3章 セレナ・橘・セレスティア(6)
「で、この黒い塊は何だ」
「えっ、えーと……」
威勢の良いことを言い放ち、食べてくださいませとセレナが持ってきたのがこの得体のしれない物体である。完全に焦げてるしどこか色合いも変だし。端的に言うとまずそうだった。
「一応訊くが、ちゃんとレシピ通りに作ったんだよな?」
「もちろんですわ! 紙に穴が空くほどしっかり見ましたわよ」
「見ないでこれならまだしも見た結果がこれならそっちの方が問題だろうが」
やっぱり俺が横についてた方良さそうだ。まだ食べてはいないが、絶対に美味くないだろう。賭けてもいい。これはまずい。
「そんじゃ味見するぞ。いただきます」
「えっ、食べるんですの、これ」
「当たり前だろ」
フォークを刺して、ナイフで切り分ける。硬い。感触からして嫌な予感しかしない。適当に四等分して、その内の一つを口に運ぶ。
外はカリカリ、中はガリガリ。舌触りはザラザラで、肝心の味はなんというか、苦辛い。
「……よくこんなまずいもん作れたな。つーか自分で味見したか?」
「あっ、してないですわね」
「ダメだろそれじゃ。ほら食えよ」
新しいフォークに刺して一個差し出す。
「そっ、それは……食べなきゃ駄目ですの?」
「自分で作ったもんを食べて次回へ繋げるんだろうが。同じ失敗してえのか」
「いえ、そういう意味ではなく……」
俺から目を逸らす。どうも歯切れが悪い。何か不都合でもあるのだろうか?
「た、食べるなら自分で食べますわよっ」
と、自らフォークで木炭――じゃなくてハンバーグを頬張った。途端にセレナの表情が変化する。これをなんと言っただろうか。そう、まさに苦虫を噛み潰したような顔だ。
「……貴方、よく平気で食べられますわね」
「全然平気じゃねえよ、すごく吐き出したい」
「じゃあそうすればいいじゃありませんの」
「バカかお前。人が作ったもんをそう簡単に捨てれるかよ。それともお前が食うのか?」
「遠慮しますわ」
「だろ? じゃあ俺が食うしかねえじゃねえか」
無理矢理掻っ込み、あまり噛まずにそのまま飲み込む。おえぇ、不味い。
幸い、量を減らして数をこなす方針だったので食べる量は少量で済んだ。もうこんなもの食べたくない。
「ごちそうさまでした」
「……ありがとうございますわ」
「危険物処理ご苦労様ってか? そう思うならマトモな飯くらい作れ」
「そういう意味じゃないですわよ! ……まあいいですわ。やってやろうじゃありませんの」
拳を握り、勢い良く立ち上がる。その瞳はやる気に満ち溢れていた。威勢はいいんだよな、威勢だけは。
俺も立ち上がり、セレナの横に並ぶ。明後日までというなら今日中に食えるレベルにまでは仕上げないといけない。というか予想より酷すぎた。せめて普通程度の実力であったならさっさとコツだけ教えて楽できたものを。
天井の蛍光灯を見つめ、独りごちる。
いつになったら帰れるんだ、俺。
それから横でずっと口を出し続け、なんとか食べても吐きたくならない程度のハンバーグは作らせることが出来た。続きは明日ということで目を擦りながら帰宅の途につく。眠い。
今は何時だろうか。時計を見たちょうどその時、日付が変わった。
……終電、あったっけ?
キーンコーンカーンコーン
四時間目の終了を告げる鐘が鳴る。黒板に数式を書き込もうとしていた先生は教科書を閉じて教卓まで戻り、学級委員が起立・注目。礼! と号令をかける。その動きに合わせてから俺は椅子に座った。
昼休みだ。昼休みといえば、昼食。俺にとってはこれしかない。腹が減っては勉強できぬ。勉強できねば成績落ちる。それは嫌だ。だから俺は学食へ向かうため、財布を握りしめて席を立つ。
昨日はなんとか電車に間に合った。深夜0時を超えた電車に乗るのは初めてだった。おかげで目が虚ろなサラリーマンや厚化粧のキャバ嬢、ピエロや長ランリーゼントの不良を見ることが出来た。全くもってタメにならない経験である。
恐らく今日もそれくらい遅くなるのだろう。面倒だ。おかげで若干寝不足である。飯食ったあとに少しばかり寝れば回復するだろうか。してほしいなぁ、しねーかなぁと思いながら教室の扉を開けた。
「ごきげんようですわ」
「おす。……うん?」
セレナが居た。そして俺に挨拶してきた。幻覚だろうか? 目を擦る。
「眠いんですの?」
「少しは」
幻覚じゃない。幻聴でもない。セレナ・橘・セレスティア本人だ。しかしここは彼女の教室ではなく、三組である。何故ここに? 見ると右手に紙袋を提げている。……ああ、誰かに用があるのか。
一歩引いて道を譲ると、その道を通ってセレナは教室に入ってくる。それと入れ違いになるように俺は教室を出た。




