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1章 奈々城祈(4)

「じゃなかったら来てねえよ」


 本を読むのが嫌いならわざわざこんなところには来ない。当然だろう。


「それなら、唐突な話で悪いのだけれど、手伝ってくれないかしら」

「何を。誰を。どのように? 曖昧過ぎる。俺に有益な話とも思えない。じゃあな」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、話は最後まで聞いて頂戴」


 帰ろうとした俺の前に回り込まれる。行動が早いのはいいことだが、邪魔である。力ずくで退かそうかとも考えたが、もし触れた途端にきゃー変態とでも叫ばれようものなら即退学ものだ。迂闊に手を出すわけにはいかない。うわ面倒くせえ。


「話すならさっさと話せ。聞くだけ聞いてやる。そのあと帰る」

「よくそんな正直に言えるわね……」

「適当に誤魔化そうとするほうが失礼だろ」

「それもそうだけれど」

 彼女は納得いかなそうな表情でうー、と呻く。将来的に小皺増えるぞ、その顔。若いうちだと可愛く見えるが。


「話を戻すけれど、先に行っておくわね。図書委員のこと知ってる?」

「バカにしてんのか」

 知らない奴なんているわけ無いだろうが。


「そういう意味じゃなくて、活動内容のことよ」

「図書の貸出、返却を請け負うカウンターの仕事と蔵書の整理」

「そうね。あとおすすめ図書を選んでそのポップを書いたり、書店に出向して蔵書に追加する本を選んだりするわ」

「へえ」


 聞いてみるとなかなか面倒くさい委員のようだ。平日はほぼ毎日来てる俺だが、その仕事内容について詳しくは知らなかった。特に興味ないしな。放課後が自由な帰宅部バンザイ。要はただの怠け者である。


「で、私は図書委員なのだけれど、ちょっと困ったことがあって……人手が足りないのよ」


 ……足りない? それはおかしい。

「図書委員は一クラスにつき最低一人いて一学年四クラス、少なくとも全学年で十二人だ。それだけいて足りないはずないだろ」

「そのはずなのだけれど、三年生は受験勉強という名目でサボり、二年生は部活の中心だから忙しいという名目でサボり、一年生は先輩が来ないからやらなくていいって主張でサボり、まともに活動してるのは私を含めて2、3人だけなのよ」


 サボりだらけじゃねーか。

「クズばっかりだな」

「全体の7割以上がサボりとなるとね……」


 ため息をつく。比喩ではなく頭が痛いのだろう。中三の修学旅行のあと、グループで提出するはずのレポートを俺一人で黙々と書いていた頃を思い出せばその苦悩は想像に難くない。つらくはないのだが、とても面倒だったことは覚えている。


「図書委員の顧問には言ったのかよ。で、呼んでもらえば解決だろ」

「もちろん相談したけれど、あの先生は放任主義で生徒の問題は生徒に任せてるわ」

 それは放任主義じゃなくただの怠慢だ。どうやら教師もまともではないみたいである。


「無理やり引っ張ってきたとしても、やる気のない人に任せたくないし」

「そりゃそうだ、逆に仕事が回らなくなる」

「そうなのよ。そこで貴方に手伝ってもらいたいの」

「そうか、俺もやる気ないから他を当たれ。帰るからそこどけろ」


 大体、やる義務もないというのに今さっき聞かされたばかりの話にやる気を出すはずがない。まったく、そういうことを考えてから発言してほしいものだ。


「そこをなんとかできないかしら」

「断る。帰る。寝る」

「もう少し考えて頂戴」

「しつこいな、だいたいなんで俺なんだよ。他に頼れそうな奴なんてたくさんいるだろ。友達いないのかお前」

「失礼ね、友達くらいいるわよ。いない人のほうが稀じゃない」


 お前のその発言が俺に失礼なのだが。まあ俺のことを知らないのだから仕方ないか。

 友達いらないしな、別に。


「貴方に頼んだのは、向いてそうだと思ったからよ。図書委員の仕事は読書が好きな人なら誰でもこなせるし、丁度いいんじゃないかしら」

「なるほどな、だからさっき読書好きかどうか訊いたのか」

「その通りよ。……ちゃんと聞いていたのね。てっきり適当に聞き流してるものだと」

「そうしたいんだがな」

 かつて親父に言われたことがある。文句があるときはまずしっかり人の話を聞いてから反論しなさい、と。何も言わずに全部無視して帰ってもいいんだが。


「他にも理由はあるわよ。貴方、暇でしょう?」

「おう暇だ。で、それが?」

「暇なら頼んでもいいかなと思って」

「…………かもな」


 暇な奴に仕事を押し付けることはある意味社会の常識だ。だから彼女が俺に目をつけたというのも理解できなくはない。だが納得出来ないのは何故なんだろうか? 少しだけイラつく。


「最後の理由は……えっと……」

 さっきまで普通に喋っていた彼女が口ごもる。なんだ、言いにくい理由なのか?

「早く言え。帰るぞ」

 既に帰ろうとしている俺が急かすと、少し迷った様子を見せ彼女は口を開いた。


「勘……かしら」

「勘だって?」

「勘としか言えないわ。貴方なら手伝ってくれそう。貴方とならやれる、ってなんとなく思ったのよ」

「天からのお告げってか? ンなこと言われて納得できるか」

「……できない?」

 上目づかいで彼女は俺を見る。……表情は可愛いが、譲る気はない。


「当たり前だろ」

「どうしてもダメ?」

「あ・た・り・前だろ。お前を手伝う義理なんてこれっぽっちも存在しないし、手伝うことで俺に生じる利点も全く説明されてない。最初にそういうことを言って説得するのが常識だろう馬鹿野郎」

「ばっ……馬鹿って貴方、」


「馬鹿は馬鹿だ。もう一度言ってやろうか馬鹿。ただでさえ図書館が休みで気が滅入ってるのにそこに面倒くさい奴が来たとなりゃこんなことを言いたくなる。もう帰っていいか?」

 文句を言いつけてさり気なく自分の要求をする。まあ要求が飲まれなくても帰るが。

「……ふふっ、ふふふっ」

 彼女は肩を震わせて笑う。……何故笑ってるんだ?

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