ヒロインと旅に出たんだけど?
まず最初に向かったのは月詠様が住まわれていると言われている上ノ国…別名神ノ国から最も遠い現世ノ国に有る月詠様を祀っている神殿から参ります。乙女ゲームなら此処でメインヒーローとなるこの国王太子である御影さんと出会います。御影さんは現世ノ国の王太子であるという事を重荷に思っており逃げ出して街で小さな古本屋を営みながら暮らしていました。その店に暫くの間巡礼の為にこの国に滞在していたヒロインちゃんが立ち寄り彼との中を深めて行く内に彼の秘密を打ち明けられるが、以前と変わらぬ様に接してくれるヒロインちゃんに心を惹かれ帰って来たらキチンと王太子として国の為に貢献すると言う条件付でヒロインと共に旅に出ると言う王道なシナリオを引き下げた甘いマスクの王道なイケメンです。
そして、ヒロインが神殿で祈っている間暇な私はふらふらと街を徘徊していました…どうも私たちの事を皆さんご存知のようであちらこちらから愛らしいお嬢さんにプレゼントだのお菓子の時の誘いだのが私に降り注ぎます。残念ですが、私は月の神子様では無いので私をチヤホヤしても何ともなりませんよーだ。そんな時に迷い込んだのが御影さんのお店です。彼の店はどうやら知る人ぞ知る隠れたお店の様で突然現れた私に驚いた様ですが笑顔で迎えてくれてお菓子の時のお菓子までご馳走してくれました。
「そう言えば御琴さんはいつまでこの国にいるんだい?」
「そうですねぇ…どうも、月詠様がゴネている様で…この国はまだ月が昇りませんからまだもう暫くはこの国に滞在するかと…」
そうなのだ。どうも月詠様のご機嫌が斜めな様で宥めるのに時間がかかっている様だ。月が昇らない理由は月詠様の機嫌が悪いから。傀儡が現われる理由は月詠様が苦しんでいるから。月の神子様は月詠様を愛し、月詠様に愛される事で各国に月を昇らせる。月詠様を口説けなかったらいつまで経っても月は昇らないって事だ。そして、月の使者である月兎ちゃんは月詠様の分身。月兎ちゃんに酷いことをすると全部月詠様に知らせが行くっていう訳。こんな事を知っているのも前世のお陰だけど。
「御琴…すまないが、神殿で琴を弾いてはくれませんか?」
私…琴を弾くことに関しては誰よりも優れているんです…前世チートとかそういう訳では全く無く、安倍様に猛特訓させられたせいです。と言うのも安倍様の母上葛の葉様は九尾の狐でありまして、私が毎日掃除している稲荷神社は彼女を祀っています。そしてその葛の葉様は琴の音色が好きな様で機嫌が悪い時には琴を弾いて差し上げて宥めている…という訳でして稲荷神社の巫女を勤めさせられている私も例外無く琴の猛特訓をさせられたお陰で稲荷ノ国…上ノ国から割と近い位置にある我が国でも1位2位を争う琴の名手となりました…ほんと、どれだけ練習したか覚えてないです。話が逸れました…どうやら月詠様は琴を御所望の様でヒロインは琴を弾けないので私にと?ヒロイン…貴女琴の弾き方も1から教えたのに何一つ覚えなかったんですか!?そんなに私が嫌いかっ!!
朱色の柱が立つ上品な神殿にて私は床に今まで座った事も無いような儀式用の美しい敷物の上で琴と共に生贄よろしく1人で放り出されています。目の前には月の輝きを思わせる美しい琥珀色の瞳に美しい銀糸の髪を無造作に一つに纏めあげた神々しい男性が1人…正真正銘の月詠様です。私は恭しく形式に沿ったお辞儀をし、ばくばくとうるさく騒ぎ立てる心臓を必死に押さえ込みながら形式に沿って名乗った。そしてまた恭しくお辞儀をしてから琴に手を伸ばす。琴を弾いている時は何よりも楽しい。前世ではこんなに琴を弾くことが楽しいだなんて想像もつかなかった。今まで以上に澄んだ音色を奏でる琴に私は夢中になっていた。段々とラストに近づいていく。この時が終わってしまう事を名残惜しくも思いながら曲を弾き終えた。顔を上げると如何にも不機嫌そうだった月詠様が笑を浮かべており私は上手く弾き終えた事に陶酔していた。
「ふふ…上手に弾けたね?昨日までの女の子は上手に弾けなかったからさ。素晴らしい演奏のお礼にお願いを一つ叶えて上げよう!!何がいい?」
私はこの国…御影さんのいるこの国に2度と傀儡が現われないようにこの国に月を昇らせて下さいとお願いした。月詠様は私が自分の為に願い事をすると思っていたらしく笑って私の願いを叶えてくれた。晴れて私はこの国で救世主となったのた。私がこの国を救ったと知った御影御影さんが王宮に戻り、王太子に戻ったのは驚いた。そして王宮から私をこの、現世ノ国の救世主として奉り、王妃として迎えたいと言う申し出が有ったのには驚いたが、丁重にお断りした。すると、御影さんが何故か旅の一行に付いてくることになり思いがけず、ゲーム通りのシナリオを辿った。
そして、そんな輝かしい経歴を残した私だが、御影さんを慕っていた人がいるのか…それとも純粋に何度も月詠様に貢物をしたにも関わらずぽっと出女に手柄を奪われたら事が憎いのかあるいはその両方の理由で現世ノ国を発つまで嫌がらせに悩ませられたのは言うまでもない…