4章 伊沼義彦(12)
「残ッ念ッだよ! いやまったく惜しい! 折角トリプルリーチまではいってたんだよ? なのに! だというのに! 最後の一マスがああっ!」
「黙れ」
帰り道。嘆く伊沼をあしらい、俺は佐倉坂駅へと向かっていた。
セレナも当たっていなかったが、曰く、興味が有るのは彼女らにではなくてその歌だからそんなに悔しくもないらしい。というか、それよりも早く帰ってCDを開けたいようだった。
「こんなこといくらでもあったから慣れてるけどさ、それでも悔しさは抑えきれないッ! ああ、もう少し運命の女神が美男子たるボクに微笑んでくれれば……!」
その性格なのにその容姿な時点で、十分微笑まれているのではないだろうか? いや、この容姿だからこそこの性格になったのだろうか。何にせよどうでもいいことである。
「うるせえ、さっきから道行く人が驚いてんだろ。黙れ」
「与えられし遠藤氏が何を言ったところでボクの心に何も響かないね!」
「だから黙れっつーの。なんだったらこれやるから」
サイン入りTシャツを引っ張りだし、伊沼に投げつける。見事キャッチした伊沼は、手に取ったそれを見つめたあと。
「いやいやいやいや受け取れないよ! これは君の物だ! ボクが受け取る権利はない!」
「だから黙れって言ってんだろ。それやるから落ち着けってんだ。元々いらねえしな」
「……とはいっても、ねえ。本当にいいのかい?」
「構わねえよ」
別に損した訳じゃねえしな。売る手間が省けてよかったくらいだ。
「あら、遠藤にもいいところあるじゃありませんの」
「別に優しさで与えたわけじゃねえよ。言うなればアレだ。駄々をこねる子供にお菓子を与えた感じだ」
「……先輩相手にその比喩はどうかと思いますわ」
「それを本人の前で言える度胸もさすがだね」
本音を言っただけだ。何ら問題はない。ってか先輩だってことをすっかり忘れていた。全然そんな気がしない。
「しかし貰いっぱなしじゃ気分が悪い。なんかなかったかな……そうだ、ボクのオリジナル写真集なんてどうだい? きっと将来高く売れるよ!」
「いらん!」
一片たりとも受けとりたくねえ、気持ち悪い。
「それなら……そうだ、これならどうだろう!」
伊沼は財布から何やら紙を一枚取り出し、それを俺に渡した。こう書いてある。
釘山遊園地株主優待券。入場無料、アトラクション乗り放題。一枚で四名様まで適用可。
「……株主だったのか、お前」
「ボクのパパが、だけどね。彼女とでも行って来いって渡されたんだけど、ボクの瞳にはアスカちゃんしか写ってないから」
真顔でそう言われても、知るかとしか答えられない。
「つーか何もいらねえよ。これもいらん」
「いいや、対価もなく受け取るだけじゃ伊沼義彦の名が廃る! 受け取って貰えないんだったらこの場で腹を切るよ!」
そして伊沼は自身の鞄からドスを取り出……何で持ってんだそんな物!
「大丈夫、これおもちゃだから」
「紛らわしいことすんな!」
しかしそのおもちゃを自身の腹に当て、覚悟を示す伊沼。おもちゃといえど、本気で腹に刺したら危ないことくらいは分かる。……まさか、本気なのか?
「分かった、受け取る。受け取るから仕舞え」
損する訳じゃねえしな。それにしても、釘山遊園地か……最近聞いた気がするが、何だっけか。さっぱり覚えてねえ。
「thank you very much! くうっ、遠藤氏を誘ってよかったヒャッホーッ!」
はしゃいでスキップしながらさっさと遠ざかる。置いてかれたが、元より一人で帰る気だ。気にせず駅まで向かう。
「何を貰ったんですの? お菓子?」
ああコイツもいたな。まあ駅までは同じだがそこからは完全に反対方向なので関係ないか。
ちがう、と口を開こうとして――
「セレナちゃん? セレナちゃんじゃないアレ? おーいセーレーナちゃーん!」
「この声は……!」
セレナと同時に振り向くと、そこには手を振りながらこっちに向かう真田……と、その後ろには小走りで真田を追いかける奈々城がいた。
「おいついたー! やっほーセレナちゃん昨日ぶり! 元気してた? 風邪ひいてない?」
「風邪だったらそもそもここにいませんわよ」
「そりゃそーだよねーてへぺろ! あ、てへぺろって言うのはー、てへっと言いながらペロッと舌を出す行為の略のことでね!」
「聞いてませんわ。というか、口で言っただけで何もしてないじゃありませんの」
「気にしないキニシナーイ。で、そっちはエンドーくんだよね?」
見りゃ分かんだろ。
「やっぱり! その仏頂面は遠くからでも分かるよ! 偶には笑ったら?」
余計なお世話だ。
「可奈、急に走らないでってアレほど……。それでこんにちは、セレナさん……に、遠藤君」
「よお」
手を上げて返事をする。俺を見て呼ぶその顔は、どこか暗い。その仕草で、図書館を出る前に彼女にしたことを思い出す。
「えっと……その……」
気まずそうに言葉を探す奈々城。別にお前は悪くないのだから気を使う必要などないだろうに、律儀なやつだ。
まあ、あの場で誰が悪かったかと言えば、奈々城でないなら一人しかいない。
俺だ。
「すまない、奈々城」
俺は頭を下げて謝った。




