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2章 真田可奈(1)

 めんどい。


 放課後前のLHRで、抱いた感想がそれだった。


 面倒だという単語には行動したくない理由が詰まっている。

 疲れる。やる気が起きない。なんとなく嫌だ。働きたくない。

 なにが言いたいのかというと、昨日はやる気だったが今日はやらぬ気だということだ。


 しかし俺の信条は「一度決めたら最後までやり通す」である。周りとは違うということを証明するため、自分と交わした約束を守らない訳にはいかない。

 理屈では分かっているのだが、人のいるところに自ら突っ込んで行きたくないと、感情がそれを拒んでいる。

 委員長の号令によりクラスの奴らが帰ろうとするなか、俺は一人で自分の椅子に座っていた。いつものことだが、いつも通りじゃダメなのだ。仕事があるから、やらねばならぬのだから。

 考えること十秒。ようやく意思が固まる。よし。行こう。

 決意して通学カバンを手に持ったところで、


「遠藤孝君、いますか?」

 聞き覚えのある声が教室の前から飛んできた。と言うよりこの学校において俺が聞き覚えある声なんてそう多くない。声の方向に顔を向ける。


「遠藤? 誰それ」

「ほらあれだよ、根暗君だよ」

「あー、アイツか。隅っこでじっとしてる変な奴。で、奈々城さんアイツに何か用なの?」

「ええ、ちょっと用事が……あっ」

「あ」


 思った通り、奈々城祈がいた。と言うか目が合った。

 俺に気付いた奈々城は、こっちに向かってつかつかと歩いてくる。教室の前方から人々の間を割って歩いているので自然と周りの好奇の目が奈々城に向けられ、そして奈々城が進むにつれ徐々に俺に視線が集まる。


「あれ、奈々城さんじゃん」「ほんとだ。可愛いな」「つか奈々城さんが向かっている方、根暗君じゃね?」「マジかよ、なんでアイツに」

 奈々城が歩くたびに俺への恨み言が聞こえてくる。どうやら奈々城の知名度はそれなりに高いようだ。まああの端正な顔立ちなら無理もない。知らないのは情報が入らず、入れる気もない俺のような人間くらいだろう。

 その奈々城は俺の目の前で足を止め、笑顔で手を振った。


「こんにちは、遠藤君」

「よう。なにしに来たんだこんなトコまで」

「遠藤君を迎えに来たのよ。見て分からないかしら」

「いらねーよそんなの、一人で行ける」

「あらそう? なんとなく面倒だからという理由で来ないような気がしたのだけれど」


 察しがいいな。超能力かと疑いたくなる。

「失礼な、今から行くところだ。確かにそうは思ったけどな」

「……正直なのはいいことだけれど、自分から言う必要はないんじゃないかしら」

「別に隠すつもりもないしな。つーか迎えに来たんだろ? 行くなら行くぞ」

「そうね、そうしましょう」


 奈々城が頷いたのを見て、足腰に力を入れて立ち上がる。

 その瞬間だった。奈々城が俺の手を握り、繋いだのは。


「は?」

「さあ、行くわよ」

「ちょっと待て、この手を離

「これから忙しくなるわよ」

 こいつ聞いてねえ」


 俺の言葉を気にせず奈々城は先に進む。手が繋がれているので必然的に俺もついて行かざるを得ず、傍から見れば仲良く歩いてるようなカタチになった。

「おい、奈々城さんとアイツ、手を繋いでるぞ」「マジか! なんであんなのが!」「奈々城さん彼氏いたのか……え、アレが?」「ないわー、ホントないわー!」


 傍から見た結果がこれである。本当に仲睦まじく見えるらしい。実際はただ強制的に引っ張られているだけなのだが、見ただけじゃ分からないようだ。似合ってないように見えるのは俺と彼女じゃ釣り合うはずもないのでなにも言うまい。

 そして奈々城の耳にもこれらのセリフは聞こえているはずなのだが、一向に解かれる気配がない。馬鹿馬鹿しいとでも思っているのだろうか。まあ確かに、友好の意で手を繋いだのに恋愛沙汰であるかのように取り上げられたらそう思う気持ちも分からなくはない。俺としては、仲良くする気なんてさらさらないけどな。

 好奇の視線に晒されながら、しかし無理やり振り解くわけにもいかず、奈々城に為されるがまま俺は教室を後にする。

 ひとつ言えるのは、すべすべでやわらかい、ということだった。


 ……俺だって男だ。




 歩きに歩いて、図書館の前まで到着、先に奈々城が入室する。さすがにもう手は離されていた。ほっとした気持ちと残念な気持ちが入り混じって、なんとも微妙な心境である。女子と触れ合ったのなんて小学校低学年以来だ。二度とこういう機会はないだろうから、忘れないようにしとこう。


 俺も図書館に入る。相変わらずの閑散とした空間だ、と思いきや普段の二倍くらい人が増えている。昨日が休館だった影響だろうか。今日から仕事を始めるわけだが、いきなり忙しそうである。はあ。

 先に入った奈々城の姿を探すと、カウンターの近くで男性と話しているのが見えた。近づく。

 そこでタイミングよく男性が俺を発見した。見慣れないが、どうやら教師のようだ。


「君が今日から手伝ってくれるという遠藤か」

「はい、遠藤孝です」

「奈々城から話は聞いている。俺は図書委員の顧問の鈴本幸二(すずもとこうじ)だ。司書の役割と、三年生の数学を担当している。数学で分からないことがあったら遠慮なく聞きたまえ。よろしく」

「よろしくお願いします」


 鈴本先生が軽く頭を下げたので、こちらも下げ返す。確かに俺より上の立場だが、どこか偉そうな教師だ。容姿も黒髪オールバック銀縁眼鏡スーツにネクタイと教師らしい雰囲気を醸し出している。しかし仏頂面ではあるが、聞き給えとわざわざいう辺り優しい先生ではあるのだろう。というより生徒に甘いのではないか。図書委員の事情を聞いても動かない顧問って、この人のことだよな……


「遠藤、見ての通り今日は珍しく賑わっている」

「まあ、そうですね」

「さっそく手伝ってもらいたい。初日から大変だとは思うが頑張って欲しい。荷物はその辺に置いておけ」

「分かりました。それで、俺は何をすればいいんですか?」

 荷物をその辺と指差された机の上に降ろして訊ねる。そういえば奈々城の姿が見当たらない。どうせ何らかの仕事をしているのだろうし、奈々城がどこに行こうと俺には関係ないか。


「そうだな、まずはここにある返却済みの本を棚に戻してくれ。分類番号の見方は分かるな?」

「それくらいなら、まあ」

「なら頼む。あ、貸出はこちらのパソコンに……」


 鈴本先生が利用者に応対し始めたので、俺は返却済みの本に目を向ける。

 って、山のように溜まってるじゃねえか。一体何冊あるんだよ。

 見ているだけでやる気が削がれる。しかしやらなければ終わらない。

 やらないで終わらせる方法はないものかと考えながら、俺はしぶしぶ手を付けた。


 ……あ、そのために俺が呼ばれたのか。


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