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どうしよう……。近くを見渡してもだれもいな――
「前川様!!」
丁度、お手洗いから帰ってきた前川を発見した私は、すぐさま前川を放送係の先輩の前に引きずった。
こうして、前川に放送係の助っ人をおしつけ……任せることに成功した。いずれ、生徒会長になる男だ。今から人気を掴んでいても困らないだろう。
多少、胸を痛ませつつも運動会実行委員のテントから立ち去った。
よし、これでピンチを乗り切れたぞ。あとは、お弁当を食べて、大玉転がしをするだけだ。……お弁当?
「ああー……」
そう、一昨年に引き続き、鳳海学園の運動会に保護者として来ているのは、樋口さんと淳お兄様だった。父と母は、妹が通っている凰空女学園の運動会に参加しているのだ。
そういえば、先日のパーティでは結局それどころではなかったけれど、淳お兄様に私が淳お兄様を好きなことがバレているかもしれないのだ。
どんな顔して会えばいいのか。いや、いつも通り何食わぬ顔をすればよいのだ。幸いにして、私の表情筋は硬い。今こそそれが生かされるとき……!そう意気込んだ時、声をかけられた。
「……楓?」
「あち、淳お兄様」
噛んだ。出だしで失敗した。もう終わりだ。地に埋もれてしまいたい。そしてそのままブラジルへ行きたい。ブラジルかぁ。いいなブラジル。まだ一度も行ったことないんだよね。今度行ってみたい。
「探したんだよ、三年生のテントにもいないようだったから。……どうしたの?」
現実逃避を始めた私を引き戻したのは、淳お兄様だった。淳お兄様を観察する。顔色よし。声にも特に変化は見られない。脈拍は……わからないけど。これは、もしかして、もしかすると、バレてない!?
やったー!
流石の前川も淳お兄様本人に言ってはいないようだ。良かった。
「いいえ、なんでもありません。お弁当を食べましょう」
私の腹の虫が大暴れする前に、早く。
しかし、そう言い終わる前に、
――ぐーぎゅるるっる
お腹が鳴ってしまった!第二波が来る前に、急いで淳お兄様を引っ張ると淳お兄様は苦笑した。
■ □ ■
場所取りをしてくれた樋口さんの元へ向かうと、今回は一昨年のようにお姉様方はひしめき合っていなかった。流石に、私という婚約者ができた以上、諦めたようだ。その代わり、ふと赤田家や前川家のテントを見ると――いや、私は、見てない。何にも見てない。
それにしても。前回、聞きそびれてしまったが、淳お兄様は、私との婚約についてどう思っているのだろう。そもそも、どうして姉や妹ではなく私なのか、はっきりとした理由はわかっていないけれど、いくら祖父からの命令とはいえ、ただの従妹としか思っていない私との婚約は嫌だったんじゃないかな。というか、祖父は私の好意を確認したが、淳お兄様に確認はしたのだろうか。してないだろうな。不公平すぎる。でなければ、私になるはずかない。いずれ破棄するとはいえ、淳お兄様が気の毒だ。
「あの、淳お兄様」
「ん? ああ桜ちゃんなら、係のテントで食べるようだよ。どうやら今年も忙しいみたいだね」
はい、お茶。と私と樋口さんにお茶を渡しながら、淳お兄様は答えた。
「いえ、あの、そのことではなくて」
聞きたいのは、婚約についてなんだけど。けれど、間の悪いことに
――ぐーぎゅるぎゅるぎゅるる
しまった!第二波が!!タイミングが悪すぎる。
「楓は本当に食いしん坊だね」
これでは私がお弁当を催促したみたいじゃないか!否定したいのに、その間にも鳴り響くお腹の音。そろそろ、周りの子の視線が痛い。
「……そう、みたいです」
■ □ ■
お手伝いさんたちが、今日の為に腕によりをかけて作ってくれたお弁当は大変おいしかった。けれど、結局淳お兄様から真意を聞き出すことは叶わなかった。私がお弁当を食べ終わったあと、すぐに係の人が呼びに来たのだ。当初の予定だと、休憩時間はまだあったはずだが、どうやら、午後から天気予報では雨なので、プログラムを前倒しにするようだ。
後ろ髪を引かれつつも、入場門に並ぶ。私が転がす順番は一番だ。一緒に大玉を転がすのは、美紀ちゃんと遼子ちゃんなので、余計に気合が入る。頑張るぞ!
……結論から言おう。無事、私の所属する赤組は勝つことができた。
しかし、私の結果は散々足るものだった。最初はよかったのだ、最初は。しかし、勢い余りすぎて、コーナーで上手く曲がり切れず、こけてしまった。しかも、手を出すのが間に合わず、地面と口づけを交わしてしまったのだ。おかげで、鼻血をだして、美紀ちゃんや遼子ちゃんに心配されつつ、転がすことになった。そのおかげで白組に大きく引き離されることとなったが、序盤でリードを許してしまった側の結束力は凄まじく、見事逆転して、赤組は勝つことができたのだ。
お陰様で、また放送係の人に褒められた。
「毎年君が活躍してくれるおかげで助かってるよ!」
来年こそは、目にもの見せてやるんだからな!おぼえてろよ!!
そして、運動会後。私は知っている。一昨年、今年、と運動会で鼻血を流した私が陰で赤の女王と呼ばれていることを。
まだ、姉や妹に苛烈な嫌がらせをしていないのに!どうあがいても、原作の流れは変えられないのか、そうなのか。
そんな状態で、美紀ちゃん遼子ちゃんにお友達申請をできるわけがない!結局、今年の運動会も、ヒーローになれずに終わってしまった。
■ □ ■
思わず運動会のことを思い出し、憂鬱な気分になったが、頭を切り替える。憂鬱な気分のまま、今を迎えるのはもったいない。折角、姉に借りを作るという多大なるリスクを背負ってまで、今日の機会を設けてもらったのだ。
「……貴方が、楓さん?」
名前を呼ばれて振り返る。
――相変わらず、私とは違い、艶やかな黒髪が美しい。
「初めまして。道脇楓です」
姉さん、私は、貴方に。
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