40 道脇淳 僕の婚約者
※本日二度目の更新です
「婚約を、破棄しましょう」
間髪いれずに、言われた言葉にたじろいだ。
ーー楓ちゃんはね、零次くんのことが好きなのよーー
「……やっぱり楓は、零次くんのことが好きなの?」
「……前川様、ですか? 好きですが」
楓は当然のように零次くんが好きだと言い切った。どうやら、桜ちゃんの言っていたことは本当らしい。
あの日。お祖父様に呼び出されたあの日を思い出す。
「淳」
「はい」
僕が、お祖父様の部屋にいくと、三枚の写真が並べられていた。その写真に写っていたのは、左から桜ちゃん、楓、桃ちゃんだった。
「お前の婚約者をこの中から選ぶなら誰がよいか」
お祖父様は仮定の話のように言っているが、お祖父様の目で、これは本気の話だと一瞬でわかった。
写真を見る。
楓は、写真を撮られるのが不服なのか、笑っている桜ちゃんや桃ちゃんとは対照的に、不機嫌そうな顔をしていた。
「……っふ」
「……淳?」
お祖父様の前だというのに、思わず笑みが漏れる。僕はこの写真の表情以外にも楓の色々な顔を知っている。怒ると少しつり目になることも、拗ねるとあひる口になることも、笑うとえくぼができることも。
僕は、楓の写真を手に取った。よく見ると、不機嫌どころか、こちらを睨んでいるようにも見える。
きっと、自分が写真写りが悪いことを相当嫌っていたから、写真を撮られるのもかなり嫌がったのだろう。
そのときの楓の様子を想像すると、また笑みが零れた。
「……お祖父様、僕は楓がいいです」
他の誰かではなく、ずっと一緒にいるのなら、楓がいいとそう思った。この感情が何なのかわからないけれど、それだけは、確かだった。
そう。楓が僕の婚約者になったのは、お祖父様が決めたからではない。僕が楓を選んだからだ。でも、僕は、一番大切なことを確認していなかった。楓の気持ちだ。
楓に好きな人がいるなんて、想像さえもしていなかったから、という言い訳は許されるだろうか。僕は、気づかないうちにとても残酷なことをしていたらしい。
「ごめん、楓今まで無理させて。謝ってすむ問題じゃないかもしれないけれど、ごめん」
僕が頭を下げると、楓は、慌てた様子で手を握った。
「いいえ、淳お兄様! 謝るのは私の方です。私こそ、淳お兄様とお姉様が好きあっていらっしゃるのを知らなくて……」
どうやら楓は、僕と桜ちゃんが、両思いだと勘違いしているらしい。けれど、その勘違いを正す気にはなれなかった。きっと、その方が楓としても婚約を破棄する上で、気が楽だろう。
「本当にごめんね、楓。お祖父様に婚約を破棄できるようかけあってみるよ」
「いいえ、私の方こそ……って、もうこの話は終わりにしましょう。折角の紅茶が覚めてしまいます」
気づかないうちに、食後の紅茶が運ばれていたらしい。
「……そうだね」
なぜか痛む胸には気づかない振りをして、紅茶を口に含んだ。