海人って
いつもの日曜日。
週一の休みが始まった。
俺の名前は《海野富》年は20才
時間は朝の午前5時、地元の漁港の堤防にいる。
『さてと~今日は何を釣ろうかな~♪』
季節は秋、空が明るさを取り戻す時間帯。
ニワトリもコケ~っと-喚くかどうかの瀬戸際である。
『あ~じ、いわし、さばもいいねぇ。まさかのイシダイかもっ、ぷぷぷっ。』
妙にハイテンションな馬鹿が一人、楽しそうに悩んでいる。
周りには人の姿はなく、近くに猫があくびをしてこちらの様子をうかがっている。
『ふっ…記念すべき一匹目の魚は、あの猫に捧げるか。あまり期待されてるようには見えないが…』
そう海野富は無類の猫好きであった。
自分と猫しかいないこの空間がほほえましくあった。
彼の持つ竿には針5本ついている。そこに小エビをつけていく。
サビキと呼ばれる仕掛けだ。この仕掛けであれば、まさかの一匹も釣れないということはおこりにくい、そう彼は愛すべき野良猫への朝御飯を調達するべく最適と思われる選択をした。
『いってこ~いっ!』
竿を振りかぶる事なく、足元の水面へと仕掛けを落としていく。
ちゃぷんと音がなり海のなかへと吸い込まれていく仕掛け
『さぁ後は待つだけだな、何が釣れるやら。』
30分後…
『おかしいっ?!』
いつもならすぐにでも釣れるのに今日は全く釣れなかった。
ふとおかしくおもい水面もみる
『魚はいるのになぁっ』
そう、仕掛けの周りには数十匹の魚が泳いでいる。
ふと周りに目をやると他の釣り人がちらほらと見え始めた。
猫はと目を向けると、先ほどより遠い場所で毛繕いをしていた。
他の釣り人の近くへいっていたのである。
『遠いよ~遠いよ~でもどうせすぐには釣れないと思うけどねっ。』
1時間後…
猫の周りには数匹のイワシが並べられていた。
満足そうにイワシを食べている猫
その姿を満足そうに眺めている釣り人
その光景を遠くから歯ぎしりしながら眺めている自分がいた。
『ふぐぅ!』
半ば嗚咽のような声がでていた。
誰よりも早く釣り場に到着するために前日にあった会社の飲み会さえ体調不良と言い訳で断り万全を期して今日という日に臨んでいたのに、この様である。
ため息をつきつつぼーっと釣竿を眺めていると、ふいに竿がチョンチョンと動いた。
ふいに動いた竿に目を輝かせ、指先に力が込められる。
糸をゆっくりと巻いていく、なかなかの手応えである。
これならあの猫も自分の方へ来ざるをえないであろう。
そして遂に待望の瞬間が訪れる。
水面から魚が顔をだす、さらに糸を巻いていくと次の針にも魚がついていた。
先ほどの落ち込み様とは、うってかわって無邪気な笑顔になっていた。
結局5つの釣り針に3匹の魚が引っ掛かっていた。
『イワシかぁ。
まぁ釣れたから良しとするかな。』
と、猫が気になりふと目をやると、先ほどイワシを食べていた場所で毛繕いをしていた。猫の周りには先ほどあっまイワシの姿はない、どうやらたべてしまったようである。近くの釣り人から、おかわりイワシはこなかったようだ。
足元にあるイワシのしっぽを掴み猫のいるほうへと向きイワシを左右にふる。
ぴくっ!
猫が毛繕いをやめてこちらをみている。
俺はイワシを小刻みに動かす。
ぴくぴくっ!
猫は4足歩行の体勢になり、こっちをみている。
勝利を確信した俺は、猫との距離の半分ほどの所にイワシを投げてやる。
猫は走ったイワシに向けて一直線に
『走れニャロス!!』
学生の時に国語で習ったことがあるような、ないような名前を叫び
ご満悦な様子である。
猫は難なくイワシの元へと到着し
イワシへと食らいつく。
『ほ~れほれっ、まだ後2匹あるぞ~』
残りのイワシのしっぽを掴み先程の様にイワシを小刻みに震わせる。
猫はこちらをちらりと見た後、 にゃっ
となき食べ残しのイワシにかぶりつく。
そして無事1匹目のイワシを食べ終えた猫は、次なる獲物を求めて海野へと抜き足差し足忍び足の要領で近づいていく。
海野との距離は50cmほどである。
だが海野はイワシを離す様子がない
そう直接イワシをあげようとたくらんでいたのである。
『ふぅ、この釣り場もかれこれ3年になるかな、そろそろいいよなぁっ』
彼はこれまで直接猫にエサをあげたことがなかった。だがいつかはやってやろうと心に秘めていたのである。
海野が直接猫にエサをやらなかったのには理由がある。
猫による感染病である。
犬に狂犬病という感染病があるように
猫は狂猫病という感染病を持っていた。主に噛まれることによる傷口から感染するというケースが多い。
ましてや野良猫であろうこの猫が、狂猫病の予防摂取などうけている訳がなく、そんな理由からいつも地面においてエサをやっていた。
だがそんな怯えた日々とは、おさらばさっと考え今にいたる。
海野がイワシを猫じゃらしの如くふるふると動かす。
猫もイワシの動きにあわせて右に左にと顔を動かす。
そしてジリジリと近づく両者の距離
40cm…30cm…20cm…
海野は興奮していた。
もしかしたら噛まれるかもしれないと怯えていた3年前と違い、猫との信頼関係は来るべきべきところまできたと考えていた。
後はこちらから歩みよるだけだと…
イワシを持つ手にも力がはいった次の瞬間。
『痛っ!!』
手に猫パンチをくらっていた。
猫は後ろ足二本で立ち上がり前足二本でイワシを叩き落としていた。
どうやら海野の手元を叩いてしまったようだ。
猫は悪びれる様子もなく地面に落ちた
戦利品をくわえるとその場から遠ざかっていった。
一方海野はというと、呆然と自分の手元を見ていた
右手の人差し指に傷をおっていた
『くっ!!』
どうやら彼の三年間の努力は実らなかったようである。
海野の顔からは生気が抜け落ちていた
顔面蒼白である。
海野自身身体の変化を感じていた。
めまい、吐き気、そして食あたりのような腹部への圧迫間、
少しでも動いたら、パンツの上に何かを産み落としてしまう様な緊張感。
『だ…だれか助けて…』
目の前が段々と暗くなっていき意識 があいまいなっていくなか海野は
最後に自身の体の悲鳴を聞いた。
ぶっっ!!