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話数のみ→「道脇楓」目線です
さて、清々しい空気を吸い込んだら、今日も素敵な一日の始まりだ。何て言ったって、今日は、入学式。新たな出会いとときめきに満ち溢れている。
リビングで大きく伸びをしていると、二階から桃が降りてきた。
「おはようございます、桃さん」
「……おはようございます、楓さん」
どうやら、今日はついているみたいだ。
私の九回目の誕生日に、私は心を入れ替えて、家族と向き合うことを決めたが、その溝は今だ完全に埋まっているとは言い難かった。何せ、九年という長い間、私は家族関係を蔑ろにしてきたのだ。その筆頭である桃とは、――小学五年生という難しいお年頃なのもあるだろうが――こうして朝の挨拶をしても三回に一回は返事が返ってこないし、お姉様のように、楓お姉様と呼ばれたことは一度もない。
でも、これは自業自得なので仕方がない。
これからじっくり距離を縮めていくつもりだ。
中学生になるにあたって、私が立てた目標は三つ。
家族関係をよくすること。
テストで十番以内をキープすること。
もっと、交友関係の幅を広げること、だ。
この目標は、大きく書いて、私の部屋にも飾ってある。我ながら良い目標だ、と頷いていると、お姉様も二階から降りてきた。
「おはよう、楓ちゃん、桃ちゃん」
あんなにひどい態度をとってきたというのに、お姉様との仲は比較的良好だ。あの後、謝罪をして、それを受け入れてくれた小百合さんと三人で出かけたりもする。
「それより、楓ちゃん、時間いいの?」
お姉様に言われて時計を見て、はっとする。しまった! 入学式があるため、新入生は、通常よりも一時間早く、登校しなければいけないのだ! 私は、大慌てで車に飛び乗り、ギリギリ入学式に間に合うことができた。
■ □ ■
入学式のあとはドキドキのクラス分けが張り出される。中等科は、内部進学の他に外部受験があるので、見知らぬ名前も多い。美紀ちゃんと、遼子ちゃんとは違うクラスのようでとても悲しい。そんな中、見知った名前を見つけた。
「道脇さん」
「ああ、赤田様。今年も同じクラスですね、よろしくお願いします」
去年に引き続き、赤田と同じクラスだった。
「こちらこそよろしくね」
赤田とは、友達と言えるほどではないが、前川繋がりでそれなりに親しくなっていた。クラス分けの紙をよく見れば、どうやら、前川も同じクラスのようだった。
前川と言えば、交換日記は今だ続いていた。
「うわっ! お前ら俺に近寄るんじゃない」
私と赤田が前川に近寄ると、前川は途端に顔をしかめた。
「そんな冷たいこと言わないでくださいよ」
「酷いよ零次、僕たちの関係は遊びだったんだね……」
赤田が泣きまねをすると、前川は少したじろいだが、すぐに表情を切り替え、
「お前らに並ばれると、俺がまるで背が小さいように見えるだろうが!」
と怒鳴った。
そう、前川は、どうやらまだ第二次成長期が来てないようで、私たちと違い、身長が伸び悩んでいた。伸び悩むと言っても、中学生男子の平均身長あたりなのだから、そんなに気にすることも無いと思うが、前川にとっては一大事なことのようだった。だが、本当に、そんなに気にすることはないだろう。だって、『三女の彼女』の前川は、175センチはゆうに超えて――……、そこでふと思う。漫画の中の私は、果たして高身長だっただろうか、と。確か、150センチ前半という女子の中では平均的なものだったはず。しかし、現在の私は、160センチ後半だ。丁度、私の身長を引いて前川に足すと――……。違う、私は何も見ていない! すべては勘違いだろう、そうだって、ここは漫画の世界という考え方はもう辞めたのだ。前川と私の身長には何の関係性もない、ないはずだと信じたい。
「ところで、道脇さんは何の部活に入るか決めた?」
そう、部活! 鳳海学園は中等科になると、全員部活に入ることを義務付けられるのだ。さっきの入学式が終わった後は、ビラを大量に貰った。
「そうですね……、料理部に興味があります」
私は、大学生になったら、一人暮らしをすることを考えている。今から、炊事に慣れて置いたほうが後々楽だろう、という考えのもとだった。
「前川様と、赤田様は何にするか決めました?」
「俺は、テニス部だ」
前川は得意げにそう言った。理由は聞かなくてもわかる。違う学園ではあるが、一樹様がテニス部に入られているからだろう。
「僕は、野球部に入るつもりだよ」
これには驚いた。てっきり、赤田と前川は同じ部活に入ると思っていた。私の驚きが顔に出ていたのか、赤田は苦笑した。
「別に僕たち、いつも一緒にいるわけじゃないよ」
えぇーホントですかぁー?と思わず突っ込みそうになったけれど、我慢する。男の友情にもいろいろあるのだろう。
しばらくわいわいと話に花を咲かせたあと、体育館から教室に移動する。そして、入学式の後は、自己紹介だ。自己紹介は、何とか噛まずに言えて、一先ず成功したといえた。
それに、外部生だが、仲良くなれそうな子も何人かいた。
よし、お友達を増やして、楽しい中学生ライフを送るぞ!