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4章 伊沼義彦(13)

「……! え、エンドーくんが頭を下げて謝った!?」「何をしたんですの? 変なことしたなら通報いたしますわよ?」


 横では真田とセレナがそれぞれ驚いていた。……お前らは俺を何だと思ってるんだ。悪いことしたと思ったら謝る。当然だろ。


「貴方が謝ることはないわよ。あれは私にデリカシーが足らなかったから……」

「手を出したのは俺だ。そこに違いはない」

「手を出しっ……! 貴方、祈に一体何を「はいはいセレナちゃんちょっとあっちいこーねー」


 何やら勘違いしたようなセレナが真田に押されて遠ざかっていく。何を勘違いしたのだろう。


「とにかくすまなかった」

「いえ、私の方も……ごめんなさい」

「だが友達にはならん。そこは譲らん」

「……変わらない人ね」


 ふっ、と奈々城は呆れたように笑った。……? 笑いどころ、あったか?


「ところで遠藤君はどうしてセレナさんと一緒に?」

「たまたま会っただけだ。特に理由はない」

 むしろあっちが俺の用事に勝手についてきただけである。


「ふーん……? ま、ならいいけれど。遠藤君に限ってそれはないだろうし」

「何がないんだ?」

「何でもないわよ」

「?」

 意味不明な言葉を返される。まあ何でもないなら別にいいか。


「……話し合い終わったー? そっち行くね」

「遠藤……一瞬とはいえ疑ってすみませんでしたわ」


 セレナを連れて真田が戻ってきた。何を話してきたのだろう。まあ、何らかの疑いが晴れたのなら喜ばしいことだ。面倒事が少なくなるからな。


「ところで、もう一度聞きますけれどそれは何ですの?」

「あ、あたしも気になってたんだよねー。それ何? 鼻かんだティッシュ?」


 俺の手の中の紙切れを指して聞く二人。ちげーよ、そんなもん誰が握りしめるか。

 とりあえず分かりやすいように開いて前に出し、見せる。


「こんなもんだよ」

「ふむふむ。ふーむふむふむ。ほーほぅ」


 真田がじっくりねっとりした視線でこの紙を見つめている。伊沼に似た気持ち悪さを感じた。


「優待券とは、いいものもらいましたわね」

「これさえあれば釘山遊園地のアトラクション乗り放題乗られ放題ってことー?」

「何に乗られるというのかしら……。それにしても遠藤君、これを持ってるってことは……」


 何故か奈々城に期待された目で見つめられる。その顔で思い出した。確か日曜に遊びに行く計画なんてあったな……。偶然にも限度があるだろ。


「なるほど! 日曜の親睦会、という名のアトラクション巡りにエンドーくんも来る気になったんだね!」

「そんな話もありましたわね。この四人で確定ですの?」

「ええ、遠藤君も来る気になったようだし、それでいいわよ」

「待て待て、俺は行くなんて一言も言ってないぞ」

「またまたー。じゃーなんでそんなの持ってるのさ」

「これはただ礼として貰っただけであってだな……まあ色々あったんだよ」


 言いながらセレナを見る。一部始終を見ていたコイツなら分かるはずだ。


「そうですわね。手に入れたのは偶然の結果ですけれど、どちらにせよ行くのならいいじゃありませんの」

「だから行かねえって。だったらこれやるから三人で行ってこいよ。それでいいだろ」

「三人? ……よく見れば四人まで適用できるじゃない。ならそこに遠藤君が入ってもいいわよね?」

「よくないっつーの。ほらアレだ。交通費とか掛かるし」

「釘山遊園地までの無料送迎バス、あるわよ」


 奈々城が図書室で見ていたガイドブックを開き、あるページを指す。……佐倉坂駅からの無料送迎バス、一時間に一本……。


「いや、そのな。交通費以外にもな、まず行くのが面倒なんだよ。分かるか?」

「だーいじょーぶ! 一緒にいるのはあたしたちだもん! 面倒さより楽しさが上回るよ!」


 今この瞬間に面倒さがドッと押し寄せてきたんだが、それは。

 はあ、どうして断るのにこんなに労力を使わなきゃならんのだ。図書委員内での遊びに毎回この調子で誘われたら骨が折れ……いや、待てよ。

 俺が急に黙り込んだのを見て、セレナがどうかしましたの? と聞いてくる。俺はその声を無視し、手を上げた。


「……分かった。それじゃあ、こうしよう。日曜に遊園地には行こう」

「おおっ、ついにエンドーくんが折れ――」

「ただし、だ」

 真田の声を遮って、俺は続ける。


「俺はつまらなかったら即帰る。そしてつまらない、が理由で帰った場合には二度とお前らの予定に俺を誘わない。この約束でどうだ?」


 俺の提案に、彼女たちは。

「当然出来るね! あたしがいるからね、なんら問題ないよ!」

「わたくしもいいですわよ。つまらないなんて言わせませんわ」

「もしつまらなかったら木の下に埋めてもらっても構わないわよ」


 いや、それはしねえよ。つーかどこの木の下だよ。

「それじゃあ早速予定を決めないとねー! ってアレ、エンドーくんどこいくの?」

「帰る。予定は勝手に決めておけ。どうせ一日中暇だ」

「それでいいんですわね? あとで我儘言わないでくださいな」

「言わねーよ。じゃあ、また明日な」

「ええ、また明日。……うん?」


 何故か訝しげな顔をした奈々城たちに背を向けて、俺はまっすぐ帰路につく。

 これでつまらなかった時に問題なく帰る口実も出来た。一度行かなきゃならんのが面倒だが、それくらいは必要経費だろう。


 あとは適当に明日明後日以下略を過ごして、日曜を待つだけだ。ああ、しっかりこの優待券も忘れないようにしないと。無駄な金を使いたくないからな。

 駅に入り、定期を出して改札にタッチする。行くと言ったのは自分だが、日曜日は間違いなく疲れることになるだろう。延期になればなったでまた面倒なので、彼女らに急用が入ったり、雨が降ったりしないことを祈るばかりだ。


 俺に急用が入ることはないと断言できるのは、いいことなのか、果たして不幸か。

 答えのない問題を考えながら、俺はゆっくりと電車に乗った。

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