干潮
潮が引いた昼下がりの磯場。
初夏の日差しに温む岩場を足裏に感じる。寄せては返す波に洗われて丸みを帯びた岩は、所々に海藻が生えていて滑りやすい。
だが、幼少期からここを遊び場としてきたオレ達にとっては、勝手知ったる庭も同然。滑らかな岩を選びながら、波打ち際に辿り着く。
海面までの高さは約三メートル。それほど高くはないが、落下中に色んなパフォーマンスが可能な最適距離。先頭の少年が突端に向かって小走りに駆け寄ると、その勢いのまま宙に身を踊らせた。
空中で前方宙返りを決めた小麦色の痩身が、翡翠の海原深く吸い込まれていく。
午後の海に一番乗りを飾った彼に負けじと、嬌声を上げながら次々にその後を追う子供達。
「もっと離れて飛び込んで。ぶつかると怪我するから」
岩場をよじ登ってきた一番乗りの少年に手を貸して引き上げながら、海面に浮かぶ子供達に声を掛ける。
「貴方は飛び込まないの、アレン」
「オレ達はもうそんな歳じゃないだろ、ミラ」
「そっか。もうすぐ成人だもんね」
生まれた時からこの島で一緒に育ってきたオレとミラは来月、十五歳を迎える。海水に濡れそぼった子供達を岩場へ引き上げるオレの側で、ミラは岩の隙間にビッシリと密生した「ペルセベ」をナイフで器用に剥がし始めた。
「ペルセベ」とは磯場に生息する固着棲の甲殻類で、フジツボ同様に密生する性質がある。亀の手に似た外観の殻に包まれていて、大きさは5センチ程。茹でて身を取り出すと、貝類に似た食感が得られる。きっと今夜のスープに入れるつもりなのだろう。
夏は始まったばかりだというのに、午後の日差しが容赦無くうなじに刺さる。足下の潮溜まりから海水を一掬いして、髪を濡らす。ふいに日陰に包まれていることに気付いて顔を上げると、ミラがすぐ側に佇んでいた。
「もう採らなくていいのか、ペルセベ」
「うん。これだけあれば足りるから」
「いつも悪いな。オレの家の分まで用意してもらって」
「いいのよ。おじさんとおばさんにはお世話になってるもの」
最後の言葉を小声で囁くと、ペルセベでいっぱいになった籠を岩場に下ろす彼女。そのまま踊る様に突端へ歩み寄ると、オレの方を振り向いて片腕を伸ばす。
二の腕の内側が、白貝みたいに透けて輝いていた。
「ねぇ、アレン、約束して。私を離さないって」
滑らかに削れた岩の端を軽やかに蹴る、濡れた爪先。
空中に一瞬留まった彼女は、水平線を背にその身を重力に委ねた。崖上から見下ろすオレの視線を捉えたまま、華奢な身体が踵から翡翠色の海面に飲み込まれていく。
白泡に包まれながらゆっくりと浮かび上がってきたミラを、子供達の歓声が賑やかに迎える。
海原へ伸ばしたオレの腕が捕らえるのは、いつまでも未練がましい潮風だけだった。




