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「俺の、友人にならないか?」
「………………………………は?」
前川の言うゆうじんが、ユージンでもユージーンでもなく友人だと理解するまでにたっぷり30秒はかかった。
その後、私の脳は混乱を極めた。
友人、つまり友達。それは休日を利用して共に出かけたり、しゃべったり、そして――私が今、一番欲しいものだ。しかし、なぜ普段赤田以外友達なんていなくても俺は生きていけるぜ! のような一匹狼――いや、この場合は二匹狼というのか?そもそもそんな言葉があるのだろうか――のような雰囲気を醸し出している前川がこのようなことを言うのだろうか?しかも、私に。
意図していなかったとはいえ、あんなに待ち望んでいた友達ができるのだから理由何てなんでもよいのでは?棚からぼた餅とはこのことでは?友達になるなる!喜んで!
いやいやいやいや。そもそも私の最も目標とすべきことは、自殺しなければならない状況に陥らないようにすること。前川と友達になって必要以上に関わってどうする!
友達なら、処罰されないのでは?
などということを考えたところで――私の脳はオーバーヒートした。
「なんていうか、その、気持ちはとても嬉しいです、というか、丁度私も友達が欲しいなぁと思っていたところであってとても幸運な出来事であることは把握しているのですが、というか、そもそもこれは提案ではなく、前川様に怪我を負わせた私の『何でもする』という言葉の責任をとらせているだけということは十分十分わかっているのですが――とりあえず、三学期までまってくだしゃい!!」
などという支離滅裂なことを叫びながら走って逃げた。しかも、最後は走りながら叫んだせいで舌をかんでしまった。しかし、私の予想外の行動に呆気にとられている前川を置き去りにして、私は何とかコマンド「逃げる」を成功させた。
息を切らせながら、待たせていた車に飛び乗りそこで私の力は尽きて、シートベルトもせずに倒れこんだ。
■ □ ■
元旦。
三学期って何だよ、三学期って。結局私はいつも先延ばしにするばかりで、何も解決していない。――ああ、もうどうしよう。
……ということは一先ず記憶の隅に葬り去って、元旦。それは多くの子供たちにとってボーナスデイである。
お年玉という名の臨時ボーナスをもらいフィーバータイムへれっつごー! 貰ったお年玉で何を買おうかしら? ゲーム、漫画、そうそう欲しい服もあった。でも、やっぱりお菓子かなぁ……などという、トキメキと光に満ち溢れた日。――――その素晴らしき光景はそ道脇家本邸にあるこの襖を越えた先にある。
前の子が退室して彼此十分になる。
こういうのは、時が経つほど、厄介になる。そう、自分でもわかっているのだけれど、どうしても足が凍り付いたように動かなかった。
相手には、私がずっとここにいることはバレているに違いない。また、襖から冷気が……。
「……はぁ」
憂鬱だけど、仕方がない。
握りしめた紙を見つめてから、覚悟を決めて、襖を開いた。
■ □ ■
多大なる疲労と引き換えに手にしたお年玉が入った袋を持った私が歩いていると、息を切らせた淳お兄様に出会った。
「ごめん楓!少し隠れさせて」
そういって淳お兄様は、私の近くにあった箪笥と壁の隙間に隠れた。かなり狭い隙間だが、それでも隙間に入れる淳お兄様の柔軟性はすごいと思う。ただその箪笥は淳お兄様の慎重より少し小さく、私よりももっと色素の薄い金に近い茶色の髪が少し見えてしまっていた。やっぱり、狭すぎて屈むだけの余裕はないらしい。
淳お兄様が隠れたあとからかすかに聞こえた足音から、状況を把握した。
箪笥の方へ目がいかないように、箪笥の反対側に立ち、その足音が近づくのをまった。
予想通り、現れたのは道脇家の分家の中原家長女の彼女だった。
「あら、楓さん淳さんを見なかったかしら?」
「撫子さん、淳お兄様なら庭に行くとおっしゃってましたよ」
「あら、そうありがとう」
そういうと彼女は庭の方角へ体をむけた。よかったなんとか誤魔化せたようだ。そう思ったのも束の間、彼女は振り返った。
「ところで、楓さん。あなた、成績に『もう少し』があったようね」
彼女は私が持っているお年玉袋をみてに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「そう。ちなみにわたくしはもう少しは一つも無かったわ」
そういって彼女が私に見せたのは、私のものより数段豪華なお年玉袋だった。
――さて、ここで道脇家お年玉制度を説明しよう!
分家の人間も含め元旦には道脇家前当主である、道脇茂雄に挨拶をすることが掟となっている。私が先ほどしていたのも祖父への挨拶であり、ちなみにお年玉を貰うには、挨拶は一対一で行わなくてはならず、同行者は不許可となっている。
幼稚園を卒業するまでは、挨拶ができたものは年齢に応じて無事定額が貰える。平等だ素晴らしい。
問題は、小学校に上がってからだ。小学校に上がると、挨拶の際に成績表をもっていかなければならない。その成績によってお年玉のもらえる金額が変わるのだ。
私が通っている鳳海学園とその周辺の学園は成績評価を、よくできる、できる、もう少しの三段階評価を用いており、彼女が言っているのはそのことだった。
ちなみに、私がも「もう少し」をとったのは、やっぱり音楽だった。
氷の帝王と恐れられている父と祖父は顔がよくにているが、年をとっているぶん祖父のほうが恐ろしい。
祖父に新年の挨拶をし、成績表を見せるとやはり音楽が「もう少し」のところ眼光が余計鋭くなった。
祖父の前で挨拶を頑張ったのだから、成績に関わらず全員同じ金額を貰っていいはずだ。誰にだって得意不得意はある。それは個性であり、このような成績表一つでお年玉を決めるのは如何なものか。
そう主張したかったが、当然そんな勇気はないので心の中に留めた。祖父の次は父が引き継ぎ、その次に
淳お兄様に役目が引き継がれるのだろうが、ぜひとも淳お兄様に制度の改革を頑張ってほしい。
「そうですか、それはよかったですね」
「道脇の血を引き、いずれは道脇の姓に戻るものとして当然のことです」
そういって彼女はふ、と頬笑んだ後、今度こそ立ち去るのかと思いきや、またもや振り返った。
「いえ、貴方には関係のないことね。だって兄と妹は結婚できないでしょう?」
そう言って今度こそ満足したのか、彼女は庭のほうへと向かっていった。
これと似たようなやりとりを他の分家の子と何回かして、ようやく淳お兄様は箪笥と壁の隙間から抜け出すことができた。
「……もう大丈夫ですよ、淳お兄様。お疲れ様です」
ここまででわかってもらえたと思うが、これも挨拶と同じく、毎年恒例のドキドキ☆恋の鞘当て~冬の陣~である。
ただでさえ恐ろしい祖父に道脇家次期当主として会うことに加えて、毎年これにまき込まれるのだから、その心労は大きなものだろう。
「ありがとう、楓のおかげで見つからずにすんだよ」
淳お兄様はお礼にと金平糖をくれた。カラフルで甘い金平糖は少しだけささくれだった心を癒した。
「それにしても、僕はよく聞こえなかったんだけど、でも、楓何か失礼なこととか言われなかった?大丈夫?」
「何も言われてませんよ、大丈夫です」
あえて言われた内容を淳お兄様に伝えることもないだろう。
――それにしても、本当に鞘当てすべきなのは私ではなく姉だろうに。全員が会う人全員にしているのかもしれないけれど、見当違いもいいところだ。
また陰鬱な気分になってしまうと、心の隅に追いやっていたはずの前川の件まで思い出してしまった。
「ところで、淳お兄様、質問があるのですがいいですか?」
「もちろんだよ。どうしたの」
私が前川の兄である一樹様とどのようにして友達になったのかと聞くと淳お兄様は困ったように頬をかいた。
「これじゃあ答えにならないかも知れないけれど、なんとなく、かな。……それにしても何か悩みでもあるの?」
心配そうに見つめる淳お兄様には悪いけれど、なんと説明したらいいかわからず押し黙った私に、淳お兄様は微笑んだ。
「ねぇ、楓。久しぶりに一緒に出掛けない?」