5章 遊園地(10)
「さあ、お昼ご飯の時間よ」
それらをテーブルに置いて、包みを解きながら奈々城が言った。中から出てきたのは、ピンクや青などカラフルな弁当箱だ。
「……トイレじゃなかったのか?」
「え?」
「あ、いや。弁当持ってきてたのか」
「ええ、折角皆で来てるのだし、これくらいはね。……可奈、これはセレナさんに。はい、これは遠藤君の分」
差し出されたのは、割り箸と紙皿。……?
「なんだこれ」
「割り箸と紙皿だけど」
「そんなこと聞いてねえよ」
「いや、それを取り皿にして取ってってね、って意味だったのだけれど。……セレナさん、ちゃんと遠藤君に説明した?」
「あっ」
忘れてた、とでも言いたげでな表情で声を漏らすセレナ。どうやら、席を取ってる間に俺に話しておけ、という取り決めがあったようだ。おい、忘れてんじゃねーよ。
「つーか俺も食っていいのか?」
「……むしろ遠藤君のために、皆で張り切って作ったのよ?」
「皆で?」
セレナと真田を見やると、反応して応えてきた。
「そうですわ。最初は自分のだけ持ってくるつもりでしたけど……」
「三人で相談して、分担しておかずを作って持ってくることになったんだよー。あたしはほとんど担当してないけどね」
「……先に言ってくれてもよかったんじゃないか?」
「だってそうしたら遠藤君、俺のはいらないって言うじゃない」
「確かにそうだが……俺が弁当を持ってきてたらどうするつもりだったんだ、お前ら」
「そのときはどうしようもないですけれど、遠藤は普段学食ですから、どうせ今日も弁当持ってこないでしょう、と踏んで計画を立てたんですのよ」
その通りすぎて何も言えん。いい勘してるな、こいつら。
「それは有難いな。で、いくら払えばいい?」
「そう言うと思った」
はぁ、と溜息を吐く奈々城。何故俺が真田と同じような対応をされなきゃいかんのだ。
「お金はいらないですわ。というより、皆で作った材料を単純に四で割ればいいわけじゃないので、計算出来ないと言った方がいいですわね」
「あ、でも今から皆の飲み物買ってくるから、その分のお金はいただくわよ」
飲み物の実費だけか? せめて何かの礼は必要だと思うんだが……考えておくか。
「あたしオレンジジュース!」
「わたくしは……このメロンソーダというやつに興味がありますわね」
「オレンジとメロンソーダね……。遠藤君は?」
「俺はコーラにするか」
テーブルに置いてあったメニューを見て決める。
「私もコーラにしようかしら。ジュース代百六十円はあとで集めるわよ」
と言って、奈々城は注文しに行った。……一人で四人分持ってこれんのか? 無理だろ。
俺も行くか。自分の分くらい自分で持つし、金もそこで払ってしまおう。
「あれー、エンドーくんどこ行くの? お花摘み?」
「自分の分運びに」
軽く走り、奈々城を追って隣に並ぶ。急に現れた俺に奈々城は少し驚いたようだ。
「きゃっ……あら、どうしたの? 手伝いにでも来てくれたのかしら」
「まあそんなとこだ」
「それは嬉しいわね。でも、そこにお盆があるから一人で運べるわよ」
奈々城が指した方に、確かにそれはあった。……気付かんかったが、まあいい。他にも用はある。
注文窓口の最後尾に並ぶ。とは言っても前に二人しかおらず、すぐに順番は回ってきて店員に注文を聞かれた。
「オレンジジュース一つと、メロンソーダ一つと、コーラ二つ。以上で」
「はい、合わせて六百四十円になります」
「これで」
「あ、あら?」
奈々城より先に、残ってた八百円のうち七百円を店員に渡してお釣りを受け取る。
「では隣で少々お待ちください。次のお客様ー……」
「もう、あとで集めるって言ったじゃない。はい、百六十円」
一緒に列の横にずれた奈々城が小銭を載せ、手を差し出してくる。……俺が建て替えだなんて、そんな面倒なことすると思ってんのか?
「いらねーよ。コイツは礼だ」
「礼?」
「昼食の礼だっつってんだよ。足りないとは思うが」
「そんなのいいのに」
「俺の気が済まねーんだ。ほら受け取れ」
店員が盆に乗せて出してきたコップのうち、コーラのコップを手に取って奈々城に渡す。
「……冷たいわね」
「あ、すまん、乗せといた方が良かったか」
「いえ、このままでいいわよ」
「そうか、これも俺が運ぼう」
盆を手に持ち、元の席に向かって戻る。
「ねえ、遠藤君」
と、途中で奈々城に肩を叩かれた。
「どうし「えいっ」冷たっ!?」
振り向いた俺の頬に、コップを押し当ててきやがった。蓋とストローがあるからまだいいものの、バランス崩して溢れたらどうすんだ。すげー冷てえ。ほっぺたがひんやり。
「……いきなりなにすんだ奈々城」
「ふふっ、教えない」
「はあ?」
嫌がらせかと思ったが、奈々城の顔は嘲笑ではなく純粋な楽しさに溢れていて、そういうわけでもないようだ。
彼女は返事をせず、先に言ってるわねと言い残して、席に戻っていった。
何が楽しかったのだろう。何がしたかったのだろう。
意図するものは分からない。ただ、見惚れるような笑顔だった。
……嫌がらせじゃないなら、いいか。




