魔術が使えない事を思い出す
私ことフラワーが住んでいるこの国は、聖バスケット王国と呼ばれる魔術を特異とする人種が住む国である。
聖王を頂点とし、その下に十魔貴族と呼ばれる聖王と血のつながりのある十の貴族が君臨し、更にその下に上級貴族と呼ばれる、貴族の中でも格上の者たちが存在する。
そうして、やっとその下に貴族が、さらにその下に下級貴族と呼ばれる者がいて、平民と呼ばれる一般国民達が…、というのがこの国の階級だった。
とは言え、階級はあまり重視はされておらず、最も重要視されているのは本人がいかに魔術を使えるかという部分である。
要は超実力社会なのだ。
平民出の者が魔術の巧みさから十魔貴族の者に気に入られ婚姻を結んだ、なんてこともあったそうだから、いかにこの国において魔術が重要かがわかるだろう。
水が欲しければ魔術で出せばいい。
寒ければ魔術で火をおこせばいい。
扉をあけてほしければ魔術であければいい。
そう、この国、魔術が使えない者のことをはなから考えていない国なのだ。
生まれつき翼があるのだから、階段はいらないよね?空飛んで二階にくればいいじゃん、というような発想の国民が10割なのである。
私は、メイドが用意をしてくれていた水差しを桶において、その場でうなだれたのだった。
そう、朝に顔を洗う水くらい、この国の者なら自分で手から出すことができる。
しかし、なぜここに水差しが用意されているのか?
それはすなわち、私が「魔術がつかえない」からに他ならない。
これが平民出であれば、確実に子供の頃に他国へ売り飛ばされたか、あるいは山に置き去りにされていただろう。
ところが、私は下級とはいえ貴族の出である。
結果、私はガーデンの家にただ一人の子供でありながら、空気のように、しかし腫れ物のように扱われる人間とかしていたのだ!
頭を抱えつつも、いつまでも寝間着姿でいるわけにもいかず、私は衣装箪笥をこじあけると中に用意されている麻でできたワンピースを手に取った。
普通の貴族であれば、専属のメイドがやってきて朝の用意は全て彼らが行ってくれるのだが、私は全てを一人で行わなければならない。
確か、6才くらいまでは専属のメイドがお手伝いをしてくれていたような記憶がある。
彼女らは常に気の毒そうな顔で私に相対し、おかわいそうに、が口癖だった。
私はきっと自分は何か粗相をしてしまっているのだ、と察して、常に萎縮し縮こまって生活を送っていた。
少なくとも、昨日まではいかに空気になって生活をするかを考えて、何事もなく日々が過ぎ行く事だけを祈って暮らしてきたように思う。
しかし、田中花子の20年を経験した私はそうは思わなくなっていた。
フラワーは10才、この世界ではそろそろ身の振り方を考える必要がある年頃である。
私が望む平均的人生を送るために必要なこと、それはこの家を円満的に出ていき、我慢をせずに暮らしていくことができる環境を手に入れることに違いない。
10才の魔術も使えない貴族の娘がいますぐ外に出るのはあまりいただけないだろう。
そこで、私は自分の人生を設計することにした。
陽の昇り具合からして、朝食が部屋に届けられるまであともう少しあるだろう。
髪を適当に編み上げながら、私は意思を強くもとうと小さく頷いたのだった。