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8話 後悔/真相

  ◆◆◆


 鷺森憂妃との話し合いから一日後。

 鬱ノ宮夏姫は≪マスター≫へ再びメールを送ることにした。


 もしも本当に憂妃が≪マスター≫でないとしたら、その人物とはいったい何者なのか?


 夏姫の中で出した結論が間違っていて、憂妃の言うことが()()()()()()のだとすれば。


 ヒステリックになって怒鳴りつけ、友人を置き去りにして帰った自分。

 今にして思えば、憂妃が嘘を言っているようには思えなかった。というより、そこまでして隠す理由がない、というのが正しい。


 それでも≪マスター≫である可能性が高いのは憂妃に変わりはない。

 夏姫はもはや縋るような気持ちでメールの文章を打ち込んでいた。


 もう何も疑いたくない、蘇らない記憶を求めることにも疲れてしまった。

 今の夏姫にあるものは、ただ一刻も早く≪マスター≫とやらの正体を暴き出して、これまでと変わらない平穏な日常を取り戻したいという切実な想いだけ。


『今日の正午、駅前の公園で待っています。そこですべてを話して下さい。お願いします』


 どこまでも一方的な要求。

 しかし、夏姫には相手に譲歩するだけの余裕などなかった。


  ◆◆◆


 そうして、指定の時刻。

 夏姫は文面通りに駅前の公園へとやってきていた。


 相手からの返信は未だにない。

 そもそも≪マスター≫が善良な人間であるとも限らない。

 危険なことに変わりはないけれど、それでも行動せずにはいられなかった。


 周囲を見回す。

 様々な人達が集まるこの公園なら下手なことはできない。万が一のことがあっても誰かがすぐに通報してくれるはず―――なんて、甘い考えで夏姫は怯えながらも≪マスター≫の来訪を待ち続けていた。


「あの。ナツキさん、ですか?」


 ふと、夏姫の背後から声がする。

 夏姫はぴくりと身体を震わせたあと、恐る恐る振り返って、


「俺が≪マスター≫です」


 そこにいたのは、なんとも冴えない青年だった。年の頃は夏姫と大して変わらない印象で、夏姫はその人物を見るや怪訝そうな表情で口を開く。


「あなたが≪マスター≫? ……本当に?」


「本当……と言っても、≪マスター≫って肩書きは借り物なんだけどな。ちょっとした人に協力してもらって、その人にそう名乗るように指示されただけっていうか」


「よくわからないけど……どうして、僕にあんなメールを送ってきたの?」


「僕、か……うん。やっぱりナツキ本人なんだな」


 青年は何やら納得したようにうんうんと頷く。


「それなら俺も猫を被る必要はない。ちょっと長くなるけど、話を聞いてくれるか?」


「いいけど……というか、その為に呼んだんだし」


「ああ、うん。ええと、まずは自己紹介からだな」


 青年は鼻の頭をカリカリと掻きながら、気恥ずかしそうに名乗りを上げる。


「俺は九十九涼介(つくもりょうすけ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


  ◇◇◇


 半年前のことだった。

 私―――鷺森憂妃はSNSで『ナツキ』を見つけ、『リョウ』という名前を使い、すべてを偽って近付こうとした。


 何故リョウなのか?

 それは一年前、鬱ノ宮夏姫に近付こうとしていた人物が『リョウ』という名前だったから。

 私は夏姫のスマホからデータを引き抜いて本体を破壊し、その人物との関わりをすべて断ったつもりでいた。


 夏姫自身は事件のショックによって記憶を断片的に喪ってしまったため、リョウという人物のことも忘れているだろうと信じたかったけれど、万が一のこともある。

 最初はリョウのことを覚えているかの確認と、覚えていたとしたら今度こそその関係を確実に潰してやろうという考えで『リョウ』を名乗って近付いた。


 結果としてナツキはリョウを覚えていなかった。

 けれど、私自身が話しているうちにこの関係性を失いたくないと思ってしまったのだ。


 一年前のナツキとリョウの関係はある程度メッセージを盗み見したことがあるので知っていたし、何より当時のことを夏姫が覚えていない以上、私がリョウに成りすますのは簡単だった。


 そうして半年間、私は偽り続けた。

 性別も、一人称も、口調も、何もかも。


 一年前の事件に夏姫を巻き込んでからずっと会う勇気の持てなかった私にとって、それは至福のひとときだったのだ。


 けれど、その時は終わりを告げた。

 唐突に家へやってきた夏姫に告げられたのは、『リョウ』という存在を知っているかという質問、それがストーカーかもしれないという疑問。


 私はバレてしまったのかと焦ったが、どうやらそういうことではないらしい。

 後で知ったが、すべては≪マスター≫とやらが吹き込んだことであり、夏姫自身は半信半疑だったのだろう。

 そして、夏姫は()()()()()()()()()()()()()と疑った、というわけだ。


 実際は私がリョウであり、≪マスター≫とやらはリョウが本物ではないと確信しているようだった。

 つまり、事の発端は≪マスター≫にある、と言っていい。すべての元凶、とも言える。


 私の中で、点と点が線で繋がった。

 ≪マスター≫を名乗る人物、それは間違いない。


 一年前。

 ナツキにSNSでしつこく迫っていた男。

 私が名前を使ったもの。


 ≪マスター≫の正体は、本物の『リョウ』なのだろう、と。


  ◆◆◆


 九十九涼介は語る。

 一年前に何があったのか、そしてなぜ自分が≪マスター≫を名乗ってメールを送ったのかを。


「―――ってなわけでさ。俺はこれまでずっと、一年前の失態を取り戻したくて動いてたんだ」


「失態って……でも、話を聞く限りじゃあなたは別に何も悪くないと思うけど……」


「うん。実際にストーカーしてたやつは別だし、事件を起こしたやつも別だ。でも、俺がうまくやっていればそれを止められたかもしれない。それが悔しかったんだ」


 夏姫は涼介の言葉を聞いて、それが嘘ではないのだろうと直感的に感じ取っていた。


 一年前の事故―――いや、それは夏姫自身がそう思い、周りにそう思わされていただけで、実際はストーカーとそのグループ達による拉致監禁に近い事件だった。


 そして、その場には憂妃もいた。

 何よりストーカー被害を受けていたのは夏姫ではなく憂妃であったこと、夏姫はただ巻き込まれただけであることを知って、驚きよりも妙な納得感を得る夏姫であった。


「でも、どうして今更? 一年前のことだし、終わったことじゃないの?」


 そんな夏姫の疑問に、涼介は渋い顔をして、


「いや……俺も終わったと思ってたけど、俺じゃない本当の≪マスター≫に調べてもらっているうちに、ひとつの事実が発覚したんだ」


「事実、って?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。捕まったのは負傷していた一人の男だけで、本当の首謀者はそいつなんかじゃなかったんだよ」


 そんな衝撃の発言に、夏姫は思わず目を見開く。


「本当の……首謀者……?」


「その人、俺にも関わりのある人なんだ。バイト先の先輩で……まあ、歳は同じなんだけどさ。学部は違えど大学も一緒だった。俺はボッチだったから友達ってわけでもないんだけど」


「その人って……?」


 夏姫が間髪入れずに問いかけると、涼介はすうっと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出して、


「―――蜜峰楠弥。あの人は、まだ捕まっていないんだ」

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