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3章 セレナ・橘・セレスティア(7)

「ちょっと、どこに行くんですの」

「学食。昼飯」

「それだけなら行く必要はないですわよ。わたくしが作ってきましたわ」

「作る? 何を?」

「弁当ですわ。もちろん、貴方のですのよ」


 彼女が右手の紙袋を前に突き出す、瞬間。

 ざわっ、と周りのクライスメイトが沸き立つ。

「セレスティアさんに弁当作ってもらってんのか」「女の子からの弁当だと?」「奈々城さんと仲いいように見せて本命はセレスティアさん……!?」「爆発しろクソが」

 様々な情報が飛び交っているようだ。ほぼ誤解である。俺は誰とも仲良くないし、仲良くしない。爆発もしない。というか本命ってなんだ。


「弁当? くれんの?」

「もちろんですわよ。貴方に味見してもらわなきゃ始まりませんもの。期限は明日までですし、機会があるなら有効に使わないといけませんわ」

 確かにそうだ、合理的な判断である。弁当を作る経験をしてきたってのも良いことだろう。

 遠藤の席はどこですの? と訊いてきたので場所を答えると、彼女はその前にある今は誰もいない席から椅子を借りてそこに座った。そして手招きをしてくる。……そこで食うの?

 普段向けられない視線が向けられてるのは気になるが、まあどうでもいいか。俺も自分の席に座る。セレナは椅子を180度回転させて俺に向き直った。


「悪いな、わざわざ」

「わたくしの都合ですし、むしろわたくしが感謝する側ですわ」

 それもそうだ。じゃあ言わなくていいか。お礼。

 セレナは紙袋から楕円形の弁当箱を2つ取り出し、並べる。蓋を開けてまず目に入ったのはハンバーグだ。次に白米、そして他のおかず類が見える。見た目も、盛り付け方も綺麗だった。外観について俺が教える必要はなさそうだ。やった、楽できる。


「朝から頑張って来たんですの。さあ、食べなさいな」

「おう。頂きます」

 手を合わせる。まずはハンバーグに目をつけて、一口食べる。咀嚼、咀嚼、飲み込む。……うん?


「お味はどうでしたか?」

「……おかしい。美味い」

「おかしいとはどういうことですの!」

「どういうことも何も、言った通りだ」


 昨晩、俺が最後に食べた時は味が薄く、そこまで美味しく感じなかった。だがこれは、冷めてはいるがはっきり「美味い」と断言できる。味見しすぎたせいで昨晩の俺の舌がおかしかったのだろうか。そんなことはないと思うのだが。

「何もおかしくはないですわよ。貴方が帰ったあともずっと練習してただけですわ」

「それは一晩中ずっとか」

「いえ、三時頃には寝ましたわよ。弁当の用意のために六時頃には起きましたけれど」


 ということは俺が帰ってから更に三時間ほどハンバーグを作り続けていたということだ。よく見ればセレナの目の下にはうっすらではあるが隈が出来ており、頑張りようが窺える。殊勝な心がけである。実際によく出来てるし、最初のあの様子からは考えられない。


「それなら納得だ。十分に美味い。ハンバーグに関して俺が言うことはない」

「ホントですの? やりましたわね! やっぱりわたくしに出来ないことはないのですわ!」

 ガッツポーズで喜んでいる。喜ぶのは奈々城に勝ってからだと思うのだが。気が早いやつだ。

 続けてポテトサラダ。俺は教えてないが、見た感じよく出来ていた。俺が帰ったあとに練習していたのだろうか。何にせよ、これも合格点を出せそうだ。箸で摘み、口に運ぶ。


 OK、クソまずい。

「明らかに失敗作じゃねーか。味付けの問題じゃねーな、どんな作り方したんだよ」

「覚えてないですわ。テキトーにやりましたから」

「……は?」

「だってレシピがなかったんですもの。記憶を頼りに作るしかないじゃないですの」

「そんくらい自分で印刷しろよ」

「……あっ」


 その手があったか、とでも言うようにポンと手を打つ。思いつけよ、おい。

「で、味見はしたのか」

「……あっ」

 駄目だこいつ。根本的なところは全く変わってない。

「は、ハンバーグはきちんと味見しましたのよ! ……ハンバーグは」


「他のも味見しないと意味ねえだろうが」

「その通りですわね……」

 申し訳無さそうに項垂れる。どうやらハンバーグのことばかり考えていて他のことに注意が向かなかったようだ。盛りつけセンスはあるが料理センスが絶望的である。

 まだダメだな、これじゃ。

 結局、マトモに食べれるのはハンバーグと白米だけだった。他のものは全部俺が無理矢理胃に流し込んだ。腹を下さないか心配である。生のレタスですらパサパサして水気が全くと言っていいほど無かった。レンジでチンしただろ、アレ。


「お粗末でした。……本当に粗末なものですわね」

「レシピすら見てないんだからそうなるに決まってんだろ」

「反省いたしますわ」

 言葉で言うより態度で示せ。まあ俺としては約束を守れるならどうでもいいが。

 ……ただ教えるだけならともかく、こうも不味い飯ばかりだとその約束も労力に釣り合わない気がしてきた。既に交わしたものだし、今更後の祭りだが。


「そろそろ教室に戻りますわね」

「おう。じゃーな」

 セレナは弁当箱を紙袋に戻して、立ち上がる。そして教室の扉まで歩いて行った。

 と、思えば途中で振り返る。いつもの毅然とした表情だ。


「遠藤!」

「あん?」

「しっかり、今夜もお願いしますわ!」

「了解」

 俺の肯定の言葉を聞くと、セレナは満足気に頷き、再び教室から出るべく歩く。そのまま角を曲がって視界から消えていった。


 その途端に、感じる。男からは怨嗟の、女からはセレナとどういう関係なのか、今の会話はどういうことなのかとでも問いたげな視線を。

 一旦辺りを見渡して、それが気のせいでないことを確認する。これはまずい。いや、まだ視線だけなのでまずくはないが、実際に問われでもしたら面倒だ。面倒なのは嫌だ。関係ない他人と関わるなんて、時間の無駄遣い以外の何物でもない。

 よし、寝よう。

 机に伏せて寝た振りをする。そのうち本当に眠気が襲ってきて、いつの間にか熟睡していた。

 気づいた時には、昼休み終了三〇秒前だった。……危ねっ。


 その日の夜もセレスティア家に出向き、俺はセレナに料理を教えた。ハンバーグだけではなく、しっかり他のおかずの作り方も教えこんだ。

 夜も更けて、俺は昨日よりは早い時間に家に帰れた。セレナはまた深夜まで練習をするのだそうだ。そんなことはどうでもいいので、俺はさっさと眠りについた。


 そして、夜が明けて、時が経ち。

 昼休み。――決戦の時である。

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