1
それは私が四歳だったころ――……私の中に転がり落ちてきた。それはいわゆる前世の記憶とか言うヤツ。
なんて馬鹿らしい。私は前世の時からそういうオカルトの類は全く信じていなかった。そんなに言うなら、見せて見ろよ。そんな態度だったのがいけなかったのかもしれない。
そんな私を嘲笑うように、記憶は流れ込んできた。
確か、好物のクッキーにかじりついている時だったように思う。
記憶が、心が一気になだれ込んできた。私と同じ性格の違う人生に進んだ自分。その結末は──思い出せない。でも、大抵の記憶は残っている。
それがあってから一週間、私は寝込んだ。現世の自分と前世の自分の違いがどうだとか、そういうことではない。寧ろ、私は私だった。少々落胆を覚えずにはいられないくらいに変わらない。
私は前世の記憶と、そういうものを信じないと決めた自分とをどう折り合いをつけようかと考えていたからだ。前世の記憶があろうとも、体は四歳だ。四歳の頭では、容量を少々オーバーしてしまったらしい。
結局私は、前世のことの夢にしては鮮明すぎるし、病院――気がおかしくなった可能性も考慮して両親に精神科に連れて行ってもらった――も、正常と言う判断だった。
自分のことは、自分が一番分かっている。信じがたいが、完全に否定できる理由を私は持ち合わせていなかった。よってその理由が見つかるまでは、信じる。最終的にそういう結論に至った。
前世の記憶で何が役立ったかと言うと、大して役に立たなかった。もっと便利なものかと思ったがそうでもないらしい。今も昔も平均並みしかない頭だ。
平均だとしても、記憶があることで勉強なんかでは、周りの子たちを出しぬけるのではないかと期待したが、だめだった。さぼり癖のあった私の脳では知識が定着しなかったらしい。唯一影響があったとしたら、年よりも大人びた雰囲気を醸し出したことくらいか。
そう思っていた。
――今日までは。
今日、私は母に連れられてとある学園の前に来ていた。入学試験にも受かり、私があと数カ月で入学することになる鳳海学園だ。今日は、その説明会に参加するために来たのだ。入学試験は、別の場所で行われたので、ここに来るのは初めてになる。だから、気が付かなかった。
「……あ」
吐き気がした。それと同時に耳鳴りも。
――うそ ウソ 嘘
「……はは」
前世で一度も訪れたことがない場所のはずなのに、何度も感じたデジャヴ。おかしいと思っていた。でも、その度に気のせいだと言い聞かせてきたが、それはどうやら間違いだったらしい。
どうも、前世から私の運は悪いらしい。
鳳海学園という名と、この豪華すぎる学園の見た目でわかってしまった。
この世界は、前世で私がはまっていた漫画『長女のキミ』の世界らしい。
それも、私のポジションは悪役だ。
前世の天気予報で良くあったあのパターン。
○○県、△△県と来て、一つ飛ばして、××県。
間の県は飛ばされる。
この『長女のキミ』は人気で世界観が同じ二つの物語がある。一つはその名の通り、長女目線のものと、もう一つは『三女の彼女』という三女目線のものだ。
現世の私には姉と妹がいる。
私は、二番目。
次女は主役になれない。
それどころか、長女が主役のものにも、三女が主役のものにも、どちらも悪役としてしか描かれていない。
美人な姉に可愛い妹。
その間に挟まれた次女は、美人でも可愛くもない。
そんな二人に次女は嫉妬する。
どちらのルートだとしても、ザ☆破滅。
ちなみに、あの二人はどちらに進んでもいい印象を受けるように描かれていた。
なんたる理不尽。
でも、今気づけて良かった。不幸中の幸いだ。すでに、両親たちから注がれる愛情に差が出始めている。
不満がないわけではない。でも、当然のことだ。姉は品があり、妹は――少しやんちゃ。私はどこにでもいる普通の子、よりも大人しいといったところか。
別に大人しいわけではない。思うところはあっても、行動に移すのが面倒なだけだ。
一年早くこの学園に入学した姉や、私の二年後に入学する妹。
今更入学を辞退することはできそうにないから、この学園に入学することはもう避けられそうにない。
それは、仕方ない。諦めよう。
大丈夫だ、私はまだ六歳。
これから先で上手く立ち回ることができれば、最悪の状況は回避できるはず。
最悪なのは、自殺か。姉ルートではその後の次女がどうなったのか詳しく書かれていなかったが、妹ルートで明らかになった。
私は、絶対に死なない。
「……楓ちゃん、具合でも悪いの?」
ずっと動こうとしない私のことを、心配するように母が覗き込んだ。
「いえ、大丈夫です」
私が首をふると、そう、と呟いた。
決めた。姉や妹には出来るだけ関わらない。姉や妹にとにかく無関心になる。
二人に嫉妬することもないはずだ。
二人を気にするあまり、漫画で次女は死んだ。
ならば、気にしなければいい。
私の覚えている知識でも、役に立った。この後のストーリーを知っているのは、きっと大きな力になってくれる。
あの人たちに振り回される暇があったら、生きていくうえで大切なことを身に付けることにしよう。