目が覚めたらモブ貴族だった
田中花子20才、彼氏いない歴20年、都内の大学に通う女子大生である。
肌は平均的、顔立ちも普通、何かすごい特技をもつわけでもなく、趣味はアプリゲームで最近のオススメは陣取り系のリアルタイム攻城ゲーム。
リズムゲームは結構特異な方で、最も難しいエキスパートモードでも難なくクリアができたりするが、全曲フルコンボができるという程の腕前ではない。
鏡の前に映し出された私は、おおよそ私の覚えている自分ではなかった。
プラチナブロンドというのだろうか、限りなく白髪に近いが、僅かに金色の髪に、透き通るような緑の瞳。
まつ毛はマスカラやつけまつ毛を使わずとも充分な程に生えており、肌もきめ細やかで美しい。
鏡の向こうの自分は、まるで外国のお嬢様のような、憂いをたたえた美少女だった。
だが、違和感はない。
そう、私は田中花子であり、ガーデン家という貴族にうまれた娘「フラワー」でもあるのだ。
つい昨日まで、私はフラワーとして生きてきた。
貴族の娘として、当たり前のように生活を送ってきたのである。
今朝、いつものように目覚め、メイドが用意をしてくれていた水差しをもって木桶の前へと向かった。
鏡の下に置かれた簡素な木組みのサイドテーブルの上には、ちょうど木桶が腹のあたりにくるようにおかれている。
水差しをひっくり返し、木桶に水をためると私はいつものように顔を両手で洗った。
そこで、ふと田中花子だった時を思い出したのである。
確か、私はいつものようにアプリゲームのログインボーナスを受け取りながら信号待ちをしていた。
そこに、耳をつんざくようなクラクションと急ブレーキの音が鳴り響き、気がつくと私は大空に跳ね上がっていた…気がする。
体全身に受けた衝撃、手から放り出されたスマートフォン、状況を把握できないまま、私は気がつくと今こうして顔を洗っていたというわけだ。
さっぱりわけがわからないが、たぶん田中花子は死んだのだ。
そして、なんやかんやあり、転生して貴族の娘となったのだろう。
「っしゃあ!」
鏡の向こうにうつる私が、可憐な声でガッツポーズをとってみせる。
正真正銘フラワーは私だった。
田中時代は化粧を駆使してなんとかなれないかと思っていた北欧系の美少女になれたのだ!
こんなに嬉しいことはない。
人生ハードモードからイージーモードへと移行したのではないか?その時の私は、楽観的にそう考えていた。
なぜ貴族の家の一人娘が、こんな質素な部屋に住んでいるのか。
朝目覚めてから顔を洗うまで、全てを一人でこなしているのか。
着替えまで自分一人で行う理由。
その全てを思い出して、私は頭を抱えたのだった。