あるヒーロー達の話。
ヒーロー達は希望を持ち続けた。
「ありがとう最強戦隊ストロング!! あなた達のお陰で地球は救われました!!」
「そんなことないって、あの時皆が最強パワーを送ってくれたから勝てたんだしさ!」
謙遜するストロングレッドに割れんばかりの拍手と賞賛の声が送られる。人々は強大な悪から地球を救ったこのヒーロー達を未来永劫称えるだろう。
「ところでさ、あれなんだろう」
グリーンがいつもののんびりした声で言った。
「いただきます」
突然、低く唸るような声と共に空が裂け、真っ黒な空間が何もかもを吸い込み始める。
空気、砂、石、家、公園、人。先が見えないほど巨大な口が大勢が見ている前で食事を始めた。
「助けて! 最強戦隊ストロング! きゃー!!」
女性は抵抗虚しく上空へ舞い上がり、巨大な口へ吸い込まれ下半身だけ食われた。残りの上半身がレッドの目の前へ落ちて砕ける。
「……おい! 誰だか知らないがこの星の平和を乱す奴は許さん! 行くぞ! ストローング、究極合体!」
レッドの掛け声と同時にどこからともなく大きなロボが何体か飛来し、それらは空中で変形して全てのパワーが組み合わさった最強ロボ、ウルトラメカゴーになった。
「とぅっ」
驚異的なジャンプで操縦席に乗り込みストロングストーンを操縦桿の窪みに嵌める。
「みんな! 準備は良いか!?」
「もっちろん!」
「いつでもオーケーだぜ!」
「まかせろ!」
「いーよー」
ピンク、イエロー、ブルー、そしてグリーンがそれぞれの担当の操縦席に乗り込んで戦闘の準備は整ったようだ。
「頑張れー! 負けるなー!!」
「あなた達ならやれる!」
絶望的な状況の中でも、人々のストロングを信じて送る声援が離れた場所からでも聞こえてくる。人々の希望が、ストロング達の力になる。
「よし! 行くぞぉー!」
「「「「おう!」」」」
レッドの掛け声と共に全員が息を合わせ、最強戦隊ストロングは悪に立ち向かっていった。
「セイヤー!」
手にした大剣ビッグストロングソードで切りかかる。だが手応えはなく、ビッグストロングソードは黒い空間をすり抜け空を切った。
「ははは、無駄だ。私に実体はない」
恐ろしい唸り声がウルトラメカゴーの中にも響く。
「なにぃ! 博士、一体どうすればいい!?」
スーツにつけられた通信機で津酔博士へ解決を求める。
「スーパーウルトラビッグストロング全力光線じゃ! これなら実体のない相手でも効くはずじゃ!」
「でもっ! それを使ったらしばらく動けなくなっちゃうわよ!?」
「いや、やるしかない! そうだろ、レッド!」
「その通りだブルー! さすが俺のライバル! スーパーウルトラビッグストロング全力光線だ!」
少しのタメの後、ウルトラメカゴーの目からとてつもない破壊力を持った光線が放たれる。が、
「効いていないっ!?」
「ははは、そろそろいい頃合いだ。そうだ、お前達に一つ教えてやろう。私の主食は人間自体ではなく人間の希望だ。では、せいぜい人々に希望をもたらしてくれ、ヒーロー」
「なにっ……一体何だったんだあいつは」
暗澹とした空は晴れ渡り、地上は瓦礫と死体で溢れていた。
「……ですが、我々にはまだ最強戦隊ストロングと言う希望があります。みなさん、どうか絶望しないで、ストロングを信じましょう!」
少し古いテレビからアナウンサーの力強い声が聞こえてくる。レッドはリモコンでテレビの電源を切り、隣で窮屈そうに部屋に収まっている津酔博士の方を向いた。
「あの怪物を倒す方法は?」
「えーあ、あいつの言って、いたこ、ことが本当ならば一つある」
吃りながら津酔博士が応える。
「本当か!? じゃあみんなを呼ぶから待ってくれ!!」
レッドはスマホで皆を呼び、すぐに続々と仲間達が集まってきた。
「いよう、レッド! 今日もいいケツしてんな! ……んだよ、メスガキもいんのかよ」
「当然でしょ! 一番最後に来たくせに態度でかいのよあんた! しかもキモい!!」
「まぁまぁ」
レッドはイエローとピンクをなだめて席につかせ、それぞれの前に先日仕入れた特製のココナッツパインハーブティーを淹れたカップ置いた。
「えー、みんなに集まってもらったのは他でもない。博士が怪物を倒す方法を見つけたそうだ」
全員の注目の中、博士は咳払いをしておどおどと話し始める。
「えー、まず、あ、あの怪物の、えーと」
「博士、結論から頼む」
「あ、ごめ、その、えーと、えと、全人類を月に移住させ、る」
「は?」
ピンクのドスの効いた声に目を泳がせる博士。
「なるほどー、あの未知の生命体が地球に飛来した理由と考えられる動力源の確保を不可能、あるいは困難な状況を作ってしまえばいいってことなんだねー。そしてその動力源は当人の言葉を使えば人類の希望、ヒト科ヒト族ホモ・サピエンスの持つある種の独特な感情と言っているからそれらを規制するよりかは生命体の捕食範囲外に人類を移動させ弱った所を叩いた方が早いんだねー。でも思い切ったことしようとしてるねー」
グリーンがつらつらと語る言葉に博士はその太い首が千切れそうなほど頷いている。
博士の端折りすぎた説明に首を傾げていた皆も、グリーンの補足のお陰で概ね理解したようだ。
「?? なんだ? 分かるように言ってくれ!!」
ブルーだけは理解できず、拳を握りしめてテーブルに叩きつけた。振動で博士のプロテイン入りトリササミエッグティーのカップが倒れる。博士は悲しそうな顔をして台所に布巾を取りに行った。
「分かんなくていいよ。取り敢えず俺達以外の人類は月に行くから」
「そうなのか? だがそれだと皆に希望を与えることができないだろう!」
「お前もう黙っとけ」
ブルーに一発ビンタをかまして黙らせた後、四人の顔を見渡して意思確認を取る。
「良いか皆、今回の戦いは今までの比じゃない。ゴクアーク皇帝は皆でボコ殴りにして土下座させたが、あいつはそう簡単に倒せないだろう。もしかしたら怪我をしたりするかもしれない。いや、もっと酷い……命を落とすかもしれない。それほどまで危険な作戦だ。だから……」
「いいよ、それ以上言わなくても」
俯いたレッドにピンクは優しい声を掛ける。
「分かってるよ、レッドがどれだけ仲間思いか。作戦に参加したくない人は抜けても良いって言いたいんでしょ? でも……」
ピンクの視線に合わせ、レッドは全員の顔を見渡す。そこには博士を含め決意に満ちた表情ばかり、誰一人としてマイナスの感情を持ってはいなかった。
皆は、希望から目を背けなかった。
「……よし、やろう。俺達で絶対に地球を救うんだ!!」
ここにストロング史上最大の作戦が始まった。
幸いにも人類の輸送作業中に怪物が現れることはなく着々と作戦は進み、地球に残るのは僅かな人類と、ストロング、そして津酔博士のみになった。
「こ、これで、ロケッット、に乗る人は最後だ」
博士タブレットからドアを閉める操作をしようとした時、その手をレッドが止めた。
「待て。博士も月へ行ってくれ」
「え、ででも、」
「博士は凄い人だ。博士の作ったロボのおかげで俺達はゴクアークを倒すことができた。その他にも素晴らしい発明を作り続けた博士の技術は人類には必要なんだよ。だから行ってくれ博士」
「……分かった。絶対に勝つんだぞ」
博士を乗せたロケットは高く打ち上がり、そして地球にはストロングだけになった。
「……寂しいねー」
「ああ……なんの音も聞こえない」
「いや、遠くで鳥が鳴いたぞ」
「お黙り。……誰もいないんだ、私達以外……」
「違う、月に皆がいる。離れていたとしても、この心と繋がっている! やるぞ皆! 怪物を倒すんだ!!」
レッドが拳を高く振り上げたと同時に、どこからともなく黒い雲が集まり、中心に大きな口が現れる。
「……! 来たな!!」
レッドの声に突如現れた怪物は巨大な歯を見せつけながら笑った。大音量の声と吐いた息の風圧に思わず倒れそうになる。
「ストロング、人間達をどこかへやったか」
「ああそうだ! これでお前はエネルギーを補給できない、つまりは俺達が勝つ!」
「ハッハッハッ……本当にそうかな?」
怪物はストロング達を嘲笑い、弄ぶように生臭い息を吹きかけた。まるで台風上陸だ。とてもじゃないが立っていられないほどの風がストロング達を襲い、だがどうにか吹き飛ばされないよう耐える。
「早計だったな。私が嘘を付いている可能性を考えられる程の余裕もなかったか」
「な、なにぃ!? 嘘を付いていたのか、卑怯者め!!」
「ははは、そう吠えるな。言うなればこの状況、双方にとって最も都合のいい結果ではないか。私は真のエネルギー、強者の希望を得ることができ、お前達は人間達を守りその希望となり続けることができる。全く、まるで最初から仕組まれていたのかのように丸く収まった」
ストロング達は怪物が嬉々としてそう話しているのをただ呆然と聞くよりなかった。人類を月へ移住させる? そうすればエネルギーの補給ができず、いつか怪物を倒すことができる?
そんなことは全くなかった。ストロング達は怪物にとってただ快適な空間を提供しただけじゃないか。うるさい外野もなく、天敵もなく、ストロング達が希望を持って戦い続ける間は食事に困ることはない。それはきっとストロング達が消えるまでずっと。
ストロング達は一瞬絶望しかけた。だけれども、幾千もの戦いを凌いで鍛え上げられた正義の心は希望を見出さずにはいられなかった。諦めるのを許しなどしなかった。
無意味だと分かっていた。けれども自分達は戦い続けるしか、それだけしかできないと思った。だから拳を握り締め、雄叫びを上げて巨大な怪物へ立ち向かった。
ストロング達は戦い続ける。少なくとも自分達が相手をしている間はこの怪物が月の人間達に手出しすることはできない、人間達を守れると、希望という大きな絶望を背負って、息絶えるまで。
ひたすらに。ずっと。
戦い続けた。
捨ててしまいたい。