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私が初めての友達を手に入れてから早いもので、季節は巡り、二度目の春となった。
今年の一年間は、とにかく運がなかったに尽きる。いや、パーティを欠席するためのでっちあげに運を使いすぎてしまったのかもしれない。なんと、クラス替えで美紀ちゃんと、遼子ちゃんと離れてしまったのだ!そのせいで、体育でチームを組む時の取り巻きの子たちに、どうしよう……?といった表情を何度もされたことは忘れられない。
噂で、ある程度友達同士の仲の良さなども考慮するって聞いていたのに!代わりに前川とは同じクラスだった。先生、これはどういうことなんだ、と抗議しにいきそうになってから、はたと気づいた。そういえば、私は前川とは友達になれたが、美紀ちゃん、遼子ちゃんから、友達という言葉を引き出せていないのだった。これは十分考慮された結果なのでは……?いや、でも前川と赤田のクラスも離れたことを考えるとあまり考慮されていないのかもしれない。美紀ちゃんと遼子ちゃんと離れたことはかなり残念だ。しかし、前川がいるだけでもラッキーと思わなければ。友達はこれから増やせば良いのだから。最初は、そう前向きに考えた。
――しかし、私の友達の数が増えることはなかった。全くもって機会がなかったわけではないはずだが、できなかった。とても悲しい。
例えば、夏に行われた宿泊合宿のことである。
■ □ ■
一学期が終わる直前に、鳳海学園の二年生は宿泊合宿を行う。
最高だ。先生はよくわかっていらっしゃる!一学期にグ仲良しグループに入るのに遅れた子たちに、救いの手をというわけだろう。確かに、この時期なら、私含め、グループ加入に乗り遅れた子たちまだ何とか間に合う。基本行動の班が、出席番号順で四人一組になっているのも素晴らしい。これなら、私のような子も仲良しの子同士で組んでね~、という体育のときのような屈辱を味わうことはない。しかも、私の班は、男子二人、女子二人だった。この組み合わせだと必然的に、同性同士で話すことが多くなるので、友達を作る大チャンス!
私は積極的に同じ班の女の子に話しかけた。彼女も、私が話しかけると、答えてくれたし、もしかすると……、もしかするのでは? と思い始めていた。
しかし、事件は、宿泊合宿最終日の夜に起きる。
最終日に行われたのは、肝試しだった。合宿の最終日といえば、定番だろう。
「じゃあ、今から好きな子とペアを組みましょう」
なんだって! いや、まてよ、先生の意図は、きっとここで新しくできた友達と仲を深めようということなのだろう。きっと、これをきっかけに彼女と友達になれるはずだ。
しかし、私がちらりとその子を見た瞬間――
「ご、ごめんなさい、楓様。私、他の子と組む約束が……」
そういうが早いか、彼女は脱兎のごとく去ってしまった。なんでだ!比較的、仲良くできていたはずなのに!悲しみに暮れそうになるが、瞬時に思考を切り替えた。私のクラスは偶数であり、欠席者はいない。つまり、絶対に誰かが余ることはない。私は、ちらちらと私の取り巻きの子たちに視線を走らせたが、彼女たちはもうペアを組んでしまったようだった。でも、まだ一人の子がいるはずだ。その子とペアを組んで友達になれば問題は解決だ。
私は急いでその子の元を探そうとしたが、その必要はなかった。皆がササっと道を開けてくれたからだ。やだ、もしかして私に友達がいないのバレてる……?なんて泣きそうになりながら、その子の元へと向かう。その途中であることに気づき、引き返したくなった。でも、何度見渡しても、ペアを組んでいないのは私とその子だけのようだった。
ペアを組むことになる子の前にたどり着いた。
「…………ペア組みませんか?」
「……あぁ」
私と同じく残っていたのは――やはり見間違えではなく前川だった。前川と私はきっと同じような顔をしていたに違いない。微妙な空気になりながら、私たちはペアを組んだ。
しかし、良いのだろうか。まさか、前川が残っているとは思わなかった。前川がこのクラスに私の他に友達がいたのかどうかはおいておくとして――前川はファンクラブができるほどの人気なのだ。てっきり、ファンクラブの女子の子がアタックを仕掛けているのだと思ったが。いかに友達といえども、前川への過度な接触を行い、彼女たちから恨まれるのはご免だ。
記憶に間違えがなければ、ファンクラブに入っていたであろう子たちの顔を見ると何か微笑ましそうなものを見る目をされた。もしかして、彼女たちもイケメンは遠くで眺めるに限る――ということに気付いたのだろうか。少なくとも、怒りは浮かべて無い様なので安堵する。
肝試しのルールは簡単で、合宿を行っている近隣にある祠から先生が用意した紙を一枚持って帰ればいいらしい。先生がルートの至るところにいるから、基本安全は保障されているのだが、何かあったときに連絡できるように、私たちは携帯を持って行動することになっている。……きっと、肝試しが終わった後に連絡先を交換できるように、ということも兼ねているのだろう。残念ながら、私には関係ないけど。ちなみに、タイムアタックもあり、一番早かったペアにはお菓子の詰め合わせが貰えるらしい。
私たちはくじ引きの結果、最後に出発することになった。タイムはペアがスタートした時間からなので、最後でも全く問題ない。
お菓子詰め合わせって、何だろう。クッキーもあるのかな。私がそんなことを考えていると、悲鳴が聞こえた。最後だと皆の悲鳴が聞こえる分、恐怖も増す。まぁ、お化けなんて信じてないけど。
ちなみに、待ち時間の間、前川はずっと無表情だった。そんなに、私とペアを組みたくなかったのだろうか……?その疑問は、出発してすぐに晴れることになる。
「前川様」
「何だ?」
「大丈夫ですか?」
「……問題ない」
いや、問題大有りだろ!前川は必死に隠そうとしているが、膝ががくがく震えている。先ほどの様子を見た限り、暗所恐怖症ではなさそうだし――
「もしかして」
いや、もしかしなくても、前川は
「お化けがにが――」
最後まで言い切る前に睨まれた。理不尽だ。しかし、お化けが怖いとは意外だった。どちらかというと、私と同じでオカルトの類は信じないタイプだと思っていたのだが。
「携帯で連絡して戻りましょう」
別に苦手なものを無理に克服する必要はない。まだスタートしたばかりだし、ここからなら三分もかからないだろう。
「嫌だ」
前川は提案を即座に切り捨ててきた。男の子のプライドとかいうやつかもしれない。……仕方ない、友達とは助け合いだ。
「じゃあ、私の服の端をつかんで目を閉じていてください。私がゴールまで誘導します」
「……ありがとう」
そういえば、前川の誕生日は12月で私の誕生日よりも数か月遅い。つまり、私のほうが年上なのだ。
私は何だか、幼稚園児を連れる引率の先生のような気分になりながら、怖くない、怖くないよ、と言いながら、目を瞑ったままの前川を誘導した。うん、こうしてみると前川も可愛いかもしれない。
――しかし、そんな時間は長くは続かなかった。
「……おい、もしかして、ルートを外れてないか」
「地図見てください。ほら、次は左で……」
「馬鹿!そっちは逆方向だ!!」
なかなかゴールまでたどり着かないことを訝しんだ前川が目を開けて、私から地図をひったくると、ものすごいスピードで前川は引っ張っていく。さっきまでのお化けに怯える可愛い前川の姿はどこにも見当たらない。そんなに一位になりたかったとは知らなかった。ぐいぐいと引っ張られるまま私たちはゴールした。
結局、私たちが一番遅くなってしまったが、臆病者のあだ名がつけられることはなかった。代わりに、前川がすごく労わられていた。お化けが怖い前川を励ましたのは、私だというのに何でだろう?
そんな感じで、宿泊合宿も特に友達作りに進展が見られないまま終わってしまった。
その他にもハロウィン事件やら、ブラッディ事件やら何やらがあったのだが、その辺りは省略する。
他にも、運がなかった例として、毎年恒例の冬の陣だけでなく、ドキドキ☆恋の鞘当て~夏の陣~にまで巻き込まれた。
淳お兄様に、お詫びとしてクッキーを貰ったが、クッキーをくれても、私は誤魔化されませ……クッキーおいしい。
まぁ過ぎれば、どれもいい思い出だ。何しろ、今日は、二年生の三学期最終日。また春休みが終われば、クラス替えだ。今度こそ、美紀ちゃん遼子ちゃんと同じクラスになって、友達を増やすぞ。そのために初詣のお賽銭を五百円と弾んでおいたのだ。同じクラスにならないと困る。
困りごとといえば、前川との交換日記はそれなりに話すようになってからも続いていた。まぁ、それはいい。友達と仲が良好であるに越したことはない。しかし、困っているのはその内容についてだった。
『おれは、睨んでいるように思われるらしいんだが、どうすればいいと思う』
――前川は意外と、悩み事が多いタイプのようであり、最近日記の最後にこのような文章が付け加えられることが多くなった。素直にみれば、悩み事を打ち明けられるほど仲良くなったと喜べばいいのだろうが、こういったどう返事を書けばいいのかさっぱりわからない。目つきが悪いという自覚はあったのか。それを気にしているなんて、想像していたよりもずっとナイーヴな性格なんだな。私のことを下痢女呼ばわりするときにこの繊細さはどこにいっていたというのか……などという所感は置いておくとして、何と答えるのが正解なのか。
……というか、これ、交換日記じゃなくて、雑誌の投書コーナーのお悩み相談室とかしてないか?と思いつつ、頭を悩ませることが多くなった。何だって普段は横暴なのに、日記では繊細なのか。大抵は何とか返事を捻りだすのだが、どうしようもないときは秘儀『淳お兄様に電話』を行うことも何度かあった。もちろん、相談者名は匿名にしてあるし、淳お兄様は人の悩みをおいそれと話すような人ではない。
とはいっても、交換日記が一部前川と淳お兄様の交換日記になっていたことは、墓まで持っていくつもりだ。交換日記の相手が実は別人だったなんて、不誠実だし……、もしかしたら、前川に直接どう返事をすればいいかわからない、と言えばいいのだろうが、何となくそれはしづらかった。
とりあえず、今回の交換日記の返事は、まぁ春休み明けまで猶予があるのだ。その間に考えよう。
などと、呑気なことを自室で私が考えていたとき、怒声が聞こえた。
■ □ ■
「桃ちゃん、一体どういうことなの!!」
母が怒声を上げることは滅多にない。しかも、道脇家のお姫様二号たる妹に、だ。面倒ごとの気配がしたので、このまま自室に籠っていようと思ったが、喉が渇いてきた。残念ながら、自室のある二階には冷蔵庫がない。おそらく母と妹がいるのは一階のリビングだろうが、冷蔵庫に辿りつくにはリビングを通過しなければならない。
……仕方ないか。できるだけ気配を消して、飲み物を取ったらサッと戻ろう。
しかし、リビングを横切る途中で母に見つかってしまった!
「楓ちゃんからも、何とかいってちょうだい!」
私が通う鳳海学園では、入学試験というものが行われている。入学試験といっても、大抵は対策をある程度していれば、何の問題もない。寧ろ難関なのは、高額な入学金の方だ。だけど、もちろん、これも道脇家にとっては全くの無問題だ。何が言いたいのかというと――、妹が鳳海学園に通うのはほぼ確定だった、ということである。
道脇桜の妹、という視線だけでも鬱陶しいのに、道脇桃の姉という視線も加わるのか。憂鬱だ。程度にしか考えていなかった……のだが。
何と、母から聞いた話によると、妹は鳳海学園に落ちたらしい。もっと詳しく言うと、全部名前欄以外白紙のまま提出したらしい。そういえば、今日は入学試験の合格発表日だったのか、ということを思い出した。妹が落ちた、という通知を受け、母が訝しんで鳳海学園に電話したところ、ことの次第が発覚したというわけである。
尊敬する姉――もちろん私ではない――と同じ学校に通うということを、捨ててまで親に反発するとは。ナイスガッツだ。私も、記憶が戻るのがもう少し早かったら、同じような手段を使いたかった。発覚する今まで全くそんなそぶりを見せなかったのも素晴らしい。それにしても、反抗期が来るの早すぎない?
なんて言うわけにもいかないだろう。そもそも何かを言ったところで、妹が鳳海学園に通えないことは決定しているのに。
そんなことを考えていた私を一瞥したあと、妹は、鼻で笑った。
――なるほど、そういうことか。
どうやら、私は、同じ学園に通うのすらどうにかして阻止したいほど嫌われているらしかった。あまりの嫌われぶりにちょっと笑った。
妹のその態度を自分に向けたものだと勘違いした母は、ますますヒートアップして、姉が止めに入るまで妹へのお説教は続いたらしい。
――結局、妹の進学は、鳳海学園よりも後に入学試験が行われ、鳳海学園のいくつかある姉妹校のうちの一つである、凰空女学園に決まった。流石に今回は白紙では出さなかったらしい。
どのみち妹は、漫画の設定では鳳海学園に入学はするものの、とある理由で彼女が二年生のころに別の学園へ転入することになっている。だから、まぁ、漫画の展開とさほど違いはないだろう。強いて問題点を言うならば、凰空女学園は道脇家の分家の一つである中原家の長女である、中原撫子が通う学園ということだろう。
妹が凰空女学園に通う原因にはおそらく私がいるのだろうから、もし彼女に絡まれるようなことがあれば、責任を感じる。かといっても、妹が私に学園生活を話すとは思えないし、フォローを姉あたりに頼んでおけばよいだろう。
さて、春休みが明ければ三年生だ。今度こそ、美紀ちゃん遼子ちゃんとお友達になるぞ!