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「私にはまだ早いかと」
大魔王様の家――前川家が今度パーティを開くらしく、私にも招待状が来た。
もっとはっきり言えば行きたくない。たとえどれだけ歳を取ろうと行く気はなかった。パーティというだけで、笑みを顔に張り付けなければならず大変なのに、何が悲しくて大魔王様が絶対いるパーティに参加しなければならないのか。
姉と妹と母と父で行けばいいだろう。とくに妹。最終的にくっつくのなら今から親しくなっておいても問題はないはずだ。
「無理ね」
バッサリと切ったのは母だった。
「前川家じきじきのご招待ですもの」
前川家も道脇家も上の上――といっても、その中にも格の違いは存在する。当然のことながら、前川の方が上だ。
「桃ちゃんは、さすがにまだ早いからお留守番になるけど、貴方はもう鳳海学園に入学したわけだし……」
妹を連れて行け。そして、私は残してくれないだろうか。
「楓ちゃん行ってくれるわよね!?」
キターーーーーー。我が家のお姫様第一号のご登場だ。お姫様は私の手をぎゅっと握った。
「お母様、私楓ちゃんが行かないのなら行かないわ」
いや、行けよ。私がいなくても、今までだって散々行ってきただろうが。心の中で、ツッコんである一つの可能性に気付いた。
アーナルホド。そういうことか。
「大丈夫だよ、桜。楓も連れて行くから」
父よ、顔が――。お顔がデレって……デレって……。氷の帝王様はどこにいったんだ。
「よかったぁ。絶対よ、楓ちゃん」
私まだ何も言ってない。なのになぜか漂う約束した感。
「……はぁ」
どうにか風邪にならないかな。
■ □ ■
「あはは……はぁ」
嫌だ。乾いた笑みしか出てこない。そろそろ表情筋が疲れてきた。普段使わないところを使うのはきつい。
いろいろ試してみた。お湯の代わりに冷水を被るとか、お腹を出して寝るとか、賞味期限の過ぎたものを食べるとか……こうしてわかったのは、私が思っていた以上に私の身体は丈夫にできていたということだった。
前川め。いや、正確には大魔王のせいではなく前川家か。なぜ私まで招待したのか。
「桜様、今日もお綺麗で」
「あら、そんなことありませんわ」
姉を取り囲む男子たち。あれは斉藤家、森山家……名だたる家々の跡取り組がこぞって姉に言い寄っている。皆さん、あの人まだ初等科二年生ですからね。いやまあ、跡取りさんたちもまだ小学生だけども。
「……はぁ」
メガネ先輩も憐れむような視線要らないので。というか、メガネ先輩いいところのお坊ちゃんだったのか。知らなかった。
今回のパーティはかなりいいところの家しか集められていない。
そして一番の厄介ごとは、大魔王様だった。
「うっわぁ……」
睨んでる。超睨んでる。隣の赤田が何とかなだめようと頑張っているけど、全く和らいでいない。おかげで取り巻きの女の子たちも近づけないようだった。
私は前川に睨まれるようなことをした覚えはない。あの注意された日からなぜかずっと私は前川に睨まれていた。
「私だって、来たくて来たわけではない。そんなに嫌なら君の母上や父上に言いたまえよ」
……残念ながら、それを直接大魔王様に言う勇気はないが。
しかし、妹もチャレンジャーだ。私なら絶対に関わりたくない。
「……楓?」
聞きなれた声に顔をあげると思った通りの人だった。
「淳お兄様?」
道脇淳――四つ年上の私の従兄だ。現在の当主である父には男の子がいないため、暫定的に彼が道脇グループを継ぐことになっている。
私が笑顔を張り付けておかなくてもいい相手なので助かる――が、そんなことはどうでもいい。
「久しぶりだね。最近はすれ違いで会えていなかったから」
正直に言うと、すれ違いではなく避けてました。
なぜなら、淳お兄様は『長女のキミ』のヒーローでいらっしゃいます。
つまり、姉とくっつくお方。これだけも、十分避けたい人だ。
しかし、それだけではすまない。
淳お兄様は、漫画の道脇楓の初恋の相手だ。
初恋、といっても物心ついた時から好きだったようなので、自殺するまでの十何年間ずっと好きだったことになる。道脇楓が、姉に嫉妬した原因のかなり大きな一つだ。
それにしても、この漫画には同年代を好きになることは存在しないのだろうか。
姉は三つ年上の淳お兄様と。
妹は二つ年上の前川と。
「それにしても桜ちゃんはすごいね」
「そうですね」
姉が私をここに連れてこさせたかった理由は、引き立て役にするためだった。なんとなくそうかな、とは思っていたけれどそれが確信に変わった。私のドレスは桜色だ。姉も同じ桜色。偶然だとは思えない。わざと被せてきたのだろう。おかげで、姉の取り巻きさんたちがちらっと私を見ては姉を見てハートマークを目に浮かべている。
「そのドレス似合っているよ」
「無理しなくていいですよ。武士じゃないだけマシですから」
私の前世は、男顔だった。自分でも生まれてくる性別を間違えたかな、と思うくらいには男顔だったし、女子から告白された。それでも可愛い恰好をしてみたくて、髪を伸ばしてポニーテールをしてみたのだ。その時のクラスの男子の一言。「武士か」というツッコミは今でも忘れられない。
だが、今はどうだ。平凡な顔とはいえ、どこからどう見ても女の顔だ。平凡万歳である。
「武士……?」
淳お兄様が不思議そうな顔をしたが、説明する気にはなれなかった。
「まあ、楓は男気があるからね」
よくわからないが、勝手に納得してくれたのでよしとする。
「淳お兄様は姉のところに行かなくてもいいのですか?」
「えっ、いやぁ……ちょっとね」
「行きづらいですか?」
「そんなとこ」
確かにあれほどの取り巻きがいれば、躊躇うだろう。
「淳お兄様がいけば、皆のいてくれると思いますよ」
淳お兄様はヒーローなだけあって、カッコいい。姉と並べば美男美女だ。淳お兄様に対抗できそうな顔は、今日のメンバーからして前川と赤田ぐらいではないだろうか。
「いや、いいよ。今日は楓と話したいと思っていたから」
「……この人たらし」
美形にはにかむように言われたら誰だって勘違いするだろう。私は、そんな勘違いはしない。
この人にとっては、これが普通なのだ。そのことをしっかり胸に刻んでおかなければいけない。漫画と同じ道をたどるのはごめんだ。それにまた、あんな思いをするのは嫌だ。……また?
なぜ、私はそんなことを思ったのだろう。
「え?ごめん、今なんて言ったの?」
「いつか刺されますよ」
まあいいか。気のせいだ。
「!?」
目を白黒させる様子に少し、気持ちが和らいだ。視線をずらせば、鬼のような顔が見える。
せっかくの美形が台無しだ。
「……はぁ」
まだ大魔王様の睨み攻撃は終わっていない。あれ、いつまで続くのだろうか。
結局大魔王様の睨み攻撃は、パーティが終わるまで続いた。