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5話 忘却/追憶

  ◆◆◆


 謎の人物とのメールのやり取りを終えた夏姫は、椅子から重い腰を上げ、ベッドの上に仰向けになって倒れた後、深い溜息を吐きながら天井を仰いだ。


『あなたが今SNSで接しているリョウという人物は架空の存在です』


 “架空”とは事実とは異なるもの、つまり()()()()()()ということだ。

 ネットでの関係性、お互いの顔も声も知らないSNSのメッセージだけの間柄―――そういうものを揶揄して言っているのであれば、夏姫からするとそれには真っ先に苛立ちを覚えてしまう。


 何せ、そんなことを宣うメールの相手こそ得体の知れない存在なのだ。自分のことを棚に上げてよくもそんなことを言えたものだな、というのが夏姫自身の率直な感想であった。


(……ああ、でも。そういえば)


 ふと夏姫はメールのやり取り、その終盤を思い出す。

 正体不明、目的もわからない謎の相手に対して彼女が放った言葉に対する返答―――


『わけがわかりません。あなたはいったい何者で、何がしたいんですか?』


『詳しくはまだお話できません。ただ言えるのは、私はあくまであなたの味方である、ということです。何者か、は……そうですね―――』


 その返信内容を見て、夏姫は呆れ返ってしまった。


『私のことは≪マスター≫とお呼び下さい』


 わけがわからない、こっちは真面目に話しているのに―――と、憤り、頭に血がのぼってしまった夏姫は、それ以降メールの返信を送ることはしなかった。


(そうだ……リョウからの返信、来てるかな……)


 先日、会う約束をした日から少しだけぎこちなくなってしまった友人との会話。

 好きなアニメの話をして、たわいもない日常の愚痴を言い合って、そんな相手が架空の存在だなんてふざけるにもほどがある、と夏姫は思う。


 夏姫自身、本当は疑いたくなんてなかった。

 ストーカーだ、なんて本心から出た言葉ではない。会えるものならちゃんと会ってみたかったし、リョウが実在しているのだと、善良な相手なのだと確信を持ちたかった。


 メールの相手、≪マスター≫なる人物に腹が立っていることよりも、騙すような真似をしてしまった自分自身に夏姫は何よりも嫌悪していたのだった。


 あくまでリョウはナツキにとって友達であり、数少ない気のおける相手だ。その関係性を壊したくはないし、できることならこれからも仲良くしていきたいと思っている。


 だからこそ、確かめなければならない。

 リョウ、鷺森憂妃、≪マスター≫、そして記憶を喪っている自分自身―――何かが起ころうとしている予感、その全てを。


『そういえば【オルラバ】の再放送やってたよね。僕はあんまり覚えてないから新鮮な気持ちで見れたんだけど、リョウは見た?』


 リョウへのメッセージを打ち終えた夏姫は、もうひとりの友人の連絡先を開き、短い一文を打ち込んで送信した。


『憂妃、明日ちょっと時間ある?』


 ―――鬱ノ宮夏姫は立ち上がる。

 己を取り巻く者達の謎、それらを明かすために。


  ◇◇◇


 自分が傷つくのは良い。

 ただ許容できないのは、自分にとって大切な人が傷つき、苦しむことだ。


 それをわかっていなかったから、私は一年前に過ちを犯してしまったんだ。


『あ……ああ、やめて、やめて……!』


 私が■されているのを眺めるしかできない親友。

 泣き叫び、嗚咽し、気が狂い、ついには意識を失っていた。


『あーあ、トんじまったよ。おいミッツー、オマエがパクってきたあの薬、そんなにヤバいやつだったんか?』


『し、知らないよ。ぼ、僕……こんなことになるなんて……』


『ふうん。お利口さんな妹とは違って、テメェはどこまでいってもグズだもんなあ?』


 男達が言い争っているけれど、そんなの私にはどうだっていい。

 気になるのは親友の容態だけ。私とは違って穢れのひとつもない、清純そのものの彼女。


『お願い……もう、やめて……』


 羽をもがれ地に落ちた蝶のように、今の私は醜く、この場にいる誰よりも非力で、人間として―――いや、女として落ちぶれてしまっていた。


 できることなら舌を噛み切って自決したい。

 でも、まだ私にはやらなければならないことがある。


『さてと、次は何をし―――、―――……あ?』


 手のひらに握りしめたガラス片。

 流れ出る血が()()()()と滴り落ちる。


『お、おい。なにをし、て……ぎぃぃぃ!?』


 ぐりぐり、ずぷずぷ、ぐちょぐちょ、と。

 悲鳴が聴こえようが力は抜かない。だって目の前にいるコイツは人間なんかじゃない、悪魔なのだから。


『ひ、ひぃぃぃい!』


 もうひとり、ひ弱そうな男が逃げ出す。

 あいつもこいつも同罪だ。絶対に許さない。逃さない。


 悪いのは私だ。

 巻き込んだのは私だ。

 だから、責任を、取らないと。


『……、臭い』


 傷口から赤い液体が吹き出して、私の上で馬乗りになっていた金髪の男が白目を剥いて気絶する。

 この程度で死ぬとは思わないし、殺すつもりはない。


『っ……は、あ……はあ……!』


 覆いかぶさってきた男の身体を精一杯の力で退け、地面に転がしたあと、私は倒れている親友の身体を抱きかかえる。

 最後の力を振り絞り、隣の部屋まで運んで、比較的キレイな敷布団の上に寝かせておく。


『もう、大丈夫……ごめんね……』


 意識が朦朧としてくるが、構わない。

 もはや何も考えられないけれど、それでもまだ私にはやるべきことがあるのだ。


 元いた場所に戻り、地面に落ちていたスマホを手に取る。


 点灯している光。

 画面を開くと、そこには今しがたに届いていたひとつの通知があった。


 それはひとつのメッセージ。

 送り主の名前を見て、私は即座にスマホからSIMカードを取り出してポケットにしまい、そのまま本体を壁に投げつけて破壊する。


 これでストーカーとの関わりは断った。

 私もあの子も、これ以上苦しまずに済むはずなのだ。


(あとは……)


 今ここでやるべきことはやった。

 これから私達はきっと離れ離れになってしまうけれど、それでも彼女が元気でいてくれたらそれでいい。


 巻き込んだ責任を果たす。

 そこで倒れている男だけではなく、もうひとりの()()()を見つけ出して、必ず報復してみせる。


 ―――私が、彼女を守るんだ。


  ◇◇◇


 ふと目が覚める。

 嫌な夢を見ていた気がするけれど、それを思い返す前にスマホの通知音へと意識がそれた。


 メッセージが一件と、着信が一件。

 前者は親友からのもので、後者は―――


(なに、この番号……?)


 まったく知らない携帯番号。

 本来なら無視するところだけれど、今は状況が状況なので気になってしまう。


 親友からのメッセージは『次にいつ会うか』という内容で、私的には土日のどちらかにしたいとは思っている。


 正直、そろそろ隠し通すのも限界だ。

 頃合いを見て『リョウ』についての話を切り出そうとは考えていたけれど、この感じだと向こうから話を持ちかけてくる可能性が高い。


 私としても、何故『リョウ』に対してストーカー疑惑を持ったのか、その経緯を知る必要がある。


 できることなら忘れたまま、過去のトラウマなんて二度と蘇らせたくはないけれど、もし記憶が戻ってしまったら―――


(それだけは、嫌だ……)


 そうなる前に決着をつける。

 ()()()の行方を突き止めて、二度と私達と関わりを持てないようにしてやるんだ。

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