フォーカイドのとある村で 04
泥と砂利、悪路をかき分けて武骨な外観の大型車両らが駆け抜ける。
小雨の朝だ。煙草を片手に、無精ひげを蓄えた中年が言う。
「行き成り"超常体"が確認されただとか言うが、通報者は誰なんだよ」
気だるげに頭をボリボリと搔く中年に、眼鏡をした知的な雰囲気をする女が答えた。
「地域住民だと。まあ、上層部とつながりのある関係者か何かだろう。キナ臭くてしかたない」
「……そんなところか。で、どこに向かってんだ?」
「孤児院だと」
程なくして、武装車両が到着し黒の外套を纏った機動部隊が湿気た地面に足をつける。巨大な銃身をしたフルオートのライフルを携えた者や、それを補佐するように紋章の刻まれたナイフを固く握る者が隊列を組む。
視線の先には、黒くボロボロになった木造建築だった物があった。炭ですすけて黒くなり、一部には炎が残っていて陽炎が揺らめいている。
「……目標確認できました。どうしますか?」
「撃つな。衝撃や痛覚が空間伝播するケースがあった。様子を伺え」
無精ひげの男の視線の先には、全身が黒く煤けた少年が座って居る。声をだそうとしているのか、嘔気が収まらないのか、何かを吐こうと喉を動かしている。
そして、少年の腕の中には少女が居た。昏睡状態なのか、少年に揺さぶられるも彼女は目を覚まそうとはしていない。
「どういう状況だ?」
無精ひげの壮年がそうぼやくと同時に、一つの影が飛び出した。
「先手必勝ォォ!!」
大型の機械剣を携えた影が飛び出す。桃色の髪色をした男は、手に持った得物を少年の頸部目掛けて振り下ろし、対象を切断した。
「しょこォォ!! まだ命令をしていない!」
「うっせー! ジジイ! それにまだ終わってねーぞ!」
首から下のみとなった少年が地面に伏し、飛んだ首。少女と、地面に突き刺さる機械剣。
桃色の髪の男、しょこ=らんたんは素早い身のこなしで少女と持ち前の機械剣を回収し、その身を退いた。
少女を抱きかかえたしょこが隊列の中心に戻ると、黒の外套の部隊員は身を退く。
「そいつが超常体かも知れんだろ!」
「何を考えてやがる!」
罵声が飛び交う中、猛獣のような眼光をしたしょこが顎を使って少年の方を指す。
分担された頭部と身体。それらが無数に伸びた影の紐の様なもので結び付き、まるで操り人形のように不自然にガクガクとした姿勢で直立していた。
「ちげーよ。俺の眼はごまかせない。それに……来るぞッ!」
部隊員の半数以上に、影の直線が突き刺さり血しぶきを巻き上げていた。凍り付く一瞬。
影の直線の中心点は黒く煤けた少年の方だ。
「射撃部隊!!」
無精ひげがそう大声を上げると、耳をつんざくような轟音を上げてライフルの射撃音が連鎖した。
少年の方へと弾丸が向かい、それらが対象を貫くも傷口から影の紐が飛び出して一帯を薙いで、伸びて、黒の部隊を切断し串刺しにしていく。
「なんて制圧力だ!」
「俺が行くッ!」
飛び出したのは桃色の髪をした青年。持ち前の機械剣パーツを分解し、中から鉈サイズのやや大きめナイフを握って駆け出した。
襲い掛かる影の紐。それを間一髪で回避し、致命傷にならない一撃はあえて避けず最短距離で突き抜けた。
「よォ……カノジョちゃんを奪われて怒ってんのか?」
両手に深く握りしめたナイフ。その刀身は少年の胴部に突き刺さっていた。滴り落ちる黒い液体。それに深くナイフを沈み込ませ、下方向へと力を入れる。
「どうなんだよォ!!」
「リエ……リエ……」
ばらばらになった肉体を連結させるかの様に、影の紐に力がこもる。人型となった少年は焦点の合わない目をしたまま拳を胸の前に掲げた。
近接白兵戦だ。しょこの鍛え抜かれた肉体から繰り出される鋭い打撃と、無駄のない足運び。対して少年は人智を越えた殴打を繰り出し、時には体をバラバラの非定型にしてしょこからの一撃をいなす行動をとっている。
「私が行く!!」
黒外套の青年と、影の紐でつなぎ留められたバラバラ少年。そこへ知的な眼鏡の女が飛び出し中空で指を振り下ろした。
「潰れろォ!!」
力の塊が上空から直下する。濃度の違う水分が混ざり合ったかのような歪みが、空中で渦巻いて地へと叩きつけられ、地上に亀裂を入れながら少年をぺしゃんこにした。
間一髪のところでその力の衝撃を回避したしょこ。それを見下ろして眼鏡の女が口を開いた。
「お前のことは報告しておく」
「甘く見てよ~チセちゃ~ん」
「うるさい黙れ」
ガッっと、地面から腕が飛び出す。
生存した部隊員はそちらに目線を配ると、ぐしゃぐしゃになった頭部をした少年が、脳漿を滴らせながら地中か這い出て、昏い眼光で周囲を見渡していた。
身も気もよだつ殺意──いやそれよりも、動く物を鎮圧するためにはどうするべきか、というような本能、機械や昆虫の様な即物的な気配が視線には籠っていた。
「退くぞ! 指示は生存者の確認と回収。早く車両を出せ!!」
無精ひげの壮年がそう言いながら一帯に呼びかける。残り少ない生存者では、運転できる武装車両は二つ。それらに黒外套の者が乗り込み、しょこも付近で横になっている少女を抱えて飛び出した。
「隊長は!?」
「お前らが逃げられるための時間稼ぎってやつだ。この化け物と、一発やり合ってくる」
「かっこつけやがって。かえって来いよ」
「ああ」
外套の内側からメリケンサックを取り出してキツく拳をしめる無精ひげの男。そこに正対するのは、少年。尋常ならざる再生能力なのか、その身体は既に継ぎ目なく癒合している。次の戦闘に備えてか、その体躯は青年期の男性の物とも言えるほど美しい筋肉の付き方をしていた。全身には入れ墨の様な碑文──背部からは影の紐が翼の様に突き出して曇天を覆っていた。
「こりゃぁ……見事なことで」
壮年は、その少年に神々しささえ感じながら強く地を蹴って飛び込んだ。暗く揺らぐ瞳をした少年の方へと。
程なくして、超常体の調査・鎮圧を目的とした組織『OWS』へと、一つの報告が入る。行方不明者0人。死亡者45名。部隊長、石井=チャンの絶命の確認。
この日、観測された超常体は"黒触手の超常体"と呼ばれることとなる。