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今日は、例の児童会執行部に任命される日だ。
「……生徒会室の場所は、わかるわよね?」
姉に怪訝そうな顔をされたが、それぐらい知っている。
「もちろん、知っております」
――私にとっての問題は、児童会室の場所ではない。姉さんがいるのかどうかだった。
もし、仮に姉さんだったとしたら。私は一体、どうしたいのだろう。
放課後なんてこなければいいのに、と思っても時間は止まってくれない。そういう時ほど、早く過ぎるのはお約束で、普段よりも授業が終わるのはあっという間に感じた。
「楓様!」
「何でしょうか?」
仕方ないな、と溜息をつきながら、教室をでようとすると、美紀ちゃんと遼子ちゃんに引き留められた。
「今から、児童会室にいかれるのですよね?」
「ええ。そうですが……」
二人には、隠す理由も見つからなかったため、執行部に入ることを話している。でも、それがどうしたというのだろう。二人は、なぜか少し焦ったような顔をしていた。
「お一人で、ですか?」
「その予定です」
前川と赤田も招待状をもらっているのだろうが、あの二人と一緒に行くつもりはない。
「ええと、その、私たちもご一緒してもよろしいでしょうか?」
「? それはもちろん構いませんよ」
夏季休暇にあったパーティには二人ともいなかったはずだから、児童会室に別の用事があるのかもしれない。それに、二人と一緒にいく方が、落ち着く。おかしなことを口走らないようにするためにも、そうしたほうがいいだろう。
そうなれば、特に私が断る理由などあるはずもなく、大きく頷いた。
しかし、二人は児童会室の前につくと、
「では楓様、ごきげんよう」
と、帰ってしまった。
「ごきげんよう……?」
任務達成しましたね!ええ、もう反対方向の家庭科室に行きかけていたときはどうしようかと思いました……! 廊下を戻っていく二人から、嬉しそうな声が聞こえた。何の話かはわからないけれど、本当に二人は仲が良くて、羨ましい。
それにしても、二人は結局何が目的だったのだろう? もしかして、私が緊張していると思って一緒についてきてくれた……、というのは自意識過剰だろうか。でも、そうだったら、嬉しい。
と、現実逃避はここまでにして。
意を決して、児童会室の扉を開いた。
■ □ ■
結論から言うと、児童会室に姉さんはいなかった。
聞いた話によると、夏季休暇に行われた親睦会とは、鳳海学園の生徒会だけでなく、近隣の児童会を含めた親睦会だったらしい。だから、あんなに人が多かったのか。ほっとすると同時に一気に疲れた。
児童会室では任命式のようなものが行われた。赤田、前川、私の順で名前が呼ばれ、任命書……ではなく、黄色い薔薇を象ったバッチを姉から受け取った。その間、先輩方が拍手をしてくれて、声をかけてくれたのだけど、
「貴方が楓さんね。女子は少ないから、とても嬉しいわ」
とボブのお姉さんにとびきりの笑顔で言われて、思わず頬が緩みかけたが、大魔王様に、ギッと睨まれたので、慌てて引き締めた。
執行部の一員になった人は、名札の横につけるそうだ。よく見ると、姉は赤い薔薇のものを、メガネ先輩は青い薔薇のものをつけていた。
こうしてみると、本当に夏のパーティで前川に睨まれたのも頷ける。
……もう少し、周りに目を向けるように気をつけよう。
私たち三人がバッチを受けとったあとは、皆それぞれ自分の名前プレートが書かれている席に着いた。席には、ティーカップが置かれており、どこからともなく表れた給仕の人が紅茶を注いでくれた。さすが、鳳海学園といったところか。
「今回は一年生の三人は初めての集まりですし、交流を深める会にしたいのは山々なのですが、運動会が迫っているので、それはまた後日にするとして。役割を決めましょう」
鳳海学園の初等科では運動会、文化祭などの行事は、児童会執行部とは別に、運動会なら運動会実行委員会、文化祭なら、文化祭実行委員会が設けられていて、それを中心として行うのが通例だ。上級生になれば、実行委員じゃなくても、何かしらの係をしなければならない。そして、その中でも運動会では演技進行係という係があり、そこには運動会実行委員と、児童会執行部、そして上級生のクラスから(実行委員と執行部役員を除く)各二名で構成されるそうだ。
演技進行係は具体的に何をするのかというと、徒競走のときに等旗を運んだり、ゴールテープをもったり、各演技で生徒たちが入退場するとき笛を吹きながら誘導したりするらしい。
私たち一年生は、簡単なもののほうがいいだろうと、四年生と一緒に三年生の借り物競争の等旗を運ぶ係になった。
「いい? 楓ちゃんは等旗持って、ついていくのよ」
「その順位の方を旗のところまで誘導する仕事は……」
「しなくていいわ。あなたはとにかく、旗もって、ついていって、倒れないように支えておくのよ。それで、終わったらついていく」
わかった? と迫力のある笑みで姉に念を押されたのでこくこくと頷いた。
なぜ私だけ……、と思いつつ、ちらりと周りを見渡すと、前川、赤田は例外として、皆うっとりした顔で姉を見ていた。男子生徒たちはわかるけど、他の女子生徒たち――ボブのお姉さん!! あなたまで!?
姉のハーレム要員は、男子生徒だけでなかったとは驚きだ。
徒競走のピストルを撃つ役をやって見たかったけれど、あれは先生方の監督のもと上級生がする仕事らしい。残念。上級生になったら、絶対やろう。
その後私たちは下級生だからか、グランドに出て、動きだけ確認して終わった。実際に持ってみたけれど、等旗は軽いので問題なさそうだ。姉は会長なので、私たちにもう帰っても大丈夫だと指示を出した後も残っていた。あなたも下級生だろ……ということについては、もう何も言うまい。
■ □ ■
あれから何度か執行部の集まりがあった。いくら鳳海学園は年齢の割に大人びている生徒が多いとはいえ、小学生だ。先生たちは、学園の理念がそもそも生徒の自主性を重んじるという名の、放任主義なので、節度をちゃんと守ってさえいれば、怒られないし、反対に必要以上に手助けしてくれない。それでも、大体は決まっているので、そこまで大きな問題はないのだけれど、やっぱりそれでも不安は残る。そこで、中等科や高等科の生徒会の先輩方が何度か、初等科の生徒会室まで足を運んでくれてアドバイスをしてくれた。
中等科や高等科になると、行事の自由度があがる分いろいろと大変そうで初等科に比べると、もう一週間以上余裕があるはずなのに、どの先輩方も疲労が見えた。爽やかに質問に答えていた先輩が、急にフラッと倒れてしまい、保健室に運ばれていったことも少なくない。私は、それを見て絶対に中学生になったら役員にはならないと心に誓った。
そして、ついに運動会当日。
校長先生や、来賓の方々の有り難いお言葉を頂き、準備運動をした後は一年生の徒競走に移る。指示に従って、スタート地点まで移動した。
私が等旗係をしなければならない三年生の借り物競争まで、まだ三つのプログラムがあるので、走った後少し休憩しても余裕がありそうだ。
そういえば、鳳海学園の運動会では、関係者を何人か呼んでもいいことになっているのだけど、道脇家からは誰が来たのだろう。確か、父や母は来られないといっていた。代わりに、誰がくるか言っていたような気もするけれど、聞き流していたため、覚えていない。
ふと、運動場のトラックから、観客席に視線を向けると、遠く離れているため、はっきりと見えないけれど、何だか知り合いに似ている人が。いやいや、まさかそんなはずないって。
しかし、ひらひらと手を振られてしまった。
「!!」
私は、急いで視線を元に戻した。
大丈夫、今見えたのは幻覚だ。淳お兄様が、鳳海学園にいるはずないじゃないか。妙に受付が騒がしかったな、なんてことも考えてはいけない!
それも全て幻聴だ!!
客席側から視線を感じても全力で見ないふりをしつつ――何はともあれ運動会だ。二学期に数ある行事の中でも運動会は別格だ。それまでクラスで目立っていなかった子が、運動会で大活躍しヒーローになるというのは、よくある話だ。
私が現在の友達と呼べる子……というか、一番友達と呼べそうなポジションに近いのは美紀ちゃんと遼子ちゃんだ。他にも取り巻きの子もいるけれど、その人たちは後々仲良くなっていくとして。
ぜひとも、あの二人との関係を友達……? という微妙な関係から、友達にまでランクアップ。そして、欲を言えば、心の中だけじゃなくて実際に美紀ちゃん、遼子ちゃんと呼びたいし、ゆくゆくは親友に……! というのは望みすぎかもしれないけれども、少なくとも友達になりたい。
二学期になって改めて周りを見渡すと、友達がいないのは私だけだということに気付いた。
なんてことだ! あの目つきが最悪な前川でさえ、赤田という友人がいるというのに!
というわけで、運動会で活躍できた暁には、美紀ちゃんと遼子ちゃんに私と友達になってくれないかと申し込むつもりだ。
そして、二人とキャッキャウフフな珊瑚色スクールライフを……!!
「ふふふふふ」
そんな私の妄想が漏れていたのか、一緒に走ることになる子たちが、普段よりも一層私を遠巻きに見ていた。目が合うと、ササッとそらされる。大丈夫、大丈夫。この運動会が終わったら、彼女たちとも友達になれているかもしれないじゃないか。
あれ、おかしいな、心の汗が……。私は、ポケットにいれたハンカチでそっと目元を拭った。怪我をした子にそっと差し出すために、ハンカチ二枚、ポケットティッシュ三個、絆創膏も体操服のポケットに入れている。先程カバンの中を探してみると、消毒液が見当たらなかった。今朝、入れたはずなんだけどな。
ハンカチやティッシュが走っている間に、落ちないかちょっと心配だけど、押し込んでいるから大丈夫だろう。
怪我をした子に、絆創膏を貼ってあげる様子を想像してみた。
そして、そこから芽生える友情!
「ふふふふふふふふふふ」
皆に怪我がないのが一番だけど、怪我から始まる友情だってあるかもしれないじゃないか!
順番を待っている間に妄想しているうちに、前の子たちが走り終わり、ついに私たちの番になった。スタートラインにたってちらりと横を見てみると、一年生の徒競走のピストル係は、あのボブの笑顔がまぶしい先輩だった。その先輩に加え淳お兄様人もいるし、なおさら、失敗するわけにはいかない。
「位置について」
あの時は、気付かなかったけれど、声もきれいだ。
「よーい」
やっぱりあのとき、名前聞いておけばよかったな。
「ドン」
という言葉とともに、ピストルの音がパアァンと鳴った。
まずい! 声に気を取られて、スタートが出遅れてしまった。一年生が走るのはトラックの半周だけだ。急いで挽回しないと――。
焦った私は、足をもつれさせ
「え、ちょ、」
顔面から、転んだ。




