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私はそこではっと目を覚まし、胸を撫で下ろした。
なぁんだ!夢だったんだ安心したぁ。前川にお手玉をぶつけるなんて夢とはいえ私ってばうっかりさん!
と、いうことを一瞬期待したが、勿論そんなはずはなく、これは現実だった。
「ま、まえまえまえまえまえ――前川様!!!!!!」
私が前川にお手玉をぶつけてから皆の視線が私たちにあつまり、玉入れは一時休戦状態になっていた。一先ず、何度もすみませんとごめんなさいを連呼しながら私は瞬時に前川を担ぎ上げ、救護係のテントのほうへ向かう。ちなみに前川のいた場所から救護係のテントまで距離にして300メートルはあったと思うが、その間放送係が流していたのは、「クシコス・ポスト」だった。後日、放送係の先輩にまた、君のおかげで盛り上がったよ最高だった!! と言われてしまったが、覚えてろよ!
医師ーー基本放任主義の学校だが、お金持ちのお坊ちゃんお嬢様に万が一があってはいけないので、救護係のテントに控えていたーーの見立てでは、前川の怪我はタンコブができたぐらいで問題はないだろう。ただ、痛みが続くようなら、詳しく検査を方がいいかもしれない、というものだった。
そのことを聞いて私は、今度こそ胸を撫で下ろした。まだ完全に安心はできないが、頭の怪我は馬鹿にならないし、大事に至らなくてよかった。
救護係のテントで処置を受けている間、私は再びすみませんと申し訳ありませんと、決してわざとではないんです、を繰り返したが、前川は痛いとも、私に文句を言うこともなく無言だった。
しかし、処置が終わり、一年生のテントに向かう途中おもむろに前川は指を2本立てた。
「な、なん本に見えますか!?」
まさか3本に見えているのだろうかと私が焦っていると前川は睨んだ。どうやら、そういうことではないらしい。
「まさか、指に痺れが……!?」
指先に痺れがでてるなんてかなり重症じゃないか!!
「き、救護係のテントにまたお連れしますね!!もう一度先生に見ていただきましょう!!!」
無言だったのは、言葉も喋れないほどやばかったということなのでは!?前川を再び担ぎ上げようとすると、深いため息と共に担ぎ上げようとした腕をつかまれた。
「……クマ、二個」
短く単語だけで伝えられたそれではっとした。つまり、前川はクマ男くん二匹でチャラにするということが言いたかったらしい。そうか、もう処置と診察を受けている間に玉入れが終わり、今は目玉でありトリである騎馬戦の真っただ中ではあるがどこで誰が聞いているかもわからない。前川が可愛いもの好きなことは本人にとってはトップシークレットなのだった。
「もちろん喜んで!私にできることならなんでもさせて頂きます!むしろ三個で!!」
私が強く頷くと、前川は一瞬顔をニヤけさせた後、ふい、と横を向いた。
「……ならいい」
よかったー!本当に良かった!!
前川にお許しを頂いたし、もう大丈夫だろう。この件はこれで解決だ!
――なんて、思っていた私は馬鹿だった。
■ □ ■
前川と私の騒動は幸いなことに一週間で消え失せた。運動会の三週間後には、文化祭が控えていたからそのおかげて消え失せたと信じたい。文化祭はほぼ文化祭実行委員が取り仕切り、また私たちは一年生なので、ただ先輩方のステージを楽しんだだけで、文化祭は終わった。
だがしかし。四年生からは、合唱、合唱、合唱と、クラスやクラブ活動(これも四年生から始まる)とは別に、絶対にクラスで合唱をしなくてはならないらしい。そして、四年生から六年生までのクラスの中で一番上手だったクラスにはトロフィーが授与されてた。
非常に由々しき事態である。
合唱を通じて、クラスの結束力を深めようという、スローガンは大変素晴らしいものだと思う。ええ、とても。やるからには全力で、と学年に関係なく、みんな真面目に歌っているのも素晴らしいと思う。
問題はトロフィーだ。順位などつけなくてもいいじゃないか。一生懸命頑張ったのだから、みんな一位でみんないい、と思う。……はっきり言おう。私は、音痴だ。
音楽の授業は同じクラスの子たちに音痴だとバレないように、小声という名のほぼ口パクで歌っている。
それでも時折音程をほんの少し間違えたときに、教室は微妙な空気になる。その度に私の隣の男の子が疑われていて、大変申し訳ない。一年が終わるころには、必ず菓子折りを送るから!
だけど、なんだか最近、ピアノを弾いているはずの音楽の先生から、生暖かい目線を感じるのだ。私が音を外すたびに目があっている気がする。そして、
一応、私もピアノを習っているのだが、褒めて伸ばすタイプのピアノの先生も、最近は褒めるネタが尽きたようで、私のレッスンをするたびに、どうにかこうにか捻り出そうとして頭を悩ませているのも、申し訳ない。
やはり、父と母に言って辞めさせてもらおう。個人には適正というものがあると思うし、ピアノのレッスンにもお金がかかる。問題は、どう話を切り出すかだ。
運動会ではかなりやらかしてしまったし、文化祭ではほぼ見ているだけだったので、そんなことを考えているうちに友達がゼロだというとこ以外は後は平穏に二学期は終わ……らなかった。
二学期最後の日、今日は私が前川に例の物を渡す日だ。文化祭が運動会のすぐ近く(特になにもしてないが執行部として話し合いには参加しなければならなかった)ということと、前よりも豪華に仕上げるという条件で、今日まで待ってもらったのだ。
放課後、美紀ちゃんや遼子ちゃんと惜しみつつ別れを告げ、前川との約束の場所に向かった。
前川にラッピングしたクマを差し出すと、前川は無言で受け取り、中を確認するとよほど気に入ったのか口許を緩ませた。
「……」
無言が気まずいので、おきに召して頂けたら帰ってもいいだろうか。なんとなく、勝手には帰りづらく、かといってかれこれ5分はニヤニヤしている前川に話しかけるのも気がひける。
どうしたらいいんだ。私が現実逃避に羊を数えはじめ、250匹を超えたところで、前川は表情をいつもの不機嫌そうなものに戻し、沈黙をやぶった。
「――そういえば、何でもすると言ってたよな?」
「…………………………はい?」
嫌な、予感がする。第一もうこの件はたった今クマで解決したのではなかったのか……?本人も気に入っていたみたいだし。
――一体何を要求するのだろう?クマの数を増やせとか?いや、まあそれは怪我をさせたのはこちらだし、今渡したのと同じくらい豪華な物をといわれると骨はおれるけど、無理ではない。タンコブだけですんだはずだ が、実はかなり重症で慰謝料を請求するとか?
しかし、前川の言葉は私の予想をはるかに上回っていた。
「俺の、友人にならないか?」
「………………………………は?」