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Sailor's Act  作者: 里崎
3/3

後編 \\ Unarmed

ランプの薄明かりに照らされた、壁一面の計器類。

その前を、人影が一つ、俊敏に通り過ぎた。


無数のダクトやら配線やらがひしめく狭い廊下を、勝手知ったる家のように駆け抜けて、少女はハッチから甲板に飛び出す。


「うわっ」


ちょうど艦内に入ろうとしていた数人が驚いて大きくのけぞった。


振り返った少女が、彼らを挑発するべく布の下から片腕を出したところで--

不意に、ぎくりと動きを止めた。


直後。

頭上の主砲が、火を吹いた。


轟音をともなって甲板の上を横切る砲弾。

とたんに降ってくる熱風。


立て続けに数発が放たれる。


「敵影--」


布の下、その顔から笑みを消した少女は、素早く射撃方向を振り向いた。


周囲にたちこめる白い爆煙は、すぐに潮風に押し流されて、視界が開ける。

数キロ先の南西の海面に上がる、巨大な、いくつもの水柱。


海上を見やる少女。

その遙か上、艦橋の上にたたずむ青年が、少女の背に静かに黒い銃筒を向ける。合金製のシャーシが、真上からの日差しに銀光を放つ。


右隣にいた同僚がぎょっとなる。


『お前ソレ実弾……!』


「大丈夫」


咎める声も、自身の返答をも掻き消して、数発の銃声。


青年に背を向けたまま、少女はタイミング良く、左に大きく飛び退く。

彼女がまとう布の端に、二発が当たる。


「おっ、と」


防弾製の布は貫通することなく、だが予想外の強い衝撃に下方へと引っ張られた。

少女の身体から、はらりと布が滑り落ちる。


その下から現れたのは、胸元と背中の大きく開いた、黒のロングドレス。

ゆるやかな曲線を描く肢体。深いスリットからのぞく、艶めかしい白い足。


彼女の背後にあるのは、ひたすらに凪いだ、穏やかな海。


敵影は、ない。


戦艦にたたずむ謎の金髪美女--

あまりに現実離れしたその光景に、何人かの思考が固まる。


黒いスカートと金糸のような長い髪を潮風になびかせ、少女は艦橋を見上げた。

薄く煙を上げる実銃を下ろし、ペイント弾入りのライフル銃に持ち替えた青年と、目が合う。


とん、と少女が地を蹴った。同時、青年の指が引き金を引く。


次々と青い点で塗りつぶされていく甲板の、その隙間を縫うように駆け抜けると、少女は右舷側の通路に姿を消す。それを追って青年が立ち上がる。青年の周囲で一連のなりゆきを呆然と見ていた同部隊の軍人たちは、そこでようやくハッとなり、慌てて青年を追う。

青年は、仲間とともに、右舷通路に銃口を向けた。


階下の少女は、まっすぐ頭上を見ながら階段(ラッタル)を駆け上がってくるところで。


ひゅう、と得意げな口笛は、青年の左隣にしゃがみこむスキンヘッドの男から。


無数の乾いた発砲音。狭い銀色の階段(ラッタル)を、青色が染め上げる。

彼らの足元に、ばらばらと空薬莢が散らばる。


勝利を確信していたらしい誰かの、驚きの声が、青年のすぐ右から聞こえた。


かつん、と軽い金属音。

細い欄干の上に平然と立つ、黒いピンヒール。


変わらず黒一色のワンピースと白い肌の少女の身体には、一点の青さえも付いていなかった。

にんまりと笑って、そのまま欄干を(・・・)駆け上がってくる。


『は、はあああ!?』


頓狂な声を上げたスキンヘッドの男が、激しく動揺したまま、慌てて引き金を引く。

少女が跳び退いた欄干に、直後、青い点がいくつも描かれる。


少女の右手が窓枠をつかみ、かと思うと直後にその手を離し、飛び出している配管に足を引っかけ、大きく右に跳び、次に身体をひねって進路を鋭角に変える。

細いヒールが、欄干の上を楽しげに滑る。


「く」


近づいてくる標的。にも関わらず定まらない照準に、うめく青年の声。右の頬を流れる一筋の汗。


青年の視界から少女の姿がふっと掻き消え、


と思いきや直後、青年のすぐ目の前に、足。

漆黒のピンヒールをはいた足の甲が、引っかけるようにしてライフル銃を奪う。


反対の足が青年の首筋を狙って振り抜かれ--すんでのところで空を切る。

青年の頭から飛ばされた制帽が遠くの海面に落ち、すぐさま波にのまれて消えた。


身軽に受け身をとった少女は、アンテナの台座の影に飛び込んで身を隠し、


「……あれ?」


横列に並んで銃を構える彼らの顔ぶれの中に、なぜか青年の姿がないことに気づいて、首を傾げる。


少女の碧眼が周囲を滑る。青年のいた場所の近くの支柱にひっかけられたカラビナと、その先から伸びる降下(リペリング)用のロープを見つけ、「ふぅん?」と目を輝かせた。


青年から奪ったライフルで応戦しつつ、台座の影から飛び込んできたスキンヘッドの男に一瞬で肉薄し--ほとんど剥き出しの、豊満な胸をぐいと押し付ける。思わず息をのむ男。その胸部に青い点を刻んでから、少女はくるりと身をひるがえす。

安全柵をハードル競技のように飛び越えて。

片手にライフルを持ったまま、ひょいと、左舷側に飛び降りた。

金髪をなびかせて自由落下した少女は、周囲の動揺をよそに、ひざを深く曲げて危なげない着地。


肩や背中をペイント弾の青色で染め、通路に座り込んでいた者たちが、慌てて逃げていく。


ゆっくりと立ち上がる少女の前。

かつん、と軍靴が鳴った。


甲板側から現れた青年が、ひじとひざを緩く曲げ、正眼に構える。その様子を見た少女はにんまりと笑って、ライフルからぱっと手を離した。

ガシャンと音を立てて落ちたライフルを、少女の影が飛び越える。


向かいくる少女の拳をかわし、数歩さがる青年。少女はその間合いをすぐに詰め、とん、と軽く地を蹴る。

白い左足が跳ね上がる。中段への、突き上げるような蹴り。

体を横にずらし、それを右腕でいなした青年は、流れるような動きで一歩踏み込んで--


きゅ、と使い古した軍靴の靴裏が鳴る。


急に腰を落とした青年が、少女の拳をかわし、伸ばされた右腕を掴んで引き寄せる。

少女はその動作にあらがうことなく身を任せ--投げ技に持ち込もうとした青年の足払いをひょいと避け、内側に跳んだ。捕まれた腕を軸にして、青年の首筋を狙う、身軽な跳び回し蹴り。黒のロングスカートがひるがえる。

とっさに離された右手を胸元に引き寄せ、少女は着地と同時、両の拳を握り直す。

また間合いをとった青年の右の頬には、真新しい擦過傷。


唐突に始まった予想外の接近戦。

周囲は加勢も忘れてそれに見入った。


徒手戦闘アンアームドコンバットだ』


隣国の国旗を胸につけた航海士と甲板員が、柱の影に隠れながら興奮気味にささやきあう。


青年がかわした方向を読んでいたかのように、その位置に一歩早く回り込んだ少女が、にっこりと笑う。白い足が伸びるように振り抜かれて--鮮やかな回し蹴り。

とっさに身をのけぞらせる青年。かろうじて避けつつも、わずかにバランスを崩し--


少女の碧眼がすっと細まる。

足払いをかけた少女が大きく踏み込む。その小さな右膝が、青年の腹部にモロに入った。


「……っ」


息を詰める青年の身体が、衝撃で後方へと滑る。がしゃん、と、欄干と背中の弾帯がぶつかる金属音。喉元までせり上がってくる嘔吐感に、青年が顔をしかめ。


その視界に、少女の笑顔。


青年の腕を手前に引く。受け身もとれずに崩れ落ちる青年の身体を、床の上に仰向けに押し倒して、少女はその上にまたがった。安全柵の外に出た青年の手から、海に落ちそうになっている拳銃をひょいと拾い上げる。

かしゃん、と軽い装填音。青年の眉間にゼロ距離で突きつけられる黒い銃口。


黙したまま見つめ合う二人の頭上から、スピーカー越しの司令官の声が、演習終了の旨を告げた。


「惜しかったね。これ、見えてなかった」


のんびりと言う少女を見上げ、青年はひとつ咳き込んで、掠れ声。


「ご無沙汰してます」


どよめく周囲。

少女は、うん、と答えて、ひょいと片手を挙げた。


「ぐーぜんだね。トモリさんも一時帰国?」


「いえ、今は外人部隊に」


そう答えた青年が親指で示したのは、自身の着ているジャケットの胸元。縫い付けられているのは、海向こうの大陸に広がる軍事国家の、鮮やかな国旗。


「どうりで乗船名簿になかったわけだ」


納得してうなずく少女に、青年は変な顔をする。


「……正式に入隊は済ませましたが」


「名簿出してないのよ、そちらさん」


顔をしかめる青年に、いつものことだよ、と軽く答えた少女は、続いて、主砲をちらりと見て。


「砲塔に知り合いが? 機転が利くね」


「いえ、チップで」


「ああそ」


近くまで寄ってきた軍人の一人が、小銭程度で買収される主砲担当に不安そうな顔をする。


「おねーさん、ちょっと、あせっちゃったなぁ」


少女が妖艶な笑みを浮かべて言うのに、ちっともそうでないことを知っている青年は、ぬか喜びすることなく黙礼。


「ていうか年下でしたよね」と青年。


「そだけど」と少女。


スピーカーから集合の号令がかかる。

甲板に近づいてくる多くの足音。


***


ずらりと並んだ軍人たちの前。総括という名のお説教を述べ終えた白髭の下の薄い唇が、気まずそうに引き結ばれて、咳払いを一つ。


「--以上だ。解散ッ」


声を張ってそう言った彼は、いつもならすぐに踵を返して艦内の私室に引き取るはずだが、今日は一歩も動くことなく、伺うような目線をすぐ右隣の少女に向けた。まったくサイズのあっていない、真っ白な軍服のジャケットを肩に羽織った金髪の少女は、さっきから熱心にスマホをいじっている。


「ん。お話終わった?」


画面から目を離さずにそう訊く少女に、「ええ」とどもりながら答える艦長。


「いまメールしといたから。海に落ちた備品の種類と数と、あと、今日使った実弾の数」


「え」


固まる艦長の前、少女の端末から場違いな着信音が鳴る。有名男性アイドルグループの新曲。

画面に浮かぶスピーカー型のアイコンに、少女の指が触れる。


世界軍(WoLF)といえど正規申請なく軍に干渉するのは御法度だと、あれほど言っただろう』


端末から流れ出たのは、異国語で不満そうな旨を告げる、やや低めの男の声。


『やだな、また見てたの?』


少女は笑顔でそう答えて、青空を、その先に浮かんでいるであろう、とある人工衛星を見上げて。


『す、け、べ』


『……言いがかりも甚だしい』端末の向こうから、ため息。『よその兵士鍛えてやる暇があるなら、ウチの育成を手伝え。休暇に飽きたんなら戻って』


『だめだめ、私、このあと文化祭の作戦会議だし』


首を振って、肩にかけていた白い軍服を赤髪の男に返す少女。


『文化、祭?』


『うん、ガッコの。今から駅前のファミレス集合って、さっき連絡来ててさ。本番は再来月の第一週だけど、ね、見に来る?』


端末に楽しげに声を投げながら、少女は一歩ずれて、その隣にいた小太りの男に気安く笑いかけて握手を求める。やや青ざめた顔のまま握手に応じる濃紺の軍服の男。

少し離れたところに立ってその様子を眺めている司令官が、ジャケットの前を合わせて身震いを一つ。


「……本当に、彼女が味方(WoLF)で良かったと、つくづく思うよ」


正式名、世界(World)特殊(Limited)(Force)。世界中から人材を集め、いかなる国家にも類を見ない戦力を誇る軍事組織の名を、改めて恐々と呟く。


彼の口から漏れ出た息は、潮風に乗ってすぐに流された。

2018/6/3 加筆修正


*Special Thanks

 銃器協力:Ratte(ID:814881)様

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