38
目の前にあるのは、サグラダファミリアになるはずだった物体だ。
何ていうか、ずんぐりむっくりな形をしていて、所々に穴が開き、見るも無残な姿になっている。
前川が深刻そうな顔で言った。
「……実は、俺、美術の成績2なんだ」
「だったら何でサグラダファミリア作ろう何て無謀なこといったんですか!」
「だって、カッコいいだろ!」
確かにカッコいいけれども! 何て単純な理由なんだ。
今日、私こと道脇楓と前川は海に来ていた。夏休みの課題の一つである工作と、美術の課題である造形物を作ること(学園まで持ってこなくても作ったものを写真撮影すれば可)を一気に終わらせるためだった。
工作に使う貝殻の入手は非常にスムーズにできたのだが、砂で作ろうとしたサグラダファミリアで挫折した。てっきり、前川が自信満々に作ろうなんて言うものだから、美術は得意なのかと思っていた。新たな事実を新発見である。
そう言われてみれば、今日の私服――紫のアロハシャツに短いズボンは中々にダサ……前衛的なファッションである。いつも私服は一樹様チョイスらしいが、今日に限って自分で選んできたらしい。
「そんなことより道脇、交換日記に書いていた問題は解決したのか?」
「……いいえ」
前川が新しく海岸の砂を集めながら尋ねた。
うっ、そこを突かれると痛い。交換日記に書いていた問題とは――淳お兄様と最近まともな会話ができないことだ。会話する機会がないわけではないのだが、変に意識してしまって反射的に話していたら挙動不審になってしまうのだ。
「……まぁ別に気にすることはないんじゃないか。っていうか、好きなら普通だろ」
「す、好き!?」
淳お兄様を好きだなんて、いや大好きだけども恋愛的な意味で好きだなんておこがまし――……
動揺しかけたところを前川の、今更何言ってるんだという顔ではっとする。そうだ、そういう設定だった! 確かに、恋する乙女なら好きな人を意識してしまっても何の不思議もない。淳お兄様には不審に思われているだろうが、設定上はごく自然なことなので気にしなくてもいいかもしれない。
「前川様、ありがとうございます。今、すごく清々しい気分です」
そういえば、恋する乙女で思い出したが、更ちゃんは前川のことが好きなんだった! 私と前川は単なる友人だが、こうやって遊ぶのは裏切りになるだろうか……? っていうか、桃と前川をくっつけようと画策している時点で裏切ってるよね! どうしよう。問題が一つ解決したと思えば、また一つ積み重なっていく。ああ、と私が項垂れてる間に前川は手を動かし、新たな作品が完成していた。前川が生み出した作品は、これもまた前衛的な作品だったが、私は友情の為口を慎んだ。しかし、波に浚われ、またもや無残な姿になってしまった。
「…………」
結局、サグラダファミリアは諦め、モアイ像で手を打つことになった。
■ □ ■
モアイ像は単純そうに見えて難しく、苦戦しながら海から帰ると、別荘の中がおかしな雰囲気になっていた。
「おかえり楓」
笑顔で出迎えてくれた淳お兄様に、若干挙動不審になりながらもただいまの挨拶をする。すると、いつものように淳お兄様が私の頭を撫でようとして、ぴしりと固まった。
「淳お兄様……?」
淳お兄様の視線を辿ると、お姉様がいてにっこりとほほ笑んでいた。
「おかえりなさい、楓ちゃん。楽しかった?」
「ええ、楽しかったです、けど」
この空気は一体なんだ。リビングに緊張感が漂っている。
「本当に前川くんと仲がいいのね」
「そうですね?」
そりゃあ親友だし。というか、こんなやりとり今朝もしなかっただろうか。私がそう答えると、淳お兄様はまたもや固まった。淳お兄様は固まった後、考え込むような仕草をした。今日の淳お兄様は本当におかしい。お姉様と喧嘩でもしたのだろうか。
「淳お兄様……?」
「ああ、何でもないんだよ。何でも」
絶対嘘だ。お姉様と何かあったに違いないが、淳お兄様を見つめても苦笑いするだけで、何も答えようとはしなかった。
「淳さん」
「う、うん」
「返事は、よく考えてから後日お願いします」
そういって、お姉様は微笑んだ後、すたすたと二階に上がっていってしまった。
そして、わかったよ、といいながら微妙な顔で私を見る淳お兄様。
ーー本当に、一体どうしたんだろう?