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翌日。教室に入ると、前川がニコニコしながら近づいてきた。思わず身構える。こんな展開前にもあったぞ。……嫌な予感しかしない。
「生徒会に入らないか?」
ほらやっぱりー! 前川よ、どれだけ押しに弱いんだ! 大方、また先輩方から誘われ、断り切れずに頷いてしまったのだろう。
「嫌です」
残念ながら、私は前川と違っていいえが言えるのだ。習い事に加え、美紀ちゃんと遼子ちゃんとお茶会を月に数回行うことになっている私は、忙しいのだ。それなのに、忙しいの代名詞たる生徒会に入るなんて……。私が大きく首を横に振ると、なおも前川は食い下がる。
「……内申点があがるぞ」
うっ。
「……内申点が上がれば推薦受験に有利」
うううっ。受験のことを持ち出してくるのは、ずるいぞ。鳳海学園は、付属の大学もあるのだが、指定校推薦の話もいっぱい来ているのだ。
「………………入ります」
■ □ ■
結局、前川の誘いに頷いてしまったが、その代わりいいことがあった。なんと、高等科では生徒会執行部に入っていれば、部活動に入る義務が無くなるのだ。
だけど、結局、初等科、中等科、高等科、と全て生徒会に入るとは思わなかった。当初の予定では、初等科を卒業したらもう生徒会には関わらないつもりだったのに。……釈然としない思いを抱えながら、道脇家本邸に帰る。
――と。
玄関で淳お兄様と出くわした。
「おかえり楓」
私に気づいた淳お兄様が、挨拶をしてくれた。淳お兄様から、おかえりを聞くのは随分久しぶりだ。そのことに喜びながら、ただいまの挨拶をする。
「ただいま帰りました。お久しぶりですね。……淳お兄様?」
なんの用件で、本邸にいらっしゃたんだろうと思って、顔をみると浮かない顔をしていたので、おそらく婚約破棄の件だろうな、と当たりをつける。
大方、またお祖父様に申し出て断られたんだろう。
「……うん。ごめんね、また断られたよ」
「いいえ、私の方は全然大丈夫ですが、淳お兄様とお姉様の方は大丈夫ですか?」
なかなか婚約破棄できないことで、淳お兄様とお姉様の仲が悪くなったりしていないだろうか。
「……うん、大丈夫だよ」
大丈夫というわりに、淳お兄様の表情は苦しそうだ。やっぱり、後で私からもお祖父様に申し出てみよう。
■ □ ■
「……無理だといっておるだろう」
案の定、私がお祖父様に申し出ると、断られた。
「全く、淳もお前も一体何なのだ。特に淳は自分で……」
「自分で?」
「いや、なんでもない」
お祖父様が途中でいいかけてやめたので、聞き返したが、その先は何度聞いても答えてくれなかった。
「とにかく、ワシの目の黒いうちは婚約破棄などできないと思え」
と、とりつく島もない。
一体どうしたら、お祖父様は納得してくれるんだろう。
「楓ちゃんはそれでいいの?」
「えっ、ああごめん。もっと食べないともったいないよね」
今日はリカちゃんとスイーツ食べ放題に来ている。このショートケーキなんてすごく美味しいのに、考え事をしていて手が止まっていた。
「そうじゃなくて。……淳さんっていう人と婚約破棄してしまった本当にいいの?」
リカちゃんは、本当に心配そうな顔で言った。リカちゃんは現在、鳳海学園の中等科の三年生で、中等科の生徒会長も務めている。ちなみに、彼氏の陸くんともラブラブだ。まさに、順風満帆といったところ。
「確かに、私も淳お兄様が好きだし、できれば婚約破棄したくないよ。でも、淳お兄様、本当に苦しそうなんだ」
一昨日見た、淳お兄様の顔を思い出す。淳お兄様、私と婚約破棄をできなくて、本当に苦しそうなんだ。
「綺麗ごとかもしれないけれど、私は、好きな人には笑っていてほしい」
それは、少しくらい、いや、実を言うとかなり、私のことを好きになってくれないかなぁ、と思ったりもする。でも、お姉様のように品があるわけでも華があるわけでもない私では、到底お姉様に敵いそうもない。だったら、せめて、淳お兄様とお姉様の邪魔はしたくない。
それに、淳お兄様には今まで散々優しさを貰ってきたのだ。これ以上を望むのは、欲張りだろう。
「……楓ちゃんがそういうなら、いいけどさぁ」
そう言いながらも、リカちゃんの顔は納得していない。本当に私のことを思ってくれているのだろう。
「ありがとうリカちゃん」
私は本当にいい友達をたくさん持ったなぁなんて、思いながらショートケーキを口に運んだ。