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自明の帰結

 網籠を背負った子供達が連れだって、石畳の坂道を緩々と降りていく。


 今年は特に無花果いちじくが豊作だと聞いた。果樹園に向かうのだろう。軒先の安楽椅子で書物に視線を落としていた老人が顔を上げて、その光景に眼を細める。


 昼食の後片づけを終えた大人達は広場にテーブルを持ち出し、昼下がりの柔らかな日差しの下、紅茶と手製の菓子を持ち寄って談笑している。


 絵に描いた様な平穏。いや、絵に描いてもこうはいかないだろう。



 あの夜から三度みたび、季節が巡った。


 魔女継承の儀は滞りなく成され、ミラの姿が島から消えた。少なくとも、表面上は。


 海はより碧く輝き、植物が緑を深めた島の至る所で、アルキナティアの朱花が執拗に密生して咲き揺れている。


 爽やかに甘く香る大気に包まれて、オレはただ日々を生きている。


 だから、特に今日と決めていた訳じゃない。



 余りにも穏やかな時の中で、契機となる事由を見出すのは簡単ではなかった。強いて言うなら、夕凪の静けさが普段より耳に馴染む感触を得たから。きっとそんな風に気まぐれに従うのが、気取られにくい気がした。ただ、それだけのこと。



 両親と三人で夕餉を囲み、生まれ育った家を深夜に出た。特に感慨はない。別離は胸中でとうの昔に告げていた。


 新月の闇に紛れて辿り着いた船着き場。一人で動かせる漁船を見繕って、北の島に渡る。


 通過儀礼イニシエーションの夜に眼にして以降、ずっと遠目に見守ってきたほこら。そのうらびれた佇まいは、何も変わっていなかった。ただ一点を除いては。



「こんなところにまで……」



 以前は不毛だった北の島に、幼少期から目に馴染んだ朱花がぽつりぽつりと姿を見せている。島から姿を消した彼女を静かに代替しつつあるその執拗さに、生まれて初めて嫌悪感を抱いた。


 祠の内部に足を踏み入れ、かつて父の背を追って下った螺旋階段を訥々(とつとつ)と辿る。あの夜は気に留めなかったが、どこからともなく滲み滴る地下水が壁面に跡を残し、足下を濡らしている。



 久方振りに目にする、幼馴染の少女。その生来の端正な輪郭は、この地下空間を満たす静謐に磨かれ、より研ぎ澄まされていた。



「ミラ……」



 あの夜以来、島で口にすることすらはばかられる少女の名前。


 己の唇に余りにも馴染んだその音の並びで幾度か呼び掛けてみたが、反応は得られない。当然だ。呪刻紋がもたらす苦痛を和らげる為に、彼女の意識レベルはアルキナティアの成分を投与されて低く維持されている。


 宙空に浮かぶ肢体、滑らかな肌にかすかに映る肋骨。その間隙を穿うがつギヤマン製の細管を伝って、碧い燐光を帯びた液体が彼女に注がれている。それは、歴代の村長が脈々と受け継いできた製法で抽出、精製されたアルキナティアの麻酔。



「もっと早くにこうするべきだったんだ」



 親父以前の村長達、そして、これまで魔女の役割を担ってきた女性達。彼らにもそれぞれ葛藤はあっただろうが、結果として、島の住民の幸福を選び取ってきたと言う。


 ならば、オレが選ぶのは。



 三年前の通過儀礼イニシエーションの夜、目を逸らした自明の帰結をいま辿る為に。


 ミラの脇腹に突き立つ透明の細管に手を掛けたオレは、それを一息に抜き去った。

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