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6話 拒絶/告白

  ◆◆◆


 鷺森憂妃は根っからの男嫌いである。

 それは自他共に認める性質であり、一年前の記憶を失っている夏姫自身でさえもそれ以前から認知している事柄であった。


 しかし、そんな夏姫でも知らないことがある。

 自分が憂妃にとってどれだけ大きな存在であるか、そんな彼女が疑っているものとは何なのか。


 そして何より、なぜリョウのことを知っているのか―――


「ねえ憂妃、あなたが≪マスター≫なんでしょう?」


 謎のメール、その送り主である相手。

 夏姫はそれが憂妃の仕業なのではないか、と疑った。

 大事な友人であることに代わりはないけれど、それでもこの結論が一番辻褄が合うのは間違いない、と思い至り、ついには直接問い質すこととなったのだ。


「……ますたあ? って、えっと……なに?」


 しかし、憂妃はまるで覚えがないと言わんばかりにあっけらかんとした表情を浮かべながらとぼけてみせる。


「だって、あなたがリョウのことを知っている理由がそれしか思い浮かばない。リョウと仲良くしていることがそんなにイヤ?」


「えっ……いやいや、そうじゃなくて―――」


「お願いだからもうやめてよ! 僕とリョウはただの友達なの! ストーカーかもしれない、なんて本当は思いたくなかった。憂妃が変なメールを送ってこなければ平穏に過ごせてたのに!」


 夏姫のヒステリックな叫びにも近い声色に圧倒されたのか、憂妃は口元をひきつらせながら困りきった表情で固まってしまう。


「何が≪マスター≫だよ……憂妃が男の人を嫌いなことは知ってるけど、これは流石にふざけてるにもほどがある……!」


 しまいには涙目になりながら、嗚咽混じりにたどたどしく言葉を紡ぐ夏姫。

 そんな状況で、憂妃は怪訝そうな目を向けながら口を開く。


「その、ますたあ? ってヤツが、なっちゃんに何か吹き込んだ……ってことだよね?」


「それは……ねえ、憂妃。もういい加減に―――」


 夏姫が我慢の限界だと言わんばかりに声を荒らげようとして。


「うん、わかった。白状するよ」


 憂妃は悟ったような顔つきで決意を顕にしてから。


「―――ごめんね、なっちゃん。ううん、ナツキ。本当はさ、()()()()()()()()


 なんのおふざけもなく。

 ただ淡々と、それが真実なのだと嘯くように。


 鷺森憂妃は、懺悔するように告白した。


  ◇◇◇


 今回の話し合いで、私はひとつの事実を知った。

 そして、これまで不明瞭だった謎のひとつが解き明かされたのだ。


 ナツキとリョウ、そして≪マスター≫。

 パズルのピースは揃った。あとはそれらを拾い集めて完成させるだけ。


 だって、ずっとずっと不思議で仕方なかった。

 あれだけ仲良くしておいて、唐突に『ストーカー』だ、なんて言い出すのだ。いくらなんでも突拍子がなさすぎるというものだろう。


 すべての原因、諸悪の根源は私でも彼女でもない。

 そう、あのメールの送り主―――≪マスター≫こそが、ありもしない虚言を吐いて私達の仲を引き裂こうとしている。


 で、その正体は誰かって?

 当たり前だが、それは鬱ノ宮夏姫でも鷺森憂妃でもない。

 しかし、その存在は『リョウ』のことを知っているという。


 挙句の果てに『リョウ』が架空の存在だとまで宣っているらしいのだから相当だ。いくらなんでも虚言や妄想だけでそんな発言ができるとも思えない。


 ならば、もはや一人しかいないだろう。

 ≪マスター≫の正体は、間違いなく()()()だ。


 一年前から私達のことを影から監視し、あわよくば近付こうとまでしていた()()()()()()()()()()()()


 私が見つけ出して決着をつけるべき、最後のひとり。

 それが向こうから動き、今もなお暗躍しようとしていたのだとすれば。


(ようやく終わるんだ……一年前のあの日から続く、私の贖罪が……)


 そちらがその気なら、待ってなんていられない。

 大切な親友に危害を加えられるより先に、私がこちらから打って出てやる。


  ◆◆◆


 自宅の部屋に戻り、ベッドに仰向けに倒れた夏姫は、憂妃との話し合いを思い返しながら深く溜め息を吐いた。


 彼女自身、絶対に≪マスター≫=憂妃だ、なんて信じ込んでいたわけではない。

 推測の結論として導き出した答えがそうであっただけであり、本当は違ったほうが良かったに決まっているだろう。


 けれど―――


『本当は私がリョウなんだ。これまでずっと騙しててごめん。どうしてリョウかって言うと、少し説明がしにくいんだけど……』


『なに、言ってるの……? リョウが……憂妃? そんなわけないでしょ? ねえ、どうしてそんな嘘つくの!?』


 夏姫は憂妃の言葉を信じられなかった。

 というよりも、誰だってそれが嘘であると思うだろう。いくらなんでも無理やりがすぎるというものだ。


『違うんだよ、聞いてなっちゃん。なっちゃんは騙されて―――』


『ッ……もういい! 憂妃がその気ならもう知らない!』


 ガタン、とカフェの椅子を跳ね除ける勢いで立ち上がり、夏姫はたまらずその場から立ち去った。


『なっちゃん……私は……』


 その場に取り残された憂妃は、呼び止めるわけでもなく、ただ申し訳なさそうにその背中を見送って。


『……リョウはもういない。いちゃいけないんだよ』


 ただ一言、まるで自分に言い聞かせるかのように、そう呟いたのであった。


 しかし、それは夏姫には届かない。

 故に夏姫は憂妃の真意を未だに理解できていないまま、ただ悲しみに明け暮れるしかできなかった。


(記憶さえ取り戻せば……一年前、憂妃と何に巻き込まれたのか……それさえ思い出せたら……)


 夏姫の記憶障害は一年の治療期間をもってしても改善に向かう兆しは見えないままだった。

 それでもいい、と思えるようになったのは、夏姫にとって『リョウ』の存在があったからだ。


 それを否定され、弄ばれて、記憶を取り戻したいと願うようになって。


(どうしたらいいか、わからないよ……)


 鬱ノ宮夏姫は、涙を潤ませながら目を閉じる。

 

 これからどうするべきか。

 その『答え』がわからないまま、縋るものすらない状況で――― 


『一件のメッセージが届いています』


 スマホの通知に気付き、画面を開く。


(……、え?)


 そこにあるのは、リョウから送られてきた短い一言。


『今日はごめん』


 それが何を意味するのか、放心状態の夏姫にはしばらくの間、理解することはできなかったけれど。


 ―――それを最後に。

 リョウからメッセージが届くことはなくなった。

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