5章 遊園地(16)
出口の暖簾を抜け、光の中へ。ああ、暑い。これが現実か。
「ふぅ、終わったわね」
「そうだな。結構長かったか」
奈々城は俺の腕を離し、ん~、と伸びる。覚えておこう。二の腕と肘辺りに残る、この感触。というか、奈々城としては俺程度に縋ってよかったのだろうか。
「やっぱりお化け屋敷って面白いわね! 何度来ても飽きないわ」
「……そうか、よかったな」
イキイキとしている表情を見る辺り、どうやらそんなことは気にしてないようだ。また、怖いものは怖いが、どうやら面白さのほうが上回るらしい。
それにしても、俺らは結構歩みが遅かったが、真田やセレナも遅いな。特に真田のあの煩わしさからすると井戸の辺りで抜かされててもおかしくないんだが。
「あ、可奈たちなんだけれど、『セレナちゃんにジャパニーズ妖怪を教えてるから遅くなるよ!』ってメール来てたわ」
なるほど、セレナはそういうの疎そうだしな。真田が詳しそうとは全く思わんが。
「可奈ってそういうのは意外と知ってるのよね。勉強は覚えてくれないのだけど」
あ、そう言われたらなんか分かるかもしれん。
「そういうわけだから、ちょっと休みましょうか」
「分かった」
近くのベンチは直射日光が刺さるので、少し離れた道から外れたところにあるベンチに座る。大きく息を吸って、小さく吐く。
昼に休んだばかりだが、結構疲れたな……。やっぱ木陰って涼しい。コーラ飲みてえ。
完全に休んだ気分になっていると、目の前にハンカチが差し出された。
「隣、失礼するわね。……遠藤君、いる?」
「いや、いい」
さっきまで空調が効いたところにいたのであまり汗はかいていない。それに、自前のハンカチくらいあるしな。まあ少しくらい汗拭いておくか、とポケットからハンカチを取り出す。
「……ちょっと、それどうしたのよ」
「は?」
俺のハンカチを見てなに言ってんだ? と思ったが、よく見れば赤黒いものが付着している。……そうだ、忘れていた。既に固まっているが、峰岸とかいう少年の血だ、これ。そんなにたくさん付いてるわけでもないのによく気付いたな。
「どこか怪我したの? ちょっと見せなさい」
「なんでもねえよ」
「いいから遠慮しないの」
「違うっての。この血は俺の血じゃない。俺はどこも怪我してない」
俺にしては丁寧に説明してやると、奈々城は困惑したようだった。
「……他人の血? なにがあったのかしら」
「大した事じゃねえよ」
「……そう。まあ、遠藤君が無事ならそれでいいけど」
話す気がないといった俺の顔を見て、奈々城は俯く。気のせいかもしれないが、どこか寂しそうだった。子供が転んでどうのこうのって説明が面倒なだけだが。信じなさそうだし。
かと思えば彼女は顔を上げ、手を出してくる。
「それならこのハンカチを使いなさい。血のついたハンカチを使うわけにもいかないでしょう」
「別にいらん、血が付いてないところを使えばいいだけだ」
「それならこのハンカチでもいいでしょう」
「誰のハンカチを使うかは俺の自由だろ」
頑なに突っぱねると、奈々城はそれ以上言葉を続けず、かといって手は引っ込めず。
「……ふふっ、あははははは」
そして急に笑い出した。な、なんだ? いきなりどうした。
「分からないの? それじゃあヒント、先々週の金曜日」
先々週の金曜、といえば……初めて奈々城と会った日。記憶に違いがなければそのはずだ。確か勉強のために学校の図書館に行って、飽きて、本を物色しに歩いて……。
「……そうか、今のやりとり、あのときの本の押し付け合いに似てるのか」
「そういうことよ。……もう2週間も経つのね」
スカートの位置を調整し、ふぅ、と小さく息を吐いて、奈々城はゆっくりとこちらを向いた。
「ねえ。遠藤君は、どうだったかしら」
「お化け屋敷か。あんま怖いと思わなかったが、やっぱり井戸のフェイントは――」
「そうじゃなくて」
言葉を途中で止められ、思わず彼女の顔を見る。こちらに問うてくるその表情は、いつになく真面目で、真剣だ。
「遊園地。楽しかった?」
「……まだ昼だろ。あと半日近くもある」
「そうね。でも、私は聞きたい」
「……そうか」
確かに火曜日、俺は言った。つまらなかったら帰ると。俺はまだ帰らず、ここにいる。つまらなくはない。つまらなくはないのだ。
だからこそ彼女は聞きたいのだろう。つまらなくはないなら、果たして楽しいのか、と。自分たちは遠藤孝を楽しませていられるのかと。
出口の暖簾を抜け、光の中へ。ああ、暑い。これが現実か。
「ふぅ、終わったわね」
「そうだな。結構長かったか」
奈々城は俺の腕を離し、ん~、と伸びる。覚えておこう。二の腕と肘辺りに残る、この感触。というか、奈々城としては俺程度に縋ってよかったのだろうか。
「やっぱりお化け屋敷って面白いわね! 何度来ても飽きないわ」
「……そうか、よかったな」
イキイキとしている表情を見る辺り、どうやらそんなことは気にしてないようだ。また、怖いものは怖いが、どうやら面白さのほうが上回るらしい。
それにしても、俺らは結構歩みが遅かったが、真田やセレナも遅いな。特に真田のあの煩わしさからすると井戸の辺りで抜かされててもおかしくないんだが。
「あ、可奈たちなんだけれど、『セレナちゃんにジャパニーズ妖怪を教えてるから遅くなるよ!』ってメール来てたわ」
なるほど、セレナはそういうの疎そうだしな。真田が詳しそうとは全く思わんが。
「可奈ってそういうのは意外と知ってるのよね。勉強は覚えてくれないのだけど」
あ、そう言われたらなんか分かるかもしれん。
「そういうわけだから、ちょっと休みましょうか」
「分かった」
近くのベンチは直射日光が刺さるので、少し離れた道から外れたところにあるベンチに座る。大きく息を吸って、小さく吐く。
昼に休んだばかりだが、結構疲れたな……。やっぱ木陰って涼しい。コーラ飲みてえ。
完全に休んだ気分になっていると、目の前にハンカチが差し出された。
「隣、失礼するわね。……遠藤君、いる?」
「いや、いい」
さっきまで空調が効いたところにいたのであまり汗はかいていない。それに、自前のハンカチくらいあるしな。まあ少しくらい汗拭いておくか、とポケットからハンカチを取り出す。
「……ちょっと、それどうしたのよ」
「は?」
俺のハンカチを見てなに言ってんだ? と思ったが、よく見れば赤黒いものが付着している。……そうだ、忘れていた。既に固まっているが、峰岸とかいう少年の血だ、これ。そんなにたくさん付いてるわけでもないのによく気付いたな。
「どこか怪我したの? ちょっと見せなさい」
「なんでもねえよ」
「いいから遠慮しないの」
「違うっての。この血は俺の血じゃない。俺はどこも怪我してない」
俺にしては丁寧に説明してやると、奈々城は困惑したようだった。
「……他人の血? なにがあったのかしら」
「大した事じゃねえよ」
「……そう。まあ、遠藤君が無事ならそれでいいけど」
話す気がないといった俺の顔を見て、奈々城は俯く。気のせいかもしれないが、どこか寂しそうだった。子供が転んでどうのこうのって説明が面倒なだけだが。信じなさそうだし。
かと思えば彼女は顔を上げ、手を出してくる。
「それならこのハンカチを使いなさい。血のついたハンカチを使うわけにもいかないでしょう」
「別にいらん、血が付いてないところを使えばいいだけだ」
「それならこのハンカチでもいいでしょう」
「誰のハンカチを使うかは俺の自由だろ」
頑なに突っぱねると、奈々城はそれ以上言葉を続けず、かといって手は引っ込めず。
「……ふふっ、あははははは」
そして急に笑い出した。な、なんだ? いきなりどうした。
「分からないの? それじゃあヒント、先々週の金曜日」
先々週の金曜、といえば……初めて奈々城と会った日。記憶に違いがなければそのはずだ。確か勉強のために学校の図書館に行って、飽きて、本を物色しに歩いて……。
「……そうか、今のやりとり、あのときの本の押し付け合いに似てるのか」
「そういうことよ。……もう2週間も経つのね」
スカートの位置を調整し、ふぅ、と小さく息を吐いて、奈々城はゆっくりとこちらを向いた。
「ねえ。遠藤君は、どうだったかしら」
「お化け屋敷か。あんま怖いと思わなかったが、やっぱり井戸のフェイントは――」
「そうじゃなくて」
言葉を途中で止められ、思わず彼女の顔を見る。こちらに問うてくるその表情は、いつになく真面目で、真剣だ。
「遊園地。楽しかった?」
「……まだ昼だろ。あと半日近くもある」
「そうね。でも、私は聞きたい」
「……そうか」
確かに火曜日、俺は言った。つまらなかったら帰ると。俺はまだ帰らず、ここにいる。つまらなくはない。つまらなくはないのだ。
だからこそ彼女は聞きたいのだろう。つまらなくはないなら、果たして楽しいのか、と。自分たちは遠藤孝を楽しませていられるのかと。
「いえ、遠藤君の言うとおりね。まだ半日あるし、あとで聞かせてもらえれば……」
「俺は」
彼女は遠慮がちに振っていた手を、ピタリと止める。俺は声を喉の奥から絞り出す。
「俺は……」
言え、俺。大した事じゃない。いつも通り、冷静に、思ったことを話せばいいのだ。
「……俺は……」
「いえ、遠藤君の言うとおりね。まだ半日あるし、あとで聞かせてもらえれば……」
「俺は」
彼女は遠慮がちに振っていた手を、ピタリと止める。俺は声を喉の奥から絞り出す。
「俺は……」
言え、俺。大した事じゃない。いつも通り、冷静に、思ったことを話せばいいのだ。
「……俺は……」




