4章 伊沼義彦(10)
二曲連続で歌い、彼女らが決めのポーズを取ると一層大きな拍手が鳴った。一応俺も手を叩いておく。君が好きだの愛してるだの陳腐な歌詞であったが、まあ嫌いではない。
マイクを持ち直し、センターポジションの黒髪セミロングが歌以外で初めて口を開いた。
「ありがとうございまーす! こんにちはー! ピュア☆ピュア☆ガールズでーす!」
『よろしくお願いしまーす!』
三人揃ってお辞儀をすると、歓声が沸く。俺から見るとスピーカーの音を遮る雑音にしか聞こえないのだが、彼女らにとっては自分を応援する声援だ。気を良くしたようで、笑顔で話を続けている。
「どうだい遠藤氏、セレナさん。いい曲だっただろう?」
伊沼が爽やかに笑いながらこっちを向く。とりあえずまず汗を拭け。
「まあ、嫌いではなかったな」
「さすがメジャーデビューしてるだけあってしっかりした作りでしたわね。感心いたしましたわ」
「うんうん。二人から褒められるだなんて、まるで我が事のように嬉しいよ」
感涙の涙を垂れ流す伊沼。感情移入し過ぎである。戻らなくても構わんが正気に戻れ。あと俺は褒めてねえ。
俺らが話している間に、続けて三曲目が始まった。今度はアップテンポの激しい曲だ。しかしピュアピュアガールズも観客も、全く調子を乱す様子がない。これがプロか。観客も含めて。
「遠藤。ねえ、遠藤」
横から肩を叩かれる。んだよどうした、セレナ。
「折角こうしているのだから、手拍子ぐらい致しましょう」
「するかしないか、それは俺の自由だろ」
迷惑をかけているわけでもなく、ただ突っ立ってるだけだ。注意される謂れはない。
「それはそうですけれど……仏頂面で腕を組んでいるよりは少しぐらいはしゃいだ方が楽しいですわよ?」
「あんな感じにか?」
隣の伊沼を指す。
「そこまでしろとは言いませんけれど。というかしないでほしいですわ」
真顔でナイナイと否定する。セレナ視点でもアレはやり過ぎなんだな。
「でも、壇上の彼女たちもノッてくれる人が多いほど嬉しいはずですわ。応援する人が増えてくれれば、自分ももっと頑張ろうという気になりますもの」
「俺一人がやったところで変わらんだろう」
俺が諦めを含んだその言葉を言った、その瞬間。
「……本当にそう思っていますの?」
「ああ」
何故かセレナが不機嫌そうな顔になる。理由を察する努力をする気はないが、別にそうなる理由もないだろうに。
「遠藤一人がいたから変わったことだっていくらでもあるはずですわ。わたくしも心当たりがありますわよ。それを思い返してくださいませ」
「俺がいたから、変わったこと?」
目を閉じ、沈思黙考。やがて一つの結論に至る。
「ないんじゃないか?」
悪い方向に変わったことなら覚えはあるが。
「……これでも感謝してますのに……」
セレナがなんか言うが、そんな小さい声じゃ騒音にかき消されてよく聞こえない。言うならハッキリ言えっての。
「例えあったところで今のこの場には関係ないだろう。彼女らにとって俺はタダの客だ」
「それでも、何もしないよりはいいと思いますわ」
「何もしないよりは、ねえ」
言いながら、その壇上の彼女たちを見やる。きらびやかな衣装を纏い、照明で光りながら歌っている彼女らは今でこそ客に笑顔を振りまいているが、そこに至るまでには俺の想像できない様々な苦労があったのだろう。その中には挫折や妥協もあったのかもしれない。そうした過去があって、それを乗り越えて今ここにいるのだと考えれば。
……たまにはノるのもいいか。全部とは言わんでも、少しは伊沼のノリを見習って――
「おおおっ! 今! 今確実にアスカちゃんがボクのことを見た! アレは絶対ボクを見てたね! 見たかい遠藤氏!?」
前言撤回。お前は、少し、黙れ。




