4章 伊沼義彦(11)
まあそれなりに周りに合わせて手拍子を打ちながらも、つつがなくライブは進行する。
途中で休憩したり、コメントで噛んでしまうハプニングがあったりしたが、ラストソングを歌い切り無事ライブは終了した。計五十分程度のライブだったが、体感時間で九〇分以上掛かっていたように思える。伊沼のように慣れれば逆に物足りなくなるのだろう。慣れたくないが。
「来てみれば結構いいイベントでしたわね。アイドルだからって甘く見るものではありませわ」
「そうかもしれんな」
俺とセレナが帰り支度を始めた、その矢先。
「おっと待ってよ二人とも! ライブは終わったけどイベントはまだ終わっちゃいないよ!」
「は?」
聞き返した直後、スピーカーから声が流れてくる。
『この後開始される大ビンゴ大会は十五時からの開始となります。物販で一五〇〇円以上購入したお客様にビンゴカードが渡されますので、まだ手に入れてない方はお早めに――』
ああ、なるほど。道理で周りの人は帰ろうとしないわけだ。それにしてもビンゴカードなんて無い俺には関係のない話――
「遠藤氏、ポケットから何か落ちたよ」
「ん、すまん。助かる」
伊沼が指さした方向を見てそれを拾う。ちょっと分厚いその紙には、「BINGO」と言う文字と、5×5マスにそれぞれ数字が描かれて……って、あれ。
ビンゴカードだ、これ。
「そう言えば遠藤もペンケースとか買ってましたわね。参加してみては如何ですの?」
「うーん、まあ売れるかもしれんし何か貰えるかもしれんなら残っても悪くは……」
って、遠藤「も」?
「ええ、わたくしもさっき色々買ったばかりですのよ」
そう言っていつの間にかセレナが持っていたビニールからはそれぞれファーストアルバム、ニューシングルと書かれたCDが……コイツ、ハマってやがる!
「計四千円超えましたわね。千五百円毎にビンゴカード一枚、ってわけじゃないようですわ」
まあ一人でビンゴカード百枚持ってる輩が出ても困るしな、一人一枚だろ。
もちろん伊沼も既にビンゴカードはゲットしているので、俺ら三人はそのまま残ってビンゴ大会とやらを待つことにした。伊沼から聞いた……というか勝手に話されたところ、ピュアピュアガールズのメンバー一人の直筆サイン入りグッズが先着二十名に当たるらしい。当たれば儲けもんだが、まあ俺の運だとないだろう。期待せずにその辺の自販機買ったコーラでも飲む。
そして、午後三時丁度にそれは始まった。再びステージにピュアピュアガールズが飛び出して、挨拶とともに大ビンゴ大会の説明を始める。ビンゴ自体が久しぶりだった俺はその説明を聞いてやっと真ん中の穴を開ける始末だった。小学生以下か、俺は。
ガラガラ回る抽選機から出た玉をそれぞれメンバーが読み上げていく。これだけの人数がいてもそうそうビンゴが成立するはずもなく、隣で伊沼とセレナが熱心にカードを見つめるなか、俺は適当に該当した数字のところに穴を開けていた。穴が空くほど見るとはまさにこいつらのためにあるような言葉だな。
そして気がつけばリーチである。回数にして十一回目くらいか。
まあ、ここからが長いのなんて重々承知だ。何十回も待ち続けたのにノービンゴだった小さい頃の記憶があるし、もらえたところで最後の方に残ったうんまい棒くらいだった。懸賞や運試し等の出来事において、いい思い出といえるようなものは一つもない。欲しいものはコツコツ働いて手に入れろというお告げが聞こえてくるようだ。神など信じちゃいないが。
「次の番号は~1番です!」
1番1番……お、あった。……ん? んんっ?
「ビンゴだと!?」
俺が思わず叫ぶと同時、会場内の視線がこっちに集中した。
「え、今叫んだのあの学生?」「当たったの? いーなー」「ってか隣の子、可愛くね?」「リアルブロンドJKハァハァ」「反対側の男もヤベーよな」「あいつ、いつもライブに居るイケメンじゃん」「マジ? どっかで見たことあると思ったらそれかー」
ごそごそガヤガヤと声が聞こえてくる。俺への興味は次第に両隣の美男美女へと移っていったようだ。……毎回いるのか、伊沼は。
「おめでとうございますわ。悔しいですが、祝福いたしましょう」
「やったじゃないか遠藤氏! さあ、早く行くんだ!」
「おい待て、押すな」
二人に背中を押され、観客の輪から抜ける。するとスーツのオッサンが近づいてきた。
「すみません、カードの確認よろしいですか」
「アッハイ」
スタッフらしきその人にビンゴカードを渡す。オッサンは番号の控えられたホワイトボードと俺のカードを交互に確認し、もう一度念入りに確認し、叫んだ。
「当選者が出ました! 当選した方はステージに上がってください!」
マジかよ、嘘だろ? 信じらんねえ……。
ウォオオオオオオオと会場が沸く中で、俺はいそいそとステージの上に上がる。そこで待っていたのは当然、ピュアピュアガールズの面々だ。うわあ、やっぱ近くで見ると派手だな……。
「最初の当選おめでとうございます! どうですか? 当たった気持ちは!」
ツインテのメンバーにマイクを差し出される。え、答えるの、これ。
「まあ、嬉しいです、はい」
本当は全く興味ないんだけどな。
「当選者の方に喜んでもらえて、わたしたちも嬉しいです!」
屈託のない営業スマイルを向けられ、俺はふーん、よかったな、と言うわけにもいかないので黙りこむ。俺の態度はどうやらメンバーには緊張してると受け取られたようで、次のステップに進む。
「最初の当選者が出たので、今回の景品の発表です! じゃじゃーん!」
彼女たちは三人揃って一枚の布を広げた。アレは……Tシャツ?
「今日は好きなメンバーの一人を指名して、その場でサイン入りTシャツを貰えちゃいます!」
彼女が言うと、再び会場が沸いた。え、なに。ファンにとってそんな価値ある物なの? ただのシャツじゃねーか。
「というわけで当選者の方! 好きなメンバーの名前をどうぞ!」
再びマイクがこっちを向いた。……好きなメンバー? 待て、そもそも誰一人として名前知らねえんだけど。そもそも興味ねえんだけど。
さてどうするか。正直に知らないというわけにもいかないし、名前をと言われたからには指をさして言うわけにもいかない。何か手がかりは……と考えたところで、思い出した。
『L・O・V・Eラブリーアスカー!』
……正直思い出したくなかったが、今なら好都合だ。
「えーと、じゃあ、アスカ……さんで」
「え、わたしですか?」
後ろの黒髪セミロングが反応した。それに伴い、スタッフの一人が彼女にTシャツを渡す。彼女は机の上でそのシャツに大きくサインを書いて、俺の元へと持ってきた。
「それではどうぞ、こちらです」
「あ、ありがとうございます」
手渡しで受け取り、それを眺める。ファンはこれのどこがいいのだろう。サインを抜きにしても派手すぎて外に着ていけるようなものではないというのに。部屋着代わりにでもするのだろうか?
ともあれ貰ったことには変わりないので一礼して、そそくさとステージを降り、元の位置に戻る。
「羨ましいよ遠藤氏、ああ、ボクも何としてでも手に入れたいッ!」
「そんないいもんか、これ」
「そこのグッズコーナーで売っていたシャツでも数千円するのですから、サイン入りだともっと高価になるんだと思いますわ」
サイン抜きでも数千円? たかが一枚のシャツに? うーん、やはり理解できん……。
「まあ、お金の問題じゃないよ。オークションとかに出されるのは見るけど、基本的にお金じゃ買えないものだからね。遠藤氏は今すぐそれを家宝にするべきだよ。幸せが訪れるに違いない」
こんなもんを家宝にしたら親が泣く。あと、末代までの恥だ。俺が末代? 余計なお世話だ。
そして俺がステージから降りたことで、イベントは続けられていく。
「さあ、引き続き続けていっちゃいましょう! 次の番号は――」




