃のことをストーカーしていた……ううん、今もしてるってことなのよね?」


「ああ。一年間、俺は先輩に頼まれて鷺森さんに……その、ストーカー紛いなことをしてしまって。結果的に未遂だとは思いたいんだけど、そういう経緯もあって流石に他人事ではないんだ。先輩―――蜜峰楠弥がもし鷺森さんに近付こうとしているなら、今度こそ俺はそれを止めなくちゃいけない」


 あまりに真剣に語る涼介を見て、夏姫は直感的にそれが嘘や冗談の類ではないのだと理解した。


 夏姫は記憶がない以上、一年間になにがあったのか、その全容は思い出せない。


 だからこそ取り戻したいと思った。

 それは自分の為だけではなく、友人である憂妃を信用する為でもある。


 そして、今その友人―――鷺森憂妃に危機が迫ろうとしているのだとしたら、夏姫はいったいどうするべきなのか?


「僕、憂妃の家まで行くよ」


 その夏姫の言葉に、一切の迷いはなかった。


 それを聞いた涼介は心の底から安堵する。

 鬱ノ宮夏姫は、例え騙されていたとしても、大切な『友人』を助けたいと思える優しい人間なのだ、と。


「その言葉が聞きたかった。それじゃあ善は急げ、俺も一緒に―――」


「それは駄目。貴方の言葉は確かに信じたけれど、僕はまだ貴方自身を信用したわけじゃないもの」


「―――って、ええ!? いやまあ、そりゃそうか……?」


「だから≪マスター≫……ううん、九十九涼介さん。もし貴方が善良な人間だと言うならそれを証明して。貴方を信じていいのかどうか、僕がその責任を負うに値するのか、それを示してみせて」


 力強い言葉、まっすぐな視線。

 それらを受けた涼介は、一瞬だけ戸惑うような素振りをみせたが、すぐに頭を振って夏姫へと向き合う。


「俺はこの一年間、ずっとナツキのことばっかり考えて生きてた。連絡が取れなくなって、しばらくは落ち込んで……でもやっぱり何かがおかしいって気付いて、本物の≪マスター≫に手を貸して貰って……そうして、ようやくこうしてナツキと出会えることができた」


 噛みしめるように。

 これまでの過去を脳裏に過ぎらせながら、それらに背を向けて。


 ―――九十九涼介は、宣言する。 


「俺は、ナツキの力になりたいんだ」


 見つめ返す純粋な瞳。

 唐突な、けれど深く積み重なった想いの告白。


 夏姫はそれを聞いて、呆然としたあと、


「……ぷっ、あはは」


「な、なんで笑うんだよ! 俺は真剣なんだけど!?」


「いや、だって。一度も会ったことがないのに……く、ふふっ」


「悪かったなぁ! こっちはボッチだし友達なんていなかったから、大切だと思える相手なんて全然いなくて……そんなの、ナツキだけだったんだよ!」


 顔を真っ赤にして言い訳をする涼介を尻目に、夏姫はひとしきり腹を抱えて笑ってから、


「……一年、かあ。短いようで、とても長かったでしょう?」


「えっ?」


「僕は記憶がないから、本当のリョウのことなんてわからない。ずっと接していたのが実は憂妃だったなんて本当にショックだし……でも、貴方の言葉には偽りなんてないって、なんとなくだけど、そう感じた」


「ナツキ……?」


 夏姫は一歩踏み出して、涼介の手を取った。


「信じるよ。一緒に憂妃を助けて欲しい」


  ◇◇◇


 私は目の前でニヤついている男―――蜜峰楠弥へと視線を向けつつ、後ろ手に隠し持っている包丁へと意識を集中させていた。


 正直言ってコイツは弱々しい。

 刺し殺すだけならすぐにでもできる。

 だが、まだコイツからは聞き出さなければいけない情報があるのだ。


「ところで蜜峰さん、リョウって名前に心当たりは?」


「……は? どうしていきなり他の男の名前が出てくるの?」


「一年前。私と夏姫が貴方の連れてきた男に襲われて、その時はそいつがストーカーで、貴方はただの付き添いなんだと思ってた。でも実際はそうじゃなかった。それと同時期、夏姫にも付き纏っている男がいたの。それがリョウ。ねえ、それって貴方の仲間だったりしない?」


 まくし立てるような私の質問に怪訝そうな表情を見せていた蜜峰だったが、ふと何か思い立ったかのように、


「……ああ、もしかして九十九君のこと?」


「つくもくん?」


「九十九涼介。僕が昔働いてたバイト先の後輩なんだけど、そういえば当時、彼にも何か手伝って貰ったことがあったような……」


 つくも、りょうすけ。

 どこかで聞いたことのあるような名前だった。

 どこでだったかは思い出せないが、リョウが本当にその九十九涼介だったのだとしたら、やはり夏姫にもストーカーがいたことになる。


 夏姫が巻き込まれたのは私の責任だけれど、もしかするとそれだけではなかったのかもしれない―――なんて、自分本意な都合のいい考えが脳裏に浮かぶ。


「その人と連絡は取れる?」


「その頃にめちゃくちゃ連絡してきてて、鬱陶しいものだからつい消しちゃったよ。……ていうか、なんでそんなことをするの?」


 私は思わず心のなかで舌打ちをする。

 あまりにも使えない―――狂人のストーカーなんて生きている価値すらないというのに、こんなことですら役に立てないだなんて。


 けれど、それでも情報は得られた。

 その九十九涼介という男が本当にリョウ本人であるかはわからないが、確かめる必要はあるだろう。


「……ふう。もう、いっか」


「え?」


 心の底からしたくもない会話だったが、そのおかげで緊張は緩まった。

 手の震えも収まったし、呼吸も平常。

 あとは目の前にいるこの用済みを始末するだけだ。


「ねえ蜜峰さん。貴方、自分がストーカーだってこと、自覚しています?」


「は? 僕が、なんだって?」


「一年前の事件、貴方がしたことを考えれば、今のこの状況は間違いなく私が被害者。つまり、これは紛うことなき()()()()、ってことになるんですよ」


 私は数歩踏み出し、そのまま蜜峰の痩せ細った身体に重心を寄せて―――


「……、へ?」


 隠し持っていた包丁を、そのまま蜜峰の腹部へと思いきり突き刺した。


 ……その、つもりだったのに。


「は、はは。びっくりした。まさかいきなり刺されるなんて。でもよかったよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「な、に……?」


 全身に力が入らない。

 包丁は確かに蜜峰の腹部を貫こうとしていたが、それもかなり浅い位置で留まっている。

 よく見ると、止まっていたと思っていた私の手の震えは続いていた。


 おかしくなっていたのは、私の神経そのものだったのだ。


「もちろん一年前のことは僕のミスだ。あんなゴミに任せてしまったのが悪かった。だから逃げて隠れるしかできなかった。君もその友達も僕のことは通報しなかったから、助かったんだと思ってた。でも現実はそんなに甘くない。だから―――」


 蜜峰楠弥は、にたりと狂った笑みを浮かべて、


「これから二人で幸せに暮らしていく為に、()()()()()()()()()()()()()()()

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