インフレーション
「泣くでない、弟子よ。勝負は時の運と言うではないか」
「申し訳ありません、師匠。このような不甲斐ない結果に終わってしまい……」
「準優勝……見事な結果ではないか。わしはお主という弟子を持って誇らしいぞ」
「しかし、師匠……」
「まあ、今回は相手も悪かった。まさか、あやつもこの武闘大会に参加していたとは想定外じゃった」
「師匠、チャンピオンをご存じなのですか?」
「奴の師匠とは因縁浅からぬ関係よ。しかしあの若さで『餓狼葬送拳』を体得しておるとは、たいしたものじゃ」
「『餓狼葬送拳』? 何ですかそれは。あの最後に俺がやられた、強烈な突きのことですか?」
「さよう、奴の師匠が極めた格闘術『神翔拳法』の奥義が一つよ。狼をも一撃で葬るほどの威力持つことから、そう名付けられたそうじゃ」
「俺とほとんど年齢が変わらないのに、そんな凄い技が使えるなんて」
悔しがる弟子に向かって、師匠はおもむろに言った。
「弟子よ、チャンピオンに勝ちたいか?」
「もちろんです、師匠。俺は世界最強の拳闘士になるため、師匠のもとにやって来たのですから」
「そうか。お主は、わしが今まで会ってきた中で最高の弟子じゃ。必ずやチャンピオンに勝たせてやろう」
「あの技を破る、何か策があるのですか?」
「無論じゃ。あの技は、相手の懐に入るため、かなり間合いを詰めねばならぬ。二千年の歴史を誇る我ら『竜王拳法』の奥義を以ってすれば、それを破ることは造作もない」
「師匠、俺に奥義を教えてください」
「うむ、厳しい修行になるが、ついてこられるか?」
「必ずや、成し遂げてみせます」
師匠と弟子は固い握手を交わした。
一年後。
「泣くでない、弟子よ。勝負は時の運と言うではないか」
「申し訳ありません、師匠。せっかく奥義『百裂拳』を伝授していただいたというのに、このような不甲斐ない結果に終わってしまい……」
「一秒間に百発の拳を繰り出す『百裂拳』、お主はそれを完璧に体得した。師匠として誇らしく思うぞ。しかし、チャンピオンがそれを上回る、一秒で千発の張り手を繰り出す『千手拳』をも体得していたとは、想定外じゃった」
「くそっ、俺だって厳しい修行に耐えてきたっていうのに……」
悔しがる弟子に向かって、師匠はおもむろに言った。
「弟子よ、まだチャンピオンに勝ちたいと思っておるのか?」
「もちろんです、師匠。俺は世界最強の拳闘士になりたいんです。こんなところで立ち止まっていられない。まさか師匠、あの技を破る方法があるのですか?」
「無論じゃ。お主もわかっておるように、『百裂拳』にしろ『千手拳』にしろ、上半身より下半身に大きな負担がかかる。そこが狙い目よ。三千年の歴史を誇る我ら『竜王拳法』のもう一つの奥義を以ってすれば、それを破ることは造作もない」
「師匠、二千年では?」
「愚か者め! 真の拳闘士ならば細かいことを気にしてはならぬ。己を鍛えることだけを考えるのじゃ」
「も、申し訳ありません、師匠」
「とにかく、今以上に厳しい修行になるが、ついてこられるか?」
「もちろんです」
師匠と弟子は固い握手を交わした。
更に一年後。
「泣くでない、弟子よ。勝負は時の運と言うではないか」
「申し訳ありません、師匠。奥義『地竜爆裂魂』を伝授していただいたというのに、このような不甲斐ない結果に終わってしまい……」
「大地に強烈な一撃を叩きつけ地震を引き起こす『地竜爆裂魂』、お主は血を吐くような苦行に耐えそれを完璧に会得した。師匠として誇らしく思うぞ。しかしチャンピオンが暴風を巻き起こす奥義『風神円舞』で反撃してくるとはさすがのわしも想定できなんだ。底知れぬ実力を持った奴じゃ」
「お、俺はここまでなのか。最強の拳闘士になるという夢は叶えられないのか」
悔しがる弟子に向かって、師匠はおもむろに言った。
「弟子よ、まだあきらめるのは早いぞ」
「どういうことですか、師匠! まさか、あの技に対抗する方法があるというのですか?」
「無論じゃ。確かに『風神円舞』を使われてはチャンピオンに近づくことすらできん。しかし我が弟子よ。四千年の歴史を誇る我ら『竜王拳法』の秘奥義を以ってすれば、それを破ることは造作もない」
「秘奥義? 奥義とは違うのですか?」
「何寝ぼけたことを言っておる! 奥義を体得した者のみ伝授される、門外不出、一子相伝、奥義を超えた奥義こそ、秘奥義であることを、我が弟子なら当然知っていよう」
「申し訳ありません、師匠。その秘奥義をどうか俺に教えてください」
「今以上に厳しい修行になる、全てを投げうつ覚悟はあるか?」
「もちろんです。最強の拳闘士になるためなら俺はなんだってします」
師匠と弟子は固い握手を交わした。
また一年後。
「泣くでない、弟子よ。勝負は時の運と言うではないか」
「申し訳ありません、師匠。秘奥義『超銀河流星弾』を伝授していただいたというのに、このような不甲斐ない結果に終わってしまい……」
「体内に宿る気の力を掌から放つことで遠距離から相手を攻撃する『超銀河流星弾』、お主は幾多の苦難を乗り越えそれを完璧に会得した。師匠として誇らしく思うぞ。しかし向こうがこちらを上回る気功術『花鳥雷爆斬』で応戦してくるとは想定外じゃった」
「闘技場に大穴が開くほどの威力、あいつの強さは底なしなのか。ああっ、追いかけても追いかけても離される……。これ以上、一体どうすればいいんだ」
悔しがる弟子に向かって、師匠はおもむろに言った。
「落ち込むな弟子よ。チャンピオンも所詮は人間、決して超えられぬ壁ではないぞ」
「そうでしょうか。俺、今回はさすがに自身が無くなってきました」
「何をいう。弟子よ、お主なら必ずチャンピオンに勝てる」
「師匠、では何か秘策があるというのですか?」
「無論じゃ」
「本当ですか! 俺はどんな修行だって耐えてみせます」
硬い握手を交わそうとしたとき、突然師匠の動きが止まった。
「いや待て。さすがにこの技は危険が大き過ぎる……」
「今更何故ためらうのです?」
「あれは、使用者の命を奪いかねない極めて危険な技じゃ。わしはお主を失いたくない」
「師匠の気持ちは有難いです。でも、俺はチャンピオンに勝つためなら人間だって辞める覚悟です」
「そうか、そこまで言われては師匠として応えてやらねばなるまい。よろしい、五千年の歴史を誇る我ら『竜王拳法』の究極秘奥義を伝授しよう」
「五千年? 究極秘奥義? まあいいです。とにかくその技を教えてください」
今度こそ、師匠と弟子は固い握手を交わした。
そして一年後。
「泣くでない、弟子よ」
「し、しかし、師匠。俺は、俺は……」
「空間中の量子揺らぎによる相転移エネルギーを利用して、周囲全てを吹き飛ばす『宇宙開闢膨張波』、お主は何度も命を落としかけたが、完璧にそれを会得した。師匠としてこれほど喜ばしいことはない。この技ならばあのチャンピオンさえ逃れる術はない、はずじゃった……。しかしまさか、怪しい技を使う危険人物として出場拒否をくらおうとは想定しておらなんだわ」