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3章 セレナ・橘・セレスティア(4)

「『プリンターのインクを二箱とA4の紙が五〇〇枚一箱になってるやつを買ってきてくれ』で合ってますわよね?」

「間違いないな」


 セレナが確認を取り、俺が記憶と照合して頷く。今は先生からお使いを頼まれ、ホームセンターから学校へ帰る途中であった。なんでも鈴本先生は図書館だよりの作成中らしく、印刷中だったのだが足りなくなったらしい。学校の印刷室を借りれば済む話だと思うのだが、紙質にこだわりがあるようで自分一人でやっているのだそうだ。個人の勝手なので結構なことだが、それで図書委員を働かせるのはいかがなものだろうか。

 まあいいか、お使いが終われば帰っていいと言われたし。責任は俺にねえし。


「それにしても貴方、ずっと持ってますけれど大丈夫ですの? 少し持ちますわよ?」

「一箱しかないのにどうやって二人で持つんだよ。一人で十分だ」

「そうですわねえ、交代しましょうか? 力には少しばかり自信があるんですのよ」

「もう学校見えてるだろ。別にいい」


 学校とホームセンターまで片道約十五分。鈴本先生の金で購入してから紙は俺、それ以外はセレナに持たせて分担して運んでいた。どうせなら全部セレナに持たせてとんずらしたいところだが、なんとなく重い方を持ってしまったのでやるしかない。交換するのも面倒なのでもういいや。あと五分の辛抱だ。


「力持ちですわね」

「そんなことない。普通だ」

「そうですの? 男の方の基準は分かりませんわね」


 それを言ったら俺には異性どころか同性の基準すら分からない。というか他人がなにをどう考えているのかさっぱり分からない。分かるのは結局人間なんて自分本位の生き物だってことだけだ。全ての生き物がそうであるから当たり前といえば当たり前なのだが。


「ところで貴方、これから暇ですの?」

「ああ」

「ついでに訊きますけど、料理は得意でして?」

「まあ、それなりに」

「それならちょうどいいですわね」

 何に。


「恥を忍んでお願いしますわ。貴方、わたくしに教えてくださらない?」

 セレナは俺を真っ直ぐ射抜いて、言う。ふぅん、そうか。

「何を教えられたいのかくらい言えよ」

「失礼、料理をですわ」

「料理?」

 料理といえば、先程奈々城が提案した勝負内容である。

 そしてこいつは、それを気丈に受けていた。


「出来るんじゃねえのか、お前」

「からっきしですわね」


 ……それはつまり、出来ないってことか?

 ということは、セレナは料理経験がなく、それでいて奈々城の勝負に乗った。

 なるほど、なるほど。

「お前馬鹿だな」

「うるさいですわね! だからこうして貴方に頼んでるんじゃありませんの!」


 それが人に頼む態度だろうか。態度くらいどうでもいいけど。

 それにしても経験のない種目で競おうと、それを上等だとまで言えるとは大した度胸だ。勇気というよりは蛮勇であるが、到底俺には真似出来そうにない。したくもない。


「勝負は明後日だろ。二日でどうにかなると思ってんのか」

「当然ですわ。やって出来ないことなんて無いですわよ!」

「なら自分一人でどうにかしろよ」

「二人で協力したほうが早く進むじゃありませんの」

「協力ってのはな、双方に利益がある場合のことを言うんだ。この場合ねえだろ。それに仮に俺が協力したとして、どんくらい時間かかると思ってるんだ。一品つくるだけならまだしも教えるとなれば相当の時間が要る。時間がない、場所もない。どうしろってんだよ」


 俺が言うと、セレナは少し黙り込んだ。少しばかり瞳を潤ませて見つめられる。なんだその目は。

「どうにか出来ませんの?」

「で・き・る・か。……まあ時間の方は俺が都合をつければどうにかなる。が、場所は知らん」

「それならわたくしにアテが有りますわよ。あと必要なのは……」

「俺の意思だけだな」「貴方の意思ですわね」

 言葉が被る。瞬間、俺と彼女の目が合った。


「お金……では動きそうにないですわね」

「当然だ。金なんていらん」

「では宿題が出た時に手伝「そんなの俺一人で十分だ」

「なら困ってることはありまして? わたくしが解決「ない。あってもお前には頼まん」

「じゃあどうすればいいんですの!?」

「自分で考えろ」

 いきなり声を荒らげて突っかかってくる。若干ではあるが涙目だった。

 知るか、自業自得だろ。


「ままなりませんわねえ。どうにかなりませんの? 何でもしますわよ」

 だからどうにもならんと……なんでも?

「今」

「?」

「今、何でもするって言ったよな?」


 確認を取る。と、セレナは数瞬考えたあとにいきなり顔を赤くして、焦ったように手を動かした。

「え、ええ。確かに言いましたけれど簡単なことならって意味ですわ。一千万円よこせとか、一生なにかをし続けろとか、それに、せっ……性的なこととか……は無理ですわよ!?」

「随分と制約の多い何でもだな」

「まさかやる気でしたの!?」

「誰がやるか。下らない」

「そ、それならいいのですけれど……」


 ホッとして胸を撫で下ろす。考えの足らない中学生じゃあるまいし、そんな非現実的なことをさせようとするはずがない。思い浮かぶのはどうしても外せない用事があるときに仕事を押し付けることくらいだ。俺ならそーする。

「一応訊く。俺でいいのか? 料理が出来るったって俺が納得できる程度のものだし人に教えたことなんてない。他の奴に頼んだほうがいいんじゃないのか」

「祈には頼めませんし、可奈には言いたくないですもの。わたくしが料理出来ないこと、どう言われるか分かったものじゃないですわ」

 ふぅん、なるほど。


「つまり俺なら何を言われてもどうでもいいと」

「そ、そういう訳では……」

「詰まった時点でそう言ってんのと同じだろ。まあそんなのは関係ない、俺でいいなら引き受ける」

「! ホントですの?」

「ああ、お前がホントに何でもするって言うならな」

「……簡単なことなら、必ず守りますわ」

「契約成立ってところか」

「ありがとうございますわ。よかったぁ……実はダメ元でしたの」


 ちくり、と。

 その言葉にどこか既視感を覚える。セレナに頼みごとをされるのは初めてのはずだ。しかし聞き覚えがある。果たしてどこだっただろうか。人と話すこと自体が少ないのだが。


「相応の対価があれば誰だって動くだろ。……さて、俺は親に連絡付けるか」

「お願い致しますわ。わたくしは場所の手配の方をしないと」

 片手で箱を支えて携帯を開き、自宅の番号を押す。すると、何故だろうか。唐突に真田の言葉が蘇った。


『いやー、二人はほんと仲悪いよ? 根本的なところじゃ似通ってるんだけど、好みが正反対』


 そして先程のやりとりと、一昨日の奈々城との会話を思い出す。……なるほど、確かに似ている。頼み事をしてくる奈々城とセレナはまるで同じだった。道理で既視感を感じるはずだ。

 こいつらがお互いを嫌うのは、やはり同族嫌悪というやつだろう。間違いない。

 どうでもいいことを確信しながら、俺は通話ボタンを押した。


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