23 前川零次 とある友人に関する考察
『やっと会えたんだ。……もう、君を離したりなんてしないよ』
映画はもうクライマックスに差し掛かっており、愛し合っているのに家の都合で引き裂かれた二人が、ようやく再会するという、感動的なシーン……なのだろう
――隣から寝息が聞こえなければ。
「……ぐぅ」
ちらりと横を見ると、幸せそうな顔で道脇は寝入っている。これが映画の上映中でなければ、微笑ましい光景だろう。おかげで全く映画に集中できないが。
そう、映画。しかも、誘ってきたのは道脇だった。それなのに道脇ときたら、事前に買っていたキャラメル味のポップコーンをすべて食べ終えると、満足したのか途端に船を漕ぎ出したのだ。
「恋の素晴らしさを学びましょう」
と言っていたが、こいつが学んだのはポップコーンのおいしさだけではないだろうか。
恋の素晴らしさといえば、道脇は一樹兄さんの親友である淳さんに恋をしている、らしい。
最初は嘘かと思ったが、協力するために淳さんを呼び止めて、道脇のところへ行かせると、顔を真っ赤にして固まっていたところをみると、本当のようだ。
しかし、二度とああいう真似はするなと怒られた理由は謎だ。
よろしく、というのは協力しろという意味ではないのか。『恋する乙女』の気持ちを推し量るのは難しい。だからなのか、道脇は何かと俺に恋を学ばせようと、少女漫画などを貸してきたり、今日のように恋愛物の映画に誘ってきたりするようになった。
この件とはおそらく関係がないのだろうが、最近妙に変な質問をされることが増えた。
「朝に食パンをくわえて走る予定はありませんか?」
と聞かれて、俺は朝はご飯派だ、と答えたら物凄くガッカリされたのは腑に落ちない。
それにしても人を誘っておいて、隣でこうも爆睡するのは如何なものか。
……なんてことを考えているうちにスタッフロールが流れ始めた。
――結局道脇は、上映時間の110分のうち90分間を寝たまま過ごした。
■ □ ■
道脇楓は、俺の数少ない友人の一人だ。
しかし、剛速球のお手玉をぶつけられた時に気が付くべきだったのかもしれないが、道脇は台風の目のような人物だった。
道脇と友人になってからというもの、去年の宿泊合宿然り事件に事欠かない。そのことを隼に相談すると、
「刺激があっていいじゃない」
と笑われたが、毎度巻き込まれるこっちの身にもなって欲しい。隼はいいやつなのだが、おおらかというか大雑把なやつなので、先ほどのように相談すると大抵笑って、どうにかなるよ、で終わらせてしまうので、相談にならないことが多々ある。だが、その点道脇は、相談すると真面目に考えてくれるので有難い部分もある。しかしながら、今年のように道脇とはクラスが離れている程度の距離感の方が丁度いい気がする。
道脇楓の最初の印象は最悪だった。道脇の姉について尋ねるために教室にあふれかえる上級生の質問に、にこりともせず、無表情で答えていく。その他にも、あらゆることについて道脇は、無感動のように見えた。
――ロボットみたいなやつだ。
鳳海学園に初等科から通う生徒は、その立場から早熟な者が多い。しかし、それを鑑みても、何か達観したようなその姿は異質だった。道脇があのクマのストラップを持っていなければ、俺は道脇に二度と関わろうとしなかっただろう。
しかし、道脇をクマの為に観察していたことで気づいたことがある。道脇は、すべてに対して無、なのではない。いや、基本無表情なのだが、ずっと観察を続けることでその中にも感情のようなものを見つけることができたのだ。深く関わるようになった今では、なぜこいつの感情がないと思ったのか不思議なほど、道脇は様々な感情を持っていた。しかし、親しくなった今でも、わからない感情がある。それは、道脇の家族に関するものだった。
道脇の家族関係は謎だ。自分の姉が生徒会長だということすら知らなかったと思えば、急に交換日記で自分の妹の良さを語ってきたりする。だが、俺は、パーティで妹と道脇が話しているのをみたことがない。
そしてもうひとつ謎なことがある。道脇が極度の方向音痴であることだ。この前、車で道脇を送ったとき、道脇の言う通りに車を走らせたところひどい目にあった。
道脇の方向音痴は、今に始まったことではない。
――けれど、家の帰り道がわからないのは、流石に異常だ。
家というのは、大抵の者にとって生命線であるはずだ。
もしかして、道脇の方向音痴は、家族間の不仲が原因で、無意識のうちに家に帰りたくないことからきているのではなかろうか。
そういえば、一度だけ、道脇が家族のことで表情を崩したことがなかったか。あれは、いつだったか、確か、姉さんとつぶやいて……
そんな俺の思考を止めたのは、目をキラキラと輝かせた道脇だった。
「……お代わりなら、好きにしろ」
「よくわかりましたね、何も言っていないのに」
道脇が、映画で寝てしまったお詫びに何かおごります、と言って入っていったのは、洋菓子専門店だった。道脇の皿の上を見ると、入店してからまだ数分しかたっていないのに、すでに皿が空になっている。
「お前は、目がうるさい」
道脇は基本無表情だが、目を見れば何よりも雄弁だ。
「ところで、前川様も何か頼んで下さい。私ばかり、楽しんでいたらお詫びにならないじゃないですか」
そう言っている間にも、あっという間にケーキが片付いていく。そして皿が空くたびに、新たに注文されるケーキの数々。わんこそばじゃないんだぞ!ほんと、お前はよく食うな!これで太らないのが不思議なくらいだ。俺も甘党だが、見たいるだけで胸やけがしそうなので、ブラックコーヒーを注文することにした。
「おい、右の頬にクリームついてるぞ」
「え、どこですか」
「違う、もう少し上だ」
なんで俺が、頬についているクリームを拭ってやらなくてはならない。俺は保育士か。
クリームのついた間抜けな顔を見ていると頭が痛くなってきた。
「どうしたんですか?頭痛でもするんですか?」
道脇は、かき氷もたべていないのに変な人ですね、と言いながらまたケーキを注文した。今度は、シャルロットにするらしい。もう、勝手にしろ。道脇について考えていた自分が馬鹿らしくなる。おそらく考えるだけ無駄に違いない。こいつはただの阿呆だ。方向音痴の理由もきっと気のせいだろう。
痛む頭を押さえながら、道脇と友人になったのは早まったかもしれないな……と思った。
次話は本編に戻ります




