フォーカイドのとある村で 02
「今日はお前がごはん当番だろ? もってけよ」
「うるさいなぁ」
夕食を医務室へと運ぶ係りに任命されたのは御山野チョウエツ。茶化したような声を背に、耳を赤くしながら食堂
を出て歩を進める。
医務室の前に着いた時には、その木の扉が勢いよく開いた。
「わぁっ」
飛び出したのは背の高い青年。夕食を乗せたトレイからスープが跳ねた。
「あ、ああ。すまないチョウエツ。それよりも診療の先生を呼んでくる! お前はリエのことをみてやってくれ! 他にもおじさん呼んで来るから」
「う、うん」
戸惑いと、変な使命感を抱いたチョウエツは震えた手でトレイから食事をこぼさないように部屋へと入る。
孤児院の用務員の一人、壮年の女性がリエにマスクを当てている。風船のようなものをシュポシュポとゆっくりと揉んで、空気をマスクへと伝わせている。
こんな自分には何ができるんだ、とチョウエツは思いながらも早くなんとかなってほしいと、強い祈りを込めて少女の手を握った。
「……! ……ッ!」
適切な言葉が出てこなかった。がんばれ、と言うのも当事者じゃないのにとも思えるし、大丈夫ともまだわからない。チョウエツは、ただただこの異常事態が過ぎることを祈るしかなかった。
「退きたまえ、今から診察をする」
腹の出た白衣の初老男性が大股で部屋へと踏み込んだ。
いけ好かない顔をした男で、チョウエツは苦手だったがここでも祈るしかできない自分に歯がゆさを感じていた。
「先生と、ちょっと離れよう」
肩に優しく手を乗せるのは、先の青年だった。
長身の青年で、皆から"先生"と呼ばれる彼の名前は「阿保カード」。講師の名目で孤児院に出入りしている。ちょっと抜けており、ぼうっとした感じの隠せない男だったが、この無害そうな風体がチョウエツはそんなに嫌いじゃなかった。
部屋の外に出て、廊下の壁に二人は背を当てる。
「先生、どうしよう。リエの奴、死んじゃうの?」
「先生にもわからないな。診療所の先生がどうにかしてくれるかもしれないけど、もう此処には居られないかもな」
「そんな……」
「好きだったのか?」
こんなあわただしい場面なのに、そんな茶々を入れるのはどうかしている、と憤慨しそうにもなったが、阿保カードのまっすぐな視線に、チョウエツは押し黙る。
「大切な人。僕が勝手に一人で想ってるだけの」
「そうか。だったら、尚更よくなってもらいたいな」
「……」
「もし外の診療所に移ったとしても、どうにかして連れていけるように掛け合ってみるよ」
「ありがとう」
「それと、お前にもまだ出来ることはあるんだ」
できること──自分の無力さを噛みしめていた少年には、その言葉が重く胸へと沈み込む。
「御山野チョウエツくん……その気があるなら消灯時間から暫くして、今晩の僕の部屋へきたまえ」
衝撃の中、少年の覗き見るのは深海の様に深い瞳。青年の瞳の中に、人の世ならざる気配を僅かに帯びたのを感じながらも、息を一つ飲み込んで静かにうなずいた。