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救いの無い話。  作者: 桜もち
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ある画家の話。

 柳は世界に裏切られた。

 柳は世界的にも名の知れた画家だった。彼の作品は一枚ウン百万円、時には億という超高額で取引される程のものだった。数々の著名人や政治家がこぞって彼の絵を欲しがった。

 だが、柳には悩みがあった。それは他人には到底理解しがたいものだった。


 柳は自分には絵の才能がない、そう思っていた。

 この悩みを親しい友人に話した時、友人は賛美の言葉を挟みながら励ましてくれた。お前は世界に認められているんだ、才能がない訳がない。どうしたんだ、疲れているのか? 大丈夫だ、自信を持て、と。

 そんなことはない。特に疲れてはいなかったし、皆に認められている物を描いているという自信もあった。だけど違うんだ、そうじゃない。俺には才能がないんだ。

 柳は絵を研究していた。人が興味を持ちやすいテーマ、最も見やすい額のサイズ、人に好かれる色使い……様々な『技術』を学んでそれを自分の絵に埋め込んだ。柳の作品はその計算され尽くした『技術』によって世界に認められた。

 しかし、ある時彼は悟った。彼の確立された『技術』をもってしても、所謂『天才』と呼ばれる者達には遠く及ばないということを。

 柳は絶望した。


 絵を描く気力が無くなり、無意味に流れる時間をテレビを見ながら潰していた時、柳はある番組に目を奪われた。

 芸人やタレントがおしゃべりしているだけのいつもならさして興味も持たないバラエティ番組。その中である少女が街中でアートパフォーマンスをしているという内容だった。

 ツナギを着た少女が大きな筆を持ち、建物の外壁に乱暴としか思えない動作でペンキを塗りたくっていく。少女の顔にも色とりどりのペンキが飛び散り、汚らしいことこの上ない。完成したものの、とてもじゃないが作品とは言えない、ただペンキをぶちまけただけにしか見えないものが出来上がった。

 だが、柳はこの少女の『作品』に惹かれた。彼女の清々しい笑顔に惹かれた。自分の描くものとは明らかに異なるそれに感動すら覚えた。

 柳は早速その『作品』を研究した。しかし何度見ても、実際に虚ろな目をした少女に会って描いているところを生で見ても、心を惹かれる理由が見つからない。使われている『技術』が見つからない。

 柳は悩んだ。悩んだ末に悩むのをやめた。とにかく描いてみようと思った。


 取り敢えず少女の描いたものを模写する。だが駄目だった、どうしても『技術』を意識してしまう。少女の描いた、ただペンキをぶちまけた落書きではなく、世界的アーティストの描いた芸術品になってしまう。それでは駄目だった。

 柳は何も考えずに描こうと思った。今度は目隠しをして絵を見ないようにする。自分が今、どこに、どんな色を使ってどんな形を描いているのか。全く分からなかった。

 柳の筆はキャンパスから逸れて壁を汚している時もあった。それでも良かった。絵の具が口に入ってきた時は苦くて唾を吐き出した。その唾がキャンパスにへばりつく。その上を筆でなぞる。

 描いてるうちに不思議な感覚になった。ああ、この気持ち、久しく忘れていた感情。私は今楽しんでいる。『技術』を忘れて描くことに喜びを感じている。これが私の『作品』だ。これが私の『人生』だ。

 柳は何日も描き続けた。


 今日はかの名画家、柳が久方ぶりに開いた作品展示会の日。しかもその中で作品を一つ描き上げるパフォーマンスをするそうじゃないか。

 会場は多くの人で賑わっていた。誰もが柳の『作品』を描き上げる様を今か今かと待ち侘びていた。


 やがて時間になり、柳のパフォーマンスが始まった。汚れの付いたツナギを着て筆は彼自身、彼の作品をキャンパスとして次々と絵の具を重ねていく。美しい作品が滅茶苦茶に汚されていく様を観客達は青ざめながら眺めていた。

 最後に両手を広げ抱きつくように壁にへばりつくと、ごちゃまぜになった作品の上にくっきりと赤黒い人型が跡に残った。

 三時間にも渡るパフォーマンスの末、会場は突如として現れた野獣が暴れ回ったかのような酷い有様になった。だが柳は今までにない達成感を感じていた。『技術』を使わない『作品』、模倣ではなく想像。彼の『人生』は全てこの時のためにあったのだ。柳がそう感慨に浸っていると一人の肥った男が駆け寄ってきた。

「いやぁ、やはり先生の作品は素晴らしいですな。ところでこちらはおいくらで? ぜひ先生の素晴らしい作品をあたくしの家に置いておきたいのです」

 数秒の沈黙の後、柳は絶叫した。柳は変わった、それでも贈られる言葉は変わらなかった。

 結局の所、柳の作品は誰にも認められていなかったのだ。純粋な技術や壮大なテーマ、さらには作品としての完成度も意味などなかったのだ。もはや大事なのは“有名な画家の作品”ということだけだった。

 柳の『人生』は誰にも認められていなかった。


 柳は狼狽える男性を突き飛ばして窓から飛び降りた。ビルの五階、下はコンクリート、死ぬには充分だった。

 上から見下ろした柳は内蔵を撒き散らし、ぐちゃぐちゃになってコンクリートにくっきりと赤黒いヒトガタを残していた。それが彼の最期の作品だった。

「私は何の為に生きていた」

 月並みなことを言って死んだ。

認められたい。

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